第六十一話 怪我をした騎士の帰還
俺達は、マージに言われた事を日課として続けていた。それは日の出と昼と日の入りに、この都市で一番大きな教会の鐘をつくことだ。この都市に人間が戻っている事を示し、人間の存在を示して魔獣が寄り付かないようにするためらしい。また、逃げた人達がもしかしたら近隣にくるかもしれず、そうすれば鐘の音を聞きつけて都市に戻って来るだろうと言っている。
夜の鐘の音を聞いた風来燕は警戒の仕事に入り、朝の鐘の音と共に戻って休むことになっている。
間もなく朝日が昇ろうとしている今、俺とメルナが教会の一番上まで螺旋階段を上り、大きな鐘の紐をほどいて引っ張る。
ゴーン! ゴーン!
と十分ほど繰り返して鐘を鳴らした。
「コハク見て!」
メルナは太陽が昇り始める方角を見て、空が赤紫に色づいているのを喜んでいる。
「夜が明けたな」
「キレイ」
「そうだな」
するとメルナは俺を見てニッコリ笑う。
「コハクはいつも同じ返事」
そうだったかもしれない。だが太陽が出たことについて、それくらいしか述べようがないのも事実。とりあえずメルナは物足りなさそうにしているが、これといって言う事はない。
「そうだったか」
「まあ、コハクらしいけど」
鐘のある塔は高く、入り口の方から風来燕が戻ってくるのが見える。
メルナが大声で呼ぶ。
「おーい!」
すると風来燕たちもこちらに向かって手を振って来た。アイツらはこれから食事をとり、部屋に帰って酒を飲んで寝るだろう。ここからは俺達が仕事をする番だ。といっても、正門付近で人が来るのを待つという仕事。他にもやる事があると思うのだが、マージはこれは大事な仕事だという。
俺達は背負子を背負い、飲み水などを持って正門に行く。街はまだ荒れ果てているが、魔獣は全て焼き払ったので、人が戻ってきたらすぐに生活を始められる状態にはなっている。食料の問題があるが、人が戻って来れば商人達も出入りし始めるだろう。
正門について、門番の屯所に入り荷物を下ろした。とりあえずこれからしばらくは、ここでじっと待つことになる。俺が黙って座り、メルナが話をするというのが日課だ。
「コハク! 今日は人、来るかな?」
「どうだろうな。ずっと人が通らない日が続いているからな、本当に誰かくるのかどうか」
「マージは必ず誰か来るって言ってたよ?」
「まあ、待つしかあるまい」
しばらくそこで待つが誰も現れず、俺は背負子から皮袋に入った水を取り出してメルナにやる。
「飲んでおけ」
「うん」
コクリコクリと水を飲み、それを俺にも回して来たので俺も飲んだ。背負子の中には、ヴェルティカが用意してくれた飯も入っており、それは昼に教会の鐘を鳴らした後に食う予定だ。
「ちょっとあたりを見てくるね」
「ここから見える範囲にしてくれ」
「うん」
そう言ってメルナが屯所を出て行く。だが少しして慌てて戻って来た。
「コハク! 人が来たよ!」
「本当か!」
「うん!」
俺は剣を腰にさし、盾を左手につけて兜をかぶる。兜をかぶる事で、この領の領兵だと知らしめることが出来るそうだ。
俺達が門の外に出て待っていると、街道の向こうにポツリポツリと人影が見えた。どうやら徒歩でやってきたらしく、見た感じは鎧を身に着けているように見える。
それを見てメルナが言う。
「えっと、冒険者か、騎士か、盗賊! そろっていれば騎士、盗賊なら薄汚れてる!」
メルナは大まかに、ビルスタークたちが言っていた事を繰り返す。
だが、身なりの良い盗賊などはいないのだろうか?
近づくにつれて俺とメルナが言う。
「髪がぼさぼさだな」
「髭も生えてる」
「盗賊だろうか?」
「わかんないよ」
人数が多ければ呼びに来いとビルスタークが言っていたが、四人という人数は多いのか少ないのか判断がつかない。もっとちゃんと、すり合わせをしておくべきだったかもしれない。
だが、そいつらが近づいて来ると、急に目の前に人の顔がパネルのように並んだ。
どうした?
《あれは、パルダーシュの騎士です》
えっ? 髭もじゃだし髪もぼさぼさで、薄汚れているぞ。
《骨格が一致》
髭が生えていようが髪が乱れていようが、骨格で判別しているらしい。俺はメルナに言った。
「あれはここの騎士だ」
「えっ? あんなに薄汚れているのに?」
「そうだ。王都の帰りにトロールに襲われて負傷した奴らだ」
「よく覚えてるね!」
「間違いない」
そいつらが俺の前まで来ると、向こうから声をかけて来た。
「コハク、メルナ! 無事だったのか!」
やはりそうだ。
「怪我は治っていないようだな」
「そんな事は些細な事だ。いま、国内全土に報が回っている。早馬で王都にも行ってるはずだ」
「そうだったのか…」
「お館様は! どうなったんだ!」
「残念ながらダメだった」
「なん…だと…」
すると他の騎士が言う。
「お、お嬢様は!」
「無事だ」
「連れて行ってくれ!」
「ああ」
騎士たちには杖をついているやつもいて、まだ万全ではないらしい。さらに壊された都市を見て、愕然としている。
「人が…いない」
「殺されたり逃げたりして、もぬけの殻だ」
「そんなにひどかったのか?」
「地獄だった」
「そうか…」
四人は眉間にしわを寄せ、しかめ面で街を見回していた。だんだんと悲観的な顔になってきており、一切しゃべらなくなってしまった。
岩で塞がった、辺境伯の屋敷を見て呆然としている。
「こんな…」
「皆は?」
「まずは入ろう」
岩の端を乗り越えて、怪我をしている騎士に手を貸し中に入れた。荒れ果てた邸内の様子を見て、愕然しながらも屋敷に向かって歩いて行く。
メルナが扉を叩いた。
カンカン!
すこしするとヴェルティカが顔を出して、めちゃくちゃ驚いた表情をする。
「あなた達! 帰ってこれたの!」
「お嬢様! 居ても立ってもいれず!」
「これは…どうなってしまったのです!」
「仲間達は?」
「都市の人々は?」
「えっと、順を追って説明します。まずは入って」
「「「「はい…」」」」
中に入ると、ビルスタークとアランがやって来た。
アランが叫ぶ!
「お前達!」
「副団長! 団長も! ご無事で!」
「お前達も、よく戻ってきてくれた!」
そしてビルスタークが言う。
「まだ怪我も治っていないだろう?」
「団長…その目…」
「不甲斐ない。このざまだ…」
そしてアランが腕を外して言う。
「俺もこの通り、腕と足をもっていかれた」
「団長や副団長が?」
「…すまん。騎士団は全滅だ」
「う、うそですよね」
「こんな状態で嘘はつかん」
「そんな…ううう」
団員たちは、泣き始めてしまった。
《仲間や都市に住んでいたであろう家族がいなくなってしまったのです。このような感情になるのは、ノントリートメント特有の行動かと》
いや…俺もなんとなくわかってきた。
《そうなのですか?》
心のどこかが締め付けられるような気分だ。
《わかりました》
アイドナがそういうと、唐突にその感情が和らぎ、胸の苦しさが消えてしまった。
なんだ?
《体内のホルモンを調節しました》
……。
なんと言っていいか分からなかった。だが気持ちは落ち着き、通常時と変わらない状態になる。さっきまでの胸の苦しさは一体何だったんだろう?
俺の目の前では、怪我をした四人の騎士が、ビルスタークやアランに肩を抱かれて泣くばかりだった。