第五十九話 予期せぬ再会
長めの太い枝に、イノシシの魔獣と、採取した木の実や野草が詰まった袋をぶら下げる。俺が前を肩に担いで、後ろをビルスタークが担いだ。ヴェルティカとメルナの背負子もいっぱいで、そっちには薬の原料になる野草が詰め込まれている。
アランが言う。
「お嬢様。私も何か持ちますが」
「いいわ。アランは咄嗟の時に護衛が出来るように、剣を構えていて。
「わかりました」
俺達は森を出て草原を抜けていく。街道に着くまで魔獣に接触せず、俺達は街道に出て都市へと足を向けた。
「新鮮なお肉が手に入ったわね。今日は美味しい料理を作らなくちゃ」
「いいですな! 久々のランドボアの肉です」
このイノシシはランドボアというらしい。みんなが楽しみにしているところを見ると、美味いものなんだろう。ぎしぎしと揺れるランドボアにまあまあの重みを感じるが、そこまでの重量を感じないように、アイドナは俺に身体強化をかけているようだ。
ビルスタークが言う。
「コハクは力もあるんだな」
「ビルスタークもあるじゃないか」
「鍛え方が違うさ」
するとアランが言う。
「コハク! ランドボアは普通四人で持つ物だ。二人で持っている事が不思議だよ」
アイドナが俺に言った。
《ランドボアの重量は二百二十キロほどあります。二人で持っている事を差し引いても、尋常じゃない力の持ち主だと分かります》
「まあ、俺も多少鍛えてはいるぞ」
俺がそう言うと、アランが何かを思い出したように俺に聞く。
「そう言えば。不思議な事をやっていたな、あれはなんだ?」
「腕立て伏せと腹筋と背筋、そしてスクワットという。あとはストレッチだ」
「それはお前の国の言葉か?」
どうやら、この世界では俺がやっているような筋トレはしないらしい。
「まあそんなところだ。あれはあれで基礎体力がつく」
「帰ったら俺も教えてもらおう」
「ああ」
そんな話をしながら都市に戻り、門の前に立った時にビルスタークが言う。
「人が…いるなあ」
「どこにだ?」
「門の内側だ」
どうやらビルスタークは何かを感じ取っているらしい。
「どうします? 団長?」
「荷物を置いて戦える状態にしておくか」
「はい」
ランドボアを地面に置いて、俺達は剣と盾を装備する。中にいるのがどんな人間かは分からないが、盗賊の類ならば殺されるかもしれない。
「お嬢様とメルナは門の所に。アランが目となり、コハクはアランの指示に従え。相手の人数と力量を把握する必要がある」
「わかりました。コハクいいか?」
「ああ」
そして俺達は、門をくぐり中に入る。すると、そこには四人の人間がいた。それを見た俺は、ビルスタークとアランに言う。
「剣を収めて良いぞ」
「ん?」
「道中、俺達を護衛してくれた人らだ」
そこにいたのは、先日別れた冒険者の、ボルト、フィラミウス、ガロロ、ベントゥラだった。俺を見かけてボルトが声をかけてくる。
「おお! コハク! 生きていたか! お嬢様は無事なのか!」
「ああ。無事だ」
「ふふっ、不思議な人。良くあの状態で生きていてくれて」
フィラミウスが笑っている。そしてボルトがビルスタークとアランを見て言った。
「いでたちを見ると、騎士さんかな?」
「そうだ」
「街が大変なことになってるけど、どうなってるんだ?」
「まあ、話せば長い」
ビルスタークは苦笑いして頭に手を当てる。そこにヴェルティカとメルナがやって来た。
「あ! 冒険者様達ではないですか!」
「おお! お嬢様! お元気そうで何よりです!」
「よくいらっしゃいました!」
「商人さんを送り届けて、とんぼ返りで来たって訳です」
「そうですか…。お返しをしたいところですが、街がこのありさまです。今、何をお返しできるか…」
するとボルトが話を遮って言う。
「何をおっしゃいます! とにかくあのまま放っておいて、生き死にも知らずに生きていくなんて、俺達には出来なかった。それだけですよ」
するとフィラミウスが言った。
「ふふっ、とかなんとか言っちゃって、お嬢様に会いたくて仕方ないみたいだったじゃない」
「ば、馬鹿を言え! 不敬にあたる! 辺境伯の御令嬢だぞ!」
「ふーん」
そこでヴェルティカが言う。
「とにかく、こんなところで立ち話などしていても始まりません。ぜひ辺境伯邸にご一緒してください」
「えっ! 偉い人の家に入るんですかい!」
「今は私が辺境伯代理です。かまいませんよ」
「わかりました」
そこにメルナが来て言う。
「あのー! 手伝ってほしいんだけど!」
「お、メルナちゃんも無事だね!」
「うん! おにいちゃんたちあれを見て!」
メルナが門に置いてあるランドボアを指さした。
「おお! 大型の魔獣だ! 討伐したんだ!」
「この二人がやった」
ビルスタークが俺とアランを指す。
「凄いな! コハクはそんな力があったのか」
「いや。合同でやったことだ」
「いやいや。凄いよ」
そして冒険者達の手伝いもあり、ランドボアと野草を辺境伯邸に運び込む。そこでガロロが言った。
「街は随分酷いようじゃ。あちこちの建物が壊されちょる」
「ええ。魔獣にやられたんです」
「やっぱり噂は本当じゃったんですな」
「そうです」
それを聞いた斥候のベントゥラが言う。
「だが、都市内に魔獣は入り込んでいないようだね」
するとヴェルティカが言った。
「全て、コハク一人で片づけました」
「なんだって?」
冒険者達が驚いていると、魔導書のマージが言う。
「その子は面白い子だよ」
「ん?」
「えっ?」
「どこじゃ?」
「なんだ?」
冒険者達がきょろきょろしている。俺とビルスタークとアラン、ヴェルティカとメルナとは違う、しわがれた老婆の声がしたからだ。ここに老婆がいないので、何か空耳でも聞いたような表情をする。
それに対してメルナが言う。
「おばあさんはここだよ!」
「あら、おばあさんはよしとくれ!」
冒険者四人が、目を真ん丸にして叫んだ。
「「「「本がしゃべったあああああ!」」」」
夕暮れの都市に、冒険者達の声が響き渡るのだった。