第五十七話 大賢者のような能力
それからの魔獣討伐はあっという間だった。昼夜構わずに、俺は領地内を走り回り魔獣を狩りまくる。なにせ、ほとんどAIのガイドマーカーに沿って動くだけで、魔獣を殺せばその魔粒子が手に入る。魔獣を相手しているうちは、永久機関の様に狩り続けられるのだ。
小さな魔獣を相手する限りでは、既に命の危険を感じる事は無くなる。この世界に来てこんなAIの恩恵にあずかるとは思わなかった。
アランが言う。
「本当に一人でやっちまったんだな」
魔導書のマージがそれを聞いて、次の指示を出してくる。
「なら次は、都市の周りに巣くう奴らをやる必要があるねえ」
「わかった」
するとビルスタークがマージに聞いた。
「森に入るなら、我々も行きます」
「うーん。大丈夫かい?」
「二人ならば」
そこで俺は一つの提案をした。
「目はどうにもならんが、アランの手足ならどうにかなるかもしれん」
「なに?」
「俺に考えがある。武器屋と道具屋を回って来る」
「…まかせてみるか」
「ああ」
そして俺は背負子を背負い、すぐに道具屋を回りはじめる。まずは道具屋に行き、鉄を切るようなのこぎりを探し、金属の杖が無いかを探し回った。何軒か回っていると、それに使えそうな道具屋や杖が何本か見つかったので、全部背負子に詰め込む。
「よし」
次に高そうな武器屋に行くことにした。マージに指示されて行った事があるのだが、既にめぼしいものには目をつけていた。高級な武器屋に入ると、目立つところに展示されている、何らかのウロコを加工して作った鎧を見つける。
「どうかな?」
それを初めて持ってみるが、鉄の鎧の何倍も軽い。俺はその鎧一式を背負って辺境伯邸に持ち帰った。背負子はパンパンで、更にウロコの鎧を見たアランが言う。
「めちゃくちゃ高そうな鎧を持って来たな! それを着るのか?」
「いや。俺じゃない」
「どういうことだ?」
俺は黙ってマージを拾い上げ言う。
「物を加工したい時はどうすればいい?」
「鍛冶屋だろうね」
「どこにある?」
するとヴェルティカが言う。
「私が分かるわ」
「連れて行ってくれ」
「わかった」
「なら俺達も行く」
そうして俺達は全員で、鍛冶屋に向かう事にした。鍛冶屋に着くが、どうやらここの建物は無傷のようで普通に使えそうだった。中に入ると、荒らされた形跡も無く道具が散乱しているくらいだった。
「慌てて逃げたんでしょうね」
「使わせてもらおう」
「なら火を焚かなきゃな」
俺が暖炉に魔法陣を描いて、置いてあった炭をじゃんじゃん投げ込んだ。それにメルナが覚えた火魔法を詠唱し火を灯す。前より皆の動きがスムーズになっている。
「何を作るの?」
「手足だ」
もちろん設計図など無い。後はアイドナ任せだ。
アイドナ。義手と義足を作るぞ、データーベースを開いて効率の良い作業を展開しろ。
《ではガイドします》
それから手際よく作業を始めた。というよりも、既に設計図が出来上がっていて、俺はそのガイドに沿って部品を作っていくだけだ。火にくべた鉄の杖を切り、分厚い皮のベルトに穴をあけ、鉄の輪をはめ込み、ウロコの鎧を解体して組み直していく。
その間もチラチラと、アランの体を見てマーキングしサイズや動きのデータと照らし合わせて、部品の組付けを行っていった。
それを見ていたアランが言う。
「なんだコハク。お前職人だったのか?」
「そうではない」
「器用すぎるだろ」
それを聞いてヴェルティカも言った。
「まあコハクに驚かされる事は山ほどあったけど、こんなことが出来るなんて驚きだわ」
「なんだいヴェル。コハクは何をしているんだい?」
「分からないけど、何かの器具を組みつけているわ」
「ほう…」
みんながワイワイ感想を述べているうちに足が組み上がった。そして俺はくるりと振り向いてアランに言う。
「はめてみよう」
「ん?」
俺はその内部に鉄の骨が入ったウロコの足の鎧を、アランの元へと持って行く。
「ズボンを脱げ」
「わかった」
アランがズボンを脱いで素足が出て来た。膝から下が無く、すでに足としては機能していない。だが俺はその太ももにかけてベルトを巻き付けて締める。
「きつくないか?」
「いや。丁度だ」
「膝部分が固定されているから、動きはなめらかじゃないかもしれん」
「どういうことだ?」
全てを取り付けて、俺はアランに言う。
「歩いてみろ」
「やってみる」
ガシャ、ガシャと音を立てて歩き始めた。アランは大きな声を上げる。
「おお! 歩けるぞ! ちょっと慣れが必要だが、充分足として使える!」
「調節はする。違和感がある所を教えてくれ」
「これでもだいぶいいが、踏ん張る時に力が抜ける」
俺は、膝部分を押しながら聞く。
「これはどうだ?」
「そうだな。その状態で力が入ればいい」
取り付けたネジを更に締め込み、ベルトの位置を調節する。
「もう一度やってみてくれ」
「わかった」
するとアランは剣を振るような仕草で、体をグンと前に踏み込んだ。
「いい! コイツは良いぞ! 普通に力が入る」
「よし。じゃあ次は手を作ってやる」
「お前…凄いな」
「まかせろ」
それから俺は似たような工程を経て、鉄の骨の入った小手を作りアランに嵌め込んだ。そんな事をしているうちに、すっかり外が暗くなってくる。どうやら作り始めて八時間くらいが経過していたらしい。
「手は動かないが、盾をはめ込む事は出来る。また手先を剣に変更することも可能だ」
アランが盾をはめ込んだ、義手を俺にあげる。
「コハク、剣で打ち込んで来い」
「わかった」
「思いっきりだ」
そして俺はその盾にめがけて、片手剣を振りかぶって下ろす。
ガン!
「おお、いいぞ! これはいい」
「あとは慣れていってくれ。また数日したら調整しよう」
「わかった!」
するとビルスタークが見えない目でこちらを見て言う。
「良かったなアラン! 動けるようになったのか?」
「はい。団長! 元の様にとまでは行きませんが、これに合わせて修練を積めばそれ以上の力が出るかもしれません。なにせドラゴンのうろこの足と手ですから」
「確かにそいつは凄い。コハク、アランに手と足をくれてありがとうな!」
いや。俺は一人でも戦える人を増やして、生存率を上げたかっただけだ。
「スマンが、ビルスタークの目は作れん」
「ははは。何言ってんだ。俺は目なんかなくたって戦えるぞ!」
「耳か?」
「ああ、針の音も聞き分けられるからな」
「わかった。ならば聴覚の邪魔にならない兜を作ってやる。重要な耳を守らねばならない」
「そんなものが作れるのか?」
「アランの手足より簡単だ」
「お前は頼もしいな。本当に伝説の人なのかもしれんな」
「それはわからん。だが俺にもやれることはある、後ヴェルティカとメルナの防具も作ろうと思っている」
それを聞いたマージが言う。
「笑えるねえ…、まるで大賢者じゃないかい」
そしてヴェルティカが言った。
「賢者のばあやが言うんだから間違いないわ。もしかしたらコハクは大賢者の生まれ変わりなのかもしれない」
皆が買いかぶっている。俺は生まれながらにして、体内に素粒子ナノマシンAI増殖DNAを注入された、この世界から考えると未来人間というだけだ。大賢者という存在がどう言う者かわからないが、ただAIを活用しているだけの一般人である。
「俺はそんな大それたもんじゃない。みんなが思うような人間でもない」
「コハク。それはあなたが決める事じゃないわ。私達周りの人間が決める事よ。間違いなくあなたは偉大な人だと思う、私がばあやを信じて王都に行ったのは間違いじゃなかった。今なら自信をもってそう言える」
「まあ思うのは自由だが…」
だがメルナも言う。
「いいんだよコハク! コハクはただ自分の思うようにやればいいと思う!」
そしてその場にいたみんながそれに賛同した。だが悪い気分では無かった。前世ではまるで機械の様に生きていたが、皆に必要とされている事が嬉しい。そう思えるのだった。