第五十四話 魔獣の一斉排除開始
身体強化の法則はだいたい分かった。魔粒子を活性化させながら体の各場所に流し込んで、細胞レベルで増強する技術だ。
そしてビルスタークが言う。
「普通はなコハク。覚えたては体全体を強化してしまうんだよ。だから魔力の消耗が早くなり、直ぐに魔力切れを起こしてしまう。騎士は魔術師と違って魔力の総量が違うからな。だから俺の様に身体強化を部分的に行うのは、修業が必要なはずなんだ…が」
それを聞いたヴェルティカが言う。
「コハクはやってしまっていると?」
「そう言う事ですね」
「何故でしょう? 魔力はなかったのですよね?」
すると魔導書のマージが答える。
「なぜ身体強化が使えているのかね?」
「コハク! もう一度やってみてくれ」
「分かった」
俺が木剣を構えて、足に魔力を流し込み素早く踏み込む。だが先ほどより飛距離が無い。
「ん? どうした?」
ビルスタークに聞かれるが、俺にもよくわからない。
すぐアイドナが言う。
《魔力切れです》
なるほど。
「魔力が切れた」
「そうか。だるくないか?」
「いや。全然」
「じゃあ、魔力は切れてないんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「普通は魔力切れを起こすと、だるくなったり、その量によっては眠ってしまうんだ」
「ああ、確かにメルナは眠ってしまった事があるな」
「そう言うことだ」
「俺は眠くならない」
「どういうことだ」
「わからん」
するとアイドナが俺に説明してくる。
《他の人の様に、自分で作り出した魔粒子では無いからです》
自前じゃないから?
《そうです》
だが空っぽになったら身体強化出来ないぞ。
《とにかく魔獣を狩ってください》
そう言う事か。説明が難しいので、俺は適当に誤魔化すような事を言う。
「多分、俺は、疲れない体質なんだろう」
魔導書のマージが言う。
「おかしいねえ。実際に見れないのが残念だよ。本当に不思議な子だよ」
「たまにはそう言う奴もいるんだろう」
そうしているうちに夜になったので、俺達は地下に潜って、やり過ごす事にした。だが先ほどの身体強化でよくわかったことがある。あの力があれば、ゴブリンや灰狼がいくらいても問題にならない。
皆が寝静まったので、俺がごそごそ起きだすとビルスタークとアランが声をかけて来た。
「どうした?」
「夜は魔獣が出て来る。潜って退治するより楽だ」
「なっ! コハク一人で行くのか?」
「問題ない」
「寝ないと魔力は回復せんぞ」
「なんとかなる」
俺達が話をしていると、ヴェルティカとメルナも起きだして来た。
「どうしたの?」
それに俺が答える。
「魔獣を倒してくる」
「一人で!」
「そうだ」
「危険だわ。いくら身体強化が使えるようになったからって…」
「問題ない。それよりも一人なら何とかなりそうなんだ」
するとマージが言う。
「いいんじゃないかい? きっとコハクには確信があるんだろう?」
「そうだ」
「行かせておやり」
「すまん」
「だが一つ約束しておくれ。無理はしない事、体力が持たないようなら帰ってくる事」
「わかった」
そしてメルナが俺にしがみついて来る。
「わたしも行く!」
「いや。メルナ、お前は貴重な魔導士のたまごだ。とにかく俺は一人で大丈夫だから」
ビルスタークがメルナを押さえて言った。
「コハクを信じてみよう」
「でも」
「たぶんコハクは無茶はしない性格だ」
メルナが俯き不満そうになりながらもぽつりと言う。
「…わかった。気を付けて!」
俺は頷いて剣と盾を持ち地下室を出ていくのだった。地下室の出口でヴェルティカとメルナが言う。
「本当に気を付けてね」
「心配するな」
「ほんとだよ?」
「任せてくれ。俺が出たらここに鍵をかけろ」
「わかった」
俺が地下を出てしばらくすると、ドアが閉まる音がする。俺はそのまま騎士団の屯所に向かい、もう一本の剣を探して腰にさした。予備の剣を持った俺は、夜の敷地内を歩き門の所に行く。メルナが魔力を注いで蓋をした岩が置いてあり、俺はその上を飛び越えて外に出た。
「さてと」
《魔獣を探して下さい。足音に気を付けて》
了解だ。
そして俺は夜の街を徘徊し始める。もうあちこちの死体もだいぶ食われ尽くしており、魔獣がなかなか見当たらなかった。だがしばらく歩いて街角を曲がった時、通りの先に数体のゴブリンが歩いているのを見つける。
いた。
《風下をキープするようにガイドします》
俺はアイドナに先導されるままに、街を迂回していくと、ゴブリンの集団までもう少しの所に出た。俺は剣を構えて次のガイドを待つ。
《今です》
俺は最初に狙うべきゴブリンの後ろに忍び寄り、一体目の首を斬った。すると斬ったそばから、俺の腕に魔粒子が流れ込んでくるのが分かる。ドサリと倒れた音を聞き、近くのゴブリンが振り向くが、既に俺の剣が眉間に深々と刺さっていた。
それを足で蹴り飛ばし、一気に前方の三体のゴブリンに飛びかかる。
《もう一本を抜いてください》
俺は腰にさしているもう一本を左手に持った。二本の剣を振り回し、真ん中のゴブリンをばたりと踏みつけ、両脇のゴブリンの首を斬った。更に魔力が流れ込んでくるのを感じる。アイドナが俺の足に魔粒子を流し込んできたので、活性化した足でゴブリンの頭蓋を踏み潰した。すると足先からも魔粒子が流れ込んでくるのが分かる。
一気にまた三匹がかかってきたが、アイドナは俺の身体を強化してガイドマーカーを光らせる。俺はそのガイドにそって、剣を振り続けるだけだった。新たに三匹を倒して初めて気が付く。
全く疲れていない。
《全て魔粒子の力だけで戦っており、必要なエネルギーを最小限にとどめた省エネモードに切り替えました》
という事は、魔獣を殺せば殺すほど…
《あなたの体は動き続けます》
ここにいたゴブリンを全て殺し、俺はふと空を見上げる。誰もいない都市を大きな月が、ただ煌々と照らしている。ゴブリンを殺し魔粒子を体内に入れたことで、既に昼間よりはっきりと周りが見渡せた。
《状態はかなり良いです。走りましょう》
俺はアイドナの指示のままに、月下の都市を走り出すのだった。
次話:第五十五話 身体強化をしまくった結果