第四十八話 騎士団長の目覚め
そしてその夜、俺達はまた地下室で魔導書を囲みながら話をしていた。屋敷を囲む壁を補修したとはいえ、いまだに緊急事態な事に変わりはない。そこで俺達は、魔導書になったマージを囲んで打開策を考える事になったのだ。
「さてここからどうするか?」
すると魔導書のマージが言う。
「恐らく都市の内部に残ったのは、ゴブリンや灰狼じゃろう。奴らは昼間には隠れるじゃろうけど、それは人間を警戒しての事じゃ。そこを狙って、朝からコツコツと魔獣狩りを始めるしかなかろうな」
「途方も無いな」
だがそこでアランが言った。
「いや、コハク。確かにそう感じるかもしれんが、じきにこの都市の事が周囲に伝わるだろう。近隣の領で騒ぎとなり王都にも伝わっていく、そうすれば兵士が送られてくるはずだ。それを待つしかないだろう」
「しかし。この巨大な都市がこんな状態になったんだ。またどこかに、この前のバケモノの集団が襲来するかもしれん。そうなればこの都市を救出する余裕など無くなるのでないか?」
「…あのバケモノがまた出るか…」
マージが言った。
「その可能性は大いにあるねえ。とにかく聞いておくれ」
俺とアランが頷いた。ヴェルティカとメルナは元々口を挟まずに黙っている。
「あたしにちょっとした考えがある。それにしてもまずは、都市の魔獣を減らさないとどうしようもないんだよ。それに隠れた魔獣をやるのはそんなに大変な事じゃない」
「わかった」
「明日の朝からやる事を言うから覚えておくれ」
「よし」
マージがつらつらと話を始め、俺はそれを全て記憶していく。いつの間にかメルナがウトウトし始め、次にヴェルティカの瞼も降りて来た。
「皆は寝た方が良い。俺が聞いておく」
「…でも…」
するとマージが言った。
「みんなで動かなきゃならないからね。休んで動けるようにした方が良いね」
「わかった」
「うん」
そして俺はアランにも言う。
「無理はするな。休め」
「すまない」
そうして皆が横になり、俺はその後もマージの言う事を記憶し続けた。するとマージが説明を終わり、俺に眠るように言って来る。
「わかった」
《では自動筋トレモードに移行します》
頼む。
スイッチを切るように俺は意識を墜とし、あっという間に朝になって起こされる。体の調整は全てアイドナがやってくれているので、朝から調子が良かった。
「さて」
「おや? もう起きたのかい?」
「ああ。マージはどうなんだ?」
「体が無いからねえ。睡眠は必要としないようだよ」
「便利なもんだ」
「身体が無いんだ、不便極まりないよ」
「すまん。不用意な言動だった」
「べつに本になってまで気にしちゃいないけどね」
「やるぞ」
「皆が起きるのを少し待とうかね」
「わかった」
しばらく待っているとヴェルティカも目を覚まし、メルナも起きて来た。その物音でアランも起きた。なんとか腕一本で体を起こして座る。そしてアランが言った。
「さすがに体がかゆいな」
するとヴェルティカが言った。
「一階に置いてある水桶をもってくるわ。体を拭いてあげる」
「お、お嬢様にしていただくわけには」
「何をいっているの? 今はそんな事、関係ないでしょ」
「すみません」
そして俺が一階から水桶を持って来て、メルナが魔力を注ぐと水が湧きだしてくる。それにヴェルティカが布を浸した。そして俺がアランの所に行く。
「脱がせるぞ」
「すまない」
俺はアランのボタンを外し、下のシャツも脱がせてズボンも脱がせる。痛々しい傷があちこちに刻まれており、腕一本と足が無くなっていた。
するとマージが言う。
「コハク、メルナ。屯所から二人分の着替えを持って来ておやり」
「わかった」
するとアイドナが言う。
《二人のサイズは記憶しました》
よし。
俺とコハクは屋敷を出て半壊した屯所に行く。部屋に入り誰のか分からないが、服が吊るされているのを見つけた。それにガイドマーカーがひかれ、赤く光っている服を見つける。
《これがアランに適しています》
わかった。
《そしてその奥に吊るされているのが、ビルスタークに合うでしょう》
俺とメルナは服を持って、地下室へ戻った。するとヴェルティカが言う。
「たぶん従者の部屋に下着があるわ。それも持って来て」
「よし」
俺とコハクが壊れていない屋敷の一階をうろつき、男物の下着を見つけた。洗ってあるので問題ないだろう。それを地下に持って行くとアランがお礼を言って来る。
「すまない。こんなに介抱されてしまう事になろうとはな」
「良いって事だ」
そうして俺がアランの下着を脱がせて、全ての服を着替えさせた。
「生き返ったよ」
「だいぶ見た目が良くなったな。髭剃りがあればいいんだが」
「贅沢は言わん」
そして次に、俺がビルスタークの服を脱がすべく、胸元のボタンに手をかけた時だった。
パシィィ! と俺の腕をビルスタークが掴んだ。
「おっ?」
「…その…声は…コハク?」
「そうだ」
「…生き…ていた…のか」
「なんとかな。これから体を拭こうと思うんだが、服を脱ぐ事は出来るか?」
「お、おお」
だがなかなか起きるのに苦労していた。俺がビルスタークの背中に手を回して起こしてやる。そこでようやく気が付いた。
「目が見えないのか?」
「申し訳ない。目をやられた」
「ポーションをかけたんだが」
「そうか」
「ああ」
そしてビルスタークの手に力が入る。
「コハク! お嬢様は? お嬢様はどうした!」
するとヴェルティカが走り寄ってきて、ビルスタークの手を握って言う。
「ビル。私はここよ」
「おお! おおお! お嬢様! 生きていらっしゃった!」
「ばあやとコハクとメルナのおかげで、なんとか生き延びる事ができたわ」
「お館様と奥方様は!」
するとマージが言う。
「残念ながらダメだったよ。あんたらを助けるので精いっぱいだった」
「そんな…」
するとアランがビルスタークに言う。
「隊長。俺もおめおめと生き延びてしまいました。お恥ずかしい限りです」
「アラン! そうか! お前もお嬢様を守ってくれたのか?」
「いえ。残念ながら手足を失いました」
「手足を…そうか。でも賢者様の声が聞こえたようだが! 生きていらっしゃるのか!」
「それは…」
するとマージが言う。
「魂だけね。体は無くなっちまったよ…」
「そんな…。そんな状態になりながらも我々を生かしてくださったのですね」
「必要だからね」
「しかし…光を失いました」
「いや。やれることはある。お前の力も貸しておくれ」
「もちろんです! この命を賭してお嬢様をお守りいたします」
「よく言った。それじゃあ、まずは体を拭いてもらおうかね」
「は?」
「ずっと寝ていたからね。臭いらしいのじゃ」
「わかりました」
ちゃぷっと水をつけて、ヴェルティカが体を拭き出す。するとビルスタークが言った。
「お、お嬢様にしていただくわけには!」
「いいから。じっとして」
「は、はい!」
体を拭き終わった後、俺達は朝食をとる事にした。俺がアランを背負い、ヴェルティカとメルナがビルスタークに肩を貸して一階へと上がっていく。なぜかこの男が目覚めただけで、ヴェルティカもアランも生気が漲ってきたようだ。
そしてマージが言う。
「さて。食事が終わったら、みんなで魔獣退治だ。ビルとアランは知恵をいっぱい貸しておくれ!」
「「は!」」
それから俺達のブレックファストミーティングが始まるのだった。
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