第四十六話 死体の回収と体組織解析
怪我人の二人を看病しつつ俺達は地下で夜を明かした。ビルスタークはまだ意識がはっきりしてないが、アランはもう目覚めている。ただ手足を無くした時に失血した体力を取り戻してはおらず、壁に背を預けて座るだけとなっている。
一方ヴェルティカもメルナもだいぶ落ち着いて来て、疲労も大分抜けてきたようだ。だがアイドナが言うには、声のトーンや勢いからしても精神が参っているらしい。それでも少しは、ものを考えるだけの余裕が出てきたようだった。
そんなヴェルティカが言う。
「ばあや。お父様とお母様の最後はどうだったの?」
「寝所の部屋ごと…一瞬の出来事だった。まだ何も手を付けていないよ」
「弔う必要があるわ」
「二階に上がってみるかい?」
「ええ」
「気持ちの準備は出来ているかい?」
「ええ、ばあや。この状況から、おおよそ察しがついているわ」
「…偉い子だね。コハク、メルナ。ヴェルを支えておやり」
「わかった」
「うん」
「じゃあアラン。ここで待ってて」
「はい」
そして俺達三人とマージ魔導書が、地下室からエントランスに出た。二階に続く階段は被害を受けておらず、俺達はその絨毯のひかれた階段を静かに上がって行く。二階に上がると何カ所かの壁がなくなっており、天井もむき出しになっているところがあった。
「だいぶ酷いな」
「仕方がないわ。一階で雨風をしのげるだけましよ」
ヴェルティカはだいぶしっかりしてきているな。
《おそらくは、魔導書になったとはいえマージの存在が大きいかと。ここに来る前は諦めていたようでしたが、声の質からも前向きな感情がちらほら見受けられます。ですがその精神はそれほど強くはありませんので、充分注意したほうがよろしいかと思います》
わかった。
そして俺達は父親の寝所になっていた部屋へと向かう。入り口は閉まっていて、扉にヴェルティカが手をかけるが震えていた。
「大丈夫か?」
「とはいっても事実はもう変わらないわ」
ガチャリと音を立てて部屋に入ると、部屋の内部は真っ黒に焦げていた。そしてマージが言う。
「ドラゴンの炎で焼かれたんだ…」
「そう…」
部屋の中には数体の焦げた遺体があった。皆丸焦げになっていて誰が誰かは分からないが、恐らくベッドの上に乗っているのが父親で、その上に覆いかぶさっているのが母親だろう。
ヴェルティカがゆっくりとベッドの残骸に近づいて行く。そして真っ黒な床に膝をついて、焦げた遺体の手を取った。
「お父様。戻りました」
だが遺体は何も言わない。
ヴェルティカの目からポロポロと涙があふれ、焦げた手へと落ちていく。しかしモノ言わぬ遺体は、ただその涙で表面を濡らすだけだった。
「熱かったでしょう…本当に」
マージが言う。
「守れんかった。本当に申し訳ない」
「ばあやの責任など一寸もないわ。突然やって来たアークデーモンが全ての元凶、誰もあの状況を想像は出来なかったはず。だけど…」
「うむ」
「それをただ黙ってやり過ごすのしかないのかしら?」
そう言うと魔導書のマージが言った。
「いいや。それは違うよヴェル。その為にあんたらを飛ばして、ビルスタークとアランを救ったんだ。それにこの状況を聞きつければ、じきに留学している兄が帰って来るだろ? あとは、王都からの帰りの途中で負傷した幾人かの兵士が戻って来るやもしれん」
「戻って来るかしら?」
「わからんさ。とにかくここにはコハクもメルナもいる。諦めるのはまだ早いよ」
「分かった…。それで何から始めればいい?」
「まずは、敷地内の遺体の処理さね。長く放っておけば、アンデッドになってしまうかもしれない。聖魔法を施して埋葬してやらねばね。他はそれからだよ」
「うん」
そしてヴェルティカは胸の前で十字を切り言う。
「お父様。お母様。そして従者の皆様。あなた方の無念は必ず晴らします。今はただゆっくりとお眠りください。本当にお疲れ様でした」
既にヴェルティカの瞳の涙は乾いていた。顔は凛々しく引き締まっており、もう何もかもを諦めたような表情はどこにも無かった。
「わたしはパルダーシュ辺境伯の娘ヴェルティカ。お家の復興をかけて奔走すると誓います。皆さんは私の活躍を天界より見守ってくださいまし」
胸の前に手を組んで目をつぶっているので、俺とメルナもそのしぐさをマネして祈る。
そしてヴェルティカが振り返って言う。
「二人とも、大変だと思いますが、敷地内の遺体の埋葬を手伝ってください」
「わかった」
「うん」
そして俺達はすぐに作業に取り掛かる事にした。まずは屋敷内にある死体を次々に庭に運び出して並べていく。どれも焼け焦げたりバラバラになっているため、それほど重量は無いが数がある為、重労働だった。
だが運んでいる時にアイドナがおかしなことを言う。
《死体から細胞を採取してください。この世界の人間の体組織を素粒子レベルで解析します》
どうすればいい?
《焦げた遺体を、ほんの少しちぎり咀嚼してください。飲み込まず吐き出して結構です》
俺はヴェルティカやメルナが見ていないところで、遺体の肉片をちぎり口に入れて噛む。おもわず嘔吐しそうになるが、噛みほぐした時にアイドナが言った。
《吐き捨てて結構です》
プッ! と吐き捨てるが、口の中にその感触と臭いが残っていて気持ちが悪い。
《水で口をゆすいでください》
俺はエントランスにある、魔法陣を描いた桶から水を救って口に含みうがいをして外に吐いた。水は半分ぐらいしか残っておらず、既に魔力が消えてしまったらしい。
「ふう」
《次は女性です》
えっ! まだ噛むの!
《採取してください》
俺は真っ青になりながらも、死体を運びながら同じことをする。想像していたものの、更に吐き気が強く襲って来る。
《吐き出して結構です》
俺は再び通り道で水を口に含み吐き出す。
するとヴェルティカが俺の所に近づいて来て言う。
「さすがに参るわね」
「ああ…」
「休んだ方が良いんじゃない?」
「ヴェルティカ達がやっているんだ。俺が休んでいられない」
「でも顔が真っ青だわ」
「大丈夫だ」
俺は再び室内に向かっていき、死体を運び出し始めた。もう口の中の感触と臭いが最悪だが、それを忘れるかのように一生懸命運び出して行く。ある遺体は二人で運び出し、バラバラの物は一人で運び出した。そんな事を続けてようやく屋敷内の遺体を全て庭に運び終える。
そしてヴェルティカが言う。
「さすがに食欲もわかないわ」
「ああ」
本当に。今にもゲロが出そうだ…
「外の騎士達を運ぶ前に休憩しましょう」
「そうしよう」
最初はかなり異臭がしていたが、俺達は既にそれに慣れてしまっていた。するとマージが言う。
「メルナ。水桶に魔法を注ぎな」
「うん」
メルナが唱えると新しい水が湧きだしてくる。
「それで手を洗い、水を飲んだ方が良いね。柄杓を持っておいで」
メルナが台所から柄杓を持って来た。それで水を救って、俺はヴェルティカの手にかけてやる。今度はヴェルティカが柄杓を持ってメルナと俺の手にかけた。
「ふう…」
いったん落ち着いて床に座ると、アイドナが俺に告げた。
《解析完了しました》
どうやら先ほど採取した細胞組織の解析が終わったようだった。
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