第五十五話 身体強化をしまくった結果
都市を走っていくと、アイドナがアラームをならす。
《止まってください》
音も無く止まると、俺の耳に息遣いが聞こえて来る。ハアハアと荒い息遣いからすると、恐らくは四つ足のやつだ。
《灰狼が居ます》
暗闇の中にちらほらと、小さい光が行きかっている。月の光で目が光り輝いているのだ。
あれは、すばしこいと思うぞ。
《問題ありません。軌道は低くなりますが、身体強化により、どの角度からでも強い剣撃が繰り出せます。魔粒子の使い方も効率化出来そうです》
なるほど。
すると光のマーカーが現れて、灰狼の姿を映し出す。ご丁寧に狙う順番を点滅させて知らせて来た。
《ゴブリンより動きは単調です。敵から真っすぐに来ますので、効率よく剣を出してください。全身を強化しますが、灰狼の魔力で補給出来ますので問題ありません》
たしか全身強化は、ビルスタークが効率悪いと言ってたな。
《気にしなくて大丈夫です。上半身、下半身、視界、聴覚全てを強化します》
わかった。
俺が前に出ると、ゴブリンよりも察しが良いらしく、最初に点滅している奴がこちらに飛びかかって来た。そのままマーカーに沿って剣を出すと、思いっきり灰狼の口に刺さる。それを払うようにビュンと剣を振ると、刺さった口から咽喉を切り裂いた。
すると次に飛びかかろうとしていた灰狼に、飛ばされた灰狼がぶつかって飛ばされる。間があいたところで、二匹同時に灰狼が飛びかかって来た。だが既に身を置く場所は決まっていて、そこに体をスライドさせ、目の前を飛び去らんとする二匹を同時に真っ二つにした。
《魔粒子の流入の方が多いので、欠乏の心配はなさそうです》
随分、凄い力がでるな。
《身体強化の恩恵のようです。人体の筋力が数倍底上げされてます》
全身身体強化の恩恵は凄いものだった。狼の体に全く重量を感じず、まるで紙切れの様に斬る事が出来る。四つ足の獣よりも俺の方が速く、視力と聴力を強化しているために動きをはっきりと認識する事が出来た。
《ガイドをゼロコンマ二秒早めます》
更に予測演算が進んだようで、既に全く危機感なく灰狼を切り裂く事が出来始める。灰狼の攻撃の強さはゴブリンよりも強いが、攻撃が単調で殺しやすかった。
《最後です》
最後の一匹を殺すと、あたりが静かになる。
まるで虫を潰すような感覚だな。
《魔粒子とは面白いものですね》
俺もアイドナも、前世ではこんな感覚を味わった事がない。このおかしな力を既に自分のものとして戦えており、俺は更に効率を追うようにアイドナに言う。
更に効率を上げたい。
《魔物は魔物を喰らうのでしょうか?》
餌にするのか?
《呼び寄せてみましょう》
俺が周りを見渡すと、壊された家の中に鍋が見えた。それを拾って来て、剣の柄でガンガンと叩き始める。やかましい音が周りに響き渡り、少しするとアイドナが俺に言う。
《近くの住居の二階に潜みましょう》
よし。
俺が近くの屋敷の二階に登り、殺した灰狼の死骸を見張る。しばらくすると、ゴブリンたちがやってきて、灰狼の死骸を見つけて寄って来た。何か会話をしているようだが、ずるずると灰狼の死体を引きずり始める。
アイツらは、灰狼がなんで死んでるのか考えないのかね?
《知恵がないのか、あれでも警戒しているのか分かりません》
だが。せっかく集めたんだやるか。
《はい》
それからも効率よくゴブリンを殺しまくって全て全滅させ、またガンガンと鍋を叩く。二階に登って見張っていると、今度は灰狼の群れがやって来た。それを見て俺が言う。
なんか、少し大きい個体がいるな。
《そのようです》
見ていると、その個体は他の灰狼に指示を出しているように見えた。するとアイドナが言う。
《司令塔の可能性があります》
この都市に入り込んでる、灰狼のボスってとこか?
《可能性はあります。群れは分散していましたが、これは統率が取れているようです》
危なくないか?
《むしろ。あの司令塔を先に始末すればいいでしょう》
そうか。
《剣は一本でいきましょう。両手で持って攻撃をしてください》
なぜだ?
《今までの灰狼より毛皮が分厚いと思います。しっかりと力を伝達させましょう》
了解。
今度のガイドマーカーは屋根の上にひかれた。
上から行くのか?
《奇襲をかけます》
俺はアイドナのマーカーに沿って、屋根の上を静かに動く。デカい灰狼の真上に来た時、アイドナが俺に言った。
《全身強化済みです。飛び降りてください》
ガイドマーカーの指示通りに、屋根の上から飛び、剣を両腕でもって真っすぐにデカい灰狼に落ちていく。
ズブゥ!
剣はデカい灰狼に深々と刺さり、腹から突き破って出ていた。
《心臓を直撃です》
ズワッ! おもいきり俺の腕から、今までより多い魔粒子が入り込んで来る。
《それではガイドしますので、剣を振るい続けてください》
それからの俺は、ガイドに沿ってずっと剣を振り回し続けた。この戦いの音を聞きつけて、ゴブリンも駆けつけてくるが、有り余る魔粒子のおかげで体のスピードが上がっていく。同じ場所に次々に死体が積み上がって行き、全ての魔粒子が俺に蓄積された。
剣の切れが悪くなってきた。
《血のりですね。今日はここまでにしておきましょう》
よし。
俺はその場を離れ辺境伯邸に戻る。地下室の入り口のドアをノックすると、心配そうな顔をしたヴェルティカとメルナが出て来た。俺が魔獣の返り血でべとべとになっているのを見て、二人が小さな叫び声をあげる。
「コハク! 怪我をしたの?」
「いや。俺は無事だ。とにかく地下に入れてくれ」
「そうね! 早く!」
俺が地下に降りると、ビルスタークもアランも起きていた。そしてビルスタークが言う。
「凄い血の匂いだ」
「魔獣を討伐した」
するとヴェルティカが言う。
「服を脱いで! 怪我をしていないか見ないと!」
「大丈夫だが」
「いいから早く!」
そして俺は服を脱ぎ、俺の体を見たヴェルティカとメルナ、アランが驚いた声をあげた。
アランが言う。
「お前…どうしたんだ? その体」
「ん?」
俺が自分の体を見ると、明らかに筋肉の量が増えており、体つきが全く変わっていたのだった。自分でもよく分からないが、もしかしたら身体強化のせいかもしれない。
「とにかく、血を拭こう!」
ヴェルティカとメルナは濡れた布で俺の体を拭き始めるのだった。
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