第四十三話 生存者と魔法の杖の謎
なんと俺達が見ている目の前で、突然マージが消えて魔導書に宿った。それを慌てて抱えたヴェルティカが本に話しかける。
「ばあや! 生きてるの?」
「いいや、体は滅んでしもうた」
「でも話している」
「この本に魂を定着させたのさ。魂が消えるまでは話くらいできるさね」
ヴェルティカが複雑な表情を浮かべながらも、その本を抱きしめて泣き始める。だが今はそんな事をしている時ではない。そしてそれは本になったマージから指摘される。
「ヴェルや。今は感傷に浸っている場合ではないよ。細かい魔獣が残っていただろう? まずは先に屋敷に入っておくれ」
「う、うん」
そうして俺達は結界の消えた屋敷へと入る。するとエントランスに二人の人間が横たわっていた。よく見ればひとりは腕一本と足一本が無くなっており、もう一人は顔を負傷しているようだった。
それを見たヴェルティカが走り寄る。
「ビルスターク! アラン!」
そう、そこに横たわっていたのは、騎士団の団長と副団長だ。するとヴェルティカの言葉を聞いて二人が反応する。だがそれはピクリと動くだけにとどまった。ビルスタークは目を失っており、アランは腕と足を失っている。
そして本になったマージが言う。
「この二人を生き延びさせるので、いっぱいいっぱいだった。あたしの小屋も燃えて薬品も全部なくなっちまってねえ、あたしの魔力は結界を張るのと自分の命を維持するので精一杯だったよ」
それを聞いたヴェルティカが俺を見たので、俺は背負子を降ろし中からポーションを取り出した。
「これをどうすればいい?」
すると魔導書のマージが言う。
「かけてやっておくれ」
俺は言われるままに、ポーションの蓋を開けてビルスタークにかける。するとシュウシュウと音を立てて、ビルスタークの傷が少し収まる。だが目は全く回復せず、それ以上の反応もない。更にアランにもポーションをかけるが、傷が多少治るものの欠損部分は復活しなかった。
ヴェルティカが再度声をかける。
「ビルスターク。聞こえてますか? ヴェルティカです」
すると震えながらも、ビルスタークの手が上がる。それをヴェルティカが押さえ握りしめた。そしてヴェルティカはアランにも声をかけた。
「アラン! 聞こえる?」
するとこちらは、薄っすらと目を開く。
「…お、じょう、さま…」
「そうよ! アラン! 私よ!」
「す、みま…せん…、お館様が…」
「もういいわ! 話をしなくてもいいわ」
「す、みませ…」
すると突如パラパラと魔導書の頁が開く。そして魔導書がメルナに言った。
「ここに記されている魔法陣を桶に描くんだ」
「う、うん」
「正確に書かねば発動しないからね。ヴェルや食堂から桶、書斎からペンとインクをもってきておくれ」
「はい」
そして指示通りにヴェルティカが桶と書く物を持って来た。
「メルナや。その魔法陣を桶の底にかけるかい?」
だが魔法陣をじっと見つめていたメルナは、突然首をフルフルと横に振った。
「難しい…」
「そうかい…。まあそうだね…、じゃあヴェル」
と言おうとした時に、俺が名乗りを上げた。
「俺が描く」
「コハクがかい?」
「大丈夫だ。写せばいいだけだな?」
「その通りだよ」
《既に記憶しています。ガイドを出しますので、なぞってください》
アイドナは桶の底に光の線で魔法陣をひいた。俺はそれに沿ってペンを走らせ、あっという間に魔法陣を書き上げてみせたのである。
「書いた」
「ほう? もうかい?」
「ああ」
「きちんと発動するかねえ…」
魔導書に心配されている。するとアイドナが言う。
《あの杖を持ってきてください》
わかった。
俺はアイドナに言われるままに杖を持ってくる。そしてそれを桶にかざした。
《魔粒子を》
「メルナ。この石の所に手を当てて」
「うん」
すると魔導書が言う。
「メルナや。清らかな水よ湧き出ろ。と唱えなさい」
「清らかな水よ湧き出ろ」
杖の石が光り、そこから桶に魔力が注がれていく。すると次の瞬間。
ザブザブザブ!
その桶から水が湧き出て来てあっという間にあふれる。それでも次々と水は湧き出続け、あっという間にあたりが水浸しになって来た。
「まずは二人に水を飲ませるんだよ。数日何も口にしていないからね」
「わかった」
ヴェルティカとメルナが、湧き出る水を手で救って二人の口元に垂らして行く。
コクリ。コクリ。
二人とも飲んだ。どうやら自分で水を飲むことは出来るらしい。
「よし、まだ台所に干し肉くらいはあるはずだよ」
魔導書に指示をされたので、俺が立ち上がり台所に行く。すると干し肉が干されており、俺がそれを取って戻って来る。すると魔導書が言う。
「ヴェルとメルナが噛んで柔らかくしておやり」
二人がそれを口に入れて噛み始めた。柔らかくなったところで口から出して、少しちぎって二人の口元へと運ぶ。だがあまり反応しなかったので、俺が魔導書に言う。
「食わないぞ」
「突っこんでおやり。大丈夫! じきに反応するさ」
二人が口の中に噛んだ干し肉を突っ込み、また水をすくって飲ませた。
ゴクリ! ゴクリ!
二人とも飲んだ。
「よーし。根気よく続けるんだ。まずは二人に生き返ってもらわないとねえ。守った意味がなくなっちまう」
そしてそれからは二人がビルスタークとアランを介抱していった。そして魔導書が俺に言う。
「朝になれば、魔獣は息をひそめるだろう。その時まで待ってやる事があるんだ。魔法陣が正確に書けるのならば、やれる事は沢山あるよ!」
「わかった」
するとパラパラと所定の頁が勝手に開き、その時その時でマージが俺に説明をした。まず、あの夜に襲って来た大型のAクラス魔獣でなければ、この屋敷の壁を超えてはこないだろうという。だが屋敷の壁のあちこちに穴が空いているから、それを塞ぐ必要があるというのだ。
「わかったかい?」
「わかった。これは土魔法で、この魔法を使う事で穴が塞げるという事だな」
「そう言う事さね。どうやら魔法の杖を拾ったようじゃないか」
「ああ」
「あたしの杖は折られちゃったからね。その杖を使って明日からコツコツとやっていくよ」
「わかった」
そして俺はその杖についてマージに聞いた。
「マージ」
「なんだい?」
「その杖なんだけど。魔獣をぶっ叩いたら魔力が溜まったんだ」
「ほう! そいつは珍しいもんを拾ったね」
「どういうことだ?」
「おそらくはブラッディガイアっていう木で作られた杖さね」
「ブラッディガイア?」
「硬くて丈夫な木だけど、それは魔獣の生き血を吸う魔物なんだよ。蔓で魔獣を捉えて、その生き血を吸うとんでもない魔物さ。恐らくはそれの幹から作られたんだろう」
「てことは、魔獣をぶん殴ればぶん殴るほど?」
「魔力が溜まるということさね」
なるほど。そう言う事だったのか。
「よし!」
「なら次の魔法陣の説明をするよ」
「わかった」
それから俺はしばらくの間、本になったマージから魔法陣の組み方だけじゃなく、合わせ方やその効力までを聞いた。まずはやれる事からコツコツとやっていくしかない。何処からともなく魔獣の声が聞こえてくるが、俺は魔力を補充する為の餌にしか思えなくなっていたのだった。