第五十話 動く地下室の魔獣
都市内の地下室がある全ての建物で、魔獣の駆除作業をやっていく事になった。やるのは昼間に限り、魔獣達が息を潜めているうちにやる。かなり地道な作業ではあるが、夜に外に出て来た魔獣を一気にやろうとすると、他の魔獣を呼び寄せてしまうらしい。そうすれば多勢に無勢で、ひとたまりも無く殺されてしまうだろうとの事だった。
俺達はその日のうちにあと二軒の屋敷を周る事が出来た。一軒には魔獣はおらず、もう一件には灰狼と呼ばれる四つ足の魔獣が居た。それも同じ方法で、麻痺の煙を利用し足を止めて撲殺していく。
そしてヴェルティカがマージに言った。
「そろそろ陽が落ちるわ」
「よし。陽が落ちる前に道具屋だけ回っておくれ」
「わかったわ」
俺達はマージに言われるままに道具屋に行って、明日の討伐に必要な物を揃えて行く。俺達が辺境伯の屋敷に入り込むころには、すっかり日が落ちて暗くなっていた。
「さあ。直ぐに飯を」
俺達はいつもと同じような、干し肉と乾いた野菜を煮詰めて食う。味気ないものではあるが、少しでも栄養を取らないと活動の維持が出来ないし、ビルスタークとアランにも食わせなきゃいけない。
そしてビルスタークが言う。
「俺も動けるようになった。何か手伝う事はないか?」
だがヴェルティカが言う。
「病み上がりだからもう少し休みなさい。無理をしても仕方がないわ」
「しかし。お嬢様に危険な真似をさせるのは…」
「危険な事は承知の上。それに、コハクとメルナが良くやってくれているわ」
「そうですか。コハク、メルナ。礼を言うぞ」
「やれることはやる」
「わたしも!」
「もう少しすれば俺も動けるようになるだろう。目は見えないが、剣術くらいは教えられるはずだ。アランが俺の目になって、お前の挙動を教えてくれるからな」
「私も手伝いたいよコハク」
するとアランにもヴェルティカが言う。
「アランもまだよ。見たら分かるわ、動ける状態じゃない」
「ですが」
「まずはやれることをやって行かないと」
確かにそうだ。杖を突いたとしても、まともに歩けるとは思えない。
《義足を作ればよいと思われます》
といっても材料や工具はどうする?
《それはマージと相談でしょう。恐らく魔力を使えば、ある程度の造形が出来るはずです》
たしかにそうか。まずは魔獣の排除に専念する必要があるが、アイドナのデータベースにある物で活用できそうなものはありそうだ。
《それで、身体の変更はいかがなさいますか?》
しない。
《あなたにも魔力の回路が必要かと思うのですが》
必要ない。
《わかりました。一応報告しておきますが行動中は変更できません。休みが取れる状況でないと書き換えはできません》
やっぱりなにかあるんだな?
《記憶の領域と思考は浸食いたしません》
まあ…素粒子ナノマシンAI増殖DNAが嘘をつくなどは考えられないが、それがどう有効に働くのか分からない以上はやりたくなかった。
《ですが今日の様な危険な作業から、ヴェルティカとメルナを外す事が可能になるはずです》
「え?」
「どうしたの?」
俺は思わず声を出してしまった。今日の作業を俺単独でやる事が出来るならば、更に効率よく進める事が出来る。
「いや。なんでもない」
「たまにコハクは静かになるよね?」
「少し考え事を」
「まあ、あまり考え過ぎずに、目の前の事をひとつひとつやっていきましょう」
「ああ」
そして次の日、決心を迫られる、ある出来事が起きるのだった。
朝になりヴェルティカが言う。
「さて今日も頑張らなくちゃね」
「ああ」
「うん」
すると、ビルスタークとアランが心配そうに言って来る。
「あまり無理はなさらずに。お嬢様に何かあれば大変です」
「問題ないわ」
「じきに置いて来た怪我人も帰って来るかもしれませんし、近隣の貴族が兵を送って来る事もないとは言えませんから。それに兄上がお帰りになられるのを待っても良いのでは?」
「それでは遅いわ」
「迎え入れる時にお嬢様が居なければ」
「ええ。もちろんそのつもりよ」
ヴェルティカの返答に、二人はおとなしくなった。そして俺達に言う。
「頼むぞコハク、メルナ」
「わかった」
「うん」
二人に挨拶をして、俺達は再び屋敷を出る。
最初の建物は奴隷商の地下で、中に入ると地下への階段が布で覆えるようにはなっていなかった。階段の間口が広く、壁が邪魔をして塞ぐのが難しい作りになっている。
俺が言った。
「これは、塞ぐのが難しい作りだな」
するとマージが言う。
「そうかい。ならいったん見送ろう。やり方を考えた方が良いね」
しかしそれを聞いたヴェルティカが言った。
「どうにかなるわよ、ばあや。早く進めて行かないと、人が来た時に被害が出てしまうわ」
マージが答える。
「それはそうだけど。危険があるならダメだよ」
「危険じゃないわ」
「じゃあ布をもう一枚持って来て塞ごう」
「そうしましょ」
俺達は毛布を探し出して、それに特殊なオイルに浸した。準備が出来たので、同じように薬品を塗った薪を階段下に置いて魔法で火をつける。
「塞ぎましょ」
数枚の布で塞ぐが、やはり隙間が出来て煙が出て来てしまう。それでも何とか苦労して、塞いだような形になった。
「出ましょう」
「ああ」
「うん」
俺達が奴隷商の玄関から外に出て、しばらく待っていると黙々と煙が立ち上って来る。いつもより多いような気がするが、それでもしばらくしてその煙が収まった。
魔導書のマージが言う。
「気を付けるんだよ」
「大丈夫よ」
そして俺達は階段を下り、カンテラをつけて奥へと進んでいく。教会の地下とは違い、思いの外広く部屋数は少ないようだ。更に奥へと進んでいった時だった。
ゴツ!
俺の肩に石があたる。そして俺の暗視に、動く光の線が映し出されてくるのだった。
「すぐに出ろ!」
俺が言うと、慌ててヴェルティカとメルナが階段の方に走り出す。だがその時だった。
「痛っ!」
なんとヴェルティカの足に槍がかすめた。どうやらゴブリンが投げた槍らしい。ヴェルティカは倒れて足を押さえうずくまっている。
マージが言った。
「麻痺薬が行き届いていなかったようだね!」
「そのようだ」
「コハク。あんたはアランに勝っている。落ち着いて処理をすれば大丈夫、背負子を下ろして剣と盾だけをもちな」
「わかった」
俺は騎士の剣と盾を持ち、暗闇に目を向ける。恐らくヴェルティカとメルナには見えないだろうが、俺の目にはガイドマーカーで記された、光の線になったゴブリンが浮かび上がってくるのだった。
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