第四十七話 死体の体組織を解析して出来る事
三人がエントランスに腰を下ろして休んでいるが、俺の内部ではアイドナが俺に話しかけていた。
《この世界の人間の組織を素粒子レベルから解析してみました。解析結果からお伝えしますと、根本的に前世地球人の体組織とは全く違う物だという事が判明。もとより魔粒子が流れやすい構造となっているようです。その構造があなたの体には全くないのです》
俺に魔力が無いのはそう言う事か?
《そうなります。回路という表現を使いますが、体組織が組まれている回路の構造が違うのです》
なるほどな。魔粒子が体に流れないのであれば、魔力が無いというのは当たり前だ。
《そうなります》
なぜそれを解析した? 俺に体組織をかじらせてまで?
《この状況を打破する為です》
どういうことだ?
《あなたの体組織を変える必要があります》
いやいや。そんな事をしたら俺は俺じゃなくなる。
《そんな事はありません。記憶領域や感性の領域には変更がありません》
だめだ。まずは現状維持だ。
《わかりました》
アイドナは勝手な判断で俺の体を作り変えようとしていたらしい。とにかく今のところは、現状のままでいいだろう。
するとヴェルティカが声をかけて来た。
「大丈夫?」
「あ、ああ」
「考え込んでたみたいだけど」
「いや。なんでもない」
「そろそろ始めましょう」
「わかった」
そして俺達は外に転がっている騎士の死体を片付ける事にした。あちこちに散らばっており、それらをすべて集める頃には陽が落ちてきていた。
ヴェルティカが魔導書のマージに尋ねる。
「ばあや。集めたわ」
「では、コハク。魔法の杖をもってきなさい」
「わかった」
俺が杖を持ってエントランスから戻ってくると、ヴェルティカとメルナが死体の山に祈りを捧げていた。俺も見よう見まねで祈りを捧げると、魔導書がパラパラとめくられていく。
「コハク。この魔法陣を地面に書きな」
「わかった」
アイドナ。魔法陣をトレース。
《はい》
本の魔法陣を記憶し、俺は地面に移った光の線をなぞって魔法陣を書く。
「出来たぞ」
「じゃあ、じゃあその杖をかざして」
「ああ」
そしてマージがメルナに言った。
「メルナ、手をかざしてこういうんだ」
「大地よ。その力を持ってここに穴を穿て」
「大地よ。その力を持ってここに穴を穿て」
ぼごお! と地面が深々と抉れた。
「ここに遺体を入れておくれ」
「わかったわ」
陽が落ちて来てあたりが暗くなっていく。どこからともなく小さな魔獣の声が聞こえて来た。
「静かに作業しな」
マージに言われたとおりに、俺達は静かに遺体を穴に放り込んでいく。全ての遺体を穴に放り込んだ時に、マージがヴェルティカに言った。
「本来は王家の墓所に埋めてあげなきゃならないんだけどね。今はそんな事を言っていられないんだ…分かっておくれヴェル」
「もちろん分かっているわ。お父様もお母様も分かってくださる」
「では。ゆっくりと土をかけていくよ」
俺達はスコップを持って来て、周りの土を掘り穴を埋めていく。一時間以上かけて埋め尽くし、またマージが俺に言った。
「コハク。この魔法陣を埋めた土の上に」
「わかった」
魔導書が開かれ、俺はそれを地面に書き写した。魔法の杖をかざすとマージがメルナに言う。
「迷い無き魂よ。穢れ無き地へ。やすらかに眠れ」
「迷い無き魂よ。穢れ無き地へ。やすらかに眠れ」
メルナが言うと、魔法陣が光り輝きしばらくして落ち着いた。
「これでアンデッドにはならない」
ヴェルティカが再び埋め立てした場所に祈り出したので、俺とメルナも同じように祈る。そして俺達は屋敷にはいり、地下室へと向かった。
俺達が地下に行くと、アランが声をかけて来た。
「すみません。待つ事しかできなくて」
「いいえ。アラン、それは気にしないで。ビルスタークの様子はどうかしら?」
「先ほど薄っすらと意識を取り戻しましたが、また寝てしまいました」
「急がなくていいわ。とにかく食べれているし、体の回復を第一に考えましょう」
そうして遺体処理の一日が終わった。そこでまたアイドナが言う。
《騎士の体組織を収集すればよかったかもしれません》
なんでだよ?
《彼らはまた違う構造をしている可能性があるからです》
じゃあ外で死体処理をしてた時にでもやればよかっただろう?
《生きている彼らの体組織を》
あー、だめだめ。生きてる人間をかじるなんてできない。
《わかりました》
何でもかんでも齧らせるつもりか?
《可能性を模索する事は悪い事ではありません》
お前に、そんな能力があったとはな。
《初めての発見です。前世ではこのような事を必要としておりませんでしたから》
確かに…。
だが俺は少々気になり始めていた。俺の体組織を変えると何が起きるのか? もしそれで更に生存率が上がるのであれば、それはそれで必要な事なのではないだろうか?
《やりますか?》
いやいやいや! やらん!
《そうですか》
アイドナは俺の許可が無ければ実行には移せないようだ。どうしても必要性が感じられたらやるが、今は自分の体をいじる気にはさらさらなれなかった。
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