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第四十一話 死臭漂う大都市

 暗い都市に入るのは危険すぎる行為だ。だがあの時のような大型魔獣が居るならば、その気配がするはず。しかし都市は静まり返っており人の気配もしていない。大型の魔獣はいないだろうと思われる。


「どうする?」


「いくわ」


「そうか」


 それ以上話す事は無かった。メルナが俺の裾をギュウっと握り震えているのが分かる。


「カンテラはつけたままか?」


「…どうして?」


「魔獣が光を見つければ寄って来る」


「確かに…」


「丁度、月明かりも出て来た」


 スーッと雲間から月が現れて、都市の町並みを照らし出した。建物は普通に立ち並んでいるが、破損しているかどうかまではよくわからない。明るい路地と建物の影が地面に影模様を浮かび上がらせる。


「行くわ。自分の町だからね、どこに何があるかくらい分かる」


「わかった」


 ヴェルティカは意を決したようにカンテラの灯りを消し、門から一歩都市の中に入る。門から中に風が吹いているので髪の毛が乱れ、ヴェルティカは髪の毛をぎゅっと抑えた。


「ふう」


「行こう」


「ええ」


 俺達が最初の建物までたどり着き、大通りを歩いていると不意に風向きが変わる。突然異臭が鼻を突き、ヴェルティカとメルナが口を押えた。


 なんだ?


《血液が腐った臭いです》


 唐突にヴェルティカが足を止めた。俺とメルナも足を止めて街道を見る。街道のあちこちに何かが転がっており、アイドナがそれにフォーカスした。


《人間の死体の残骸です》


 そうか。


《ヴェルティカとメルナの心拍数の乱れと体温の低下。迷走神経反射で脳貧血を起こし失神するやもしれません。いったん座らせましょう》


「いったん座った方が良い」


 メルナが座り、ヴェルティカがふらりと体制を崩した。俺はヴェルティカを抱き留めて、そっと建物の柱に背中を預けるように座らせる。


《安心させる言葉を》


「落ち着け。何かあっても俺が何とかする。そして意識を集中させるんだ。何も問題はない」


「ごめんなさい。私が行くと言っておきながら」


「仕方がない。とにかく周りを見るな」


「ええ」


 そして俺は商人に貰ったポーションを取り出して、ヴェルティカに差し出した。


「飲んでみろ」


「わかった」


「コクリ」


 そして俺に瓶を渡してくる。


「貴重だわ。とにかく少し落ち着いた」


 それを受けとり今度はメルナにも差し出す。


「メルナも一口飲め」


「うん」


 コクリと一口飲んだメルナも落ち着いて来た。


「マントで口と鼻を覆うんだ」


 二人が俺に言われるままにした。


「深く息を吸って吐くんだ」


 スースーと息をした二人はだいぶ落ち着いてきたようだ。


「どうする? 辺境伯の屋敷まではまだあるぞ」


「行かなきゃ」


「なら俺が先に行く。ここからは俺でも分かる、二人は足元を見ずに星空を見上げていろ」


 俺は二人の手を取って立ち上がる。


《ガイドします》 


 頼む。


 俺の目には、暗い夜道に光のラインがひかれ辺境伯邸までの道しるべが現れる。俺は二人が死体の残骸を蹴らないように気を付けながら誘導して歩いた。だが道の陰に何かの気配を感じて俺は足を止める。


 なんだ?


《魔獣でしょう。かがみこんで死体を食っています。迂回しましょう》


 俺はヴェルティカとメルナに耳打ちして言う。


「そっと歩くんだ。足音を立てないように」


 二人は察して頷くだけだった。俺達は魔獣に気付かれないように、その場を離れて迂回する道を選ぶ。だが迂回した道の先にも、何か蠢く物が居るのが分かる。


《四つ足です。気づかれれば追いつかれるでしょう》


 巨大な魔獣はいないが、あちこちに群れを成した魔獣が居た。俺はヴェルティカに耳打ちをする。


「一度どこかの建物に入ろう」


 頷いたので、俺はそのまま手を引いて近くの建物の玄関をそっと開けて中に入る。そのまま中に入っていくと、なんとその建物の反対側が崩壊してむき出しだった。


「向かいの建物に移る。足音を立てるな」


 俺達は壊れた壁からそっと抜け出て、細い路地から隣の屋敷に入る。そして奥に進んでいくが、どうやらこの屋敷は壊れていないようだ。住んでいたであろう人間はおらず、荒らされた形跡もない。


「二階へ上がろう」


 そのまま二人を連れて暗い屋敷の中を二階へと上がった。部屋に入ると月明かりが部屋にさし込んでおり、転がった子供の人形のおもちゃがあった。それをヴェルティカが拾い上げて涙を浮かべる。


「人はいない。ひとまずここで対策を考えよう」


「分かったわ…」


 するとメルナが俺にしがみついて来る。


「怖いよコハク…」


「大丈夫だ落ち着け」


 どうするか?


《まずは周囲の情報を収集するしかありません。二人は冷静に身動きが出来ないでしょうから、一人で調査する事をお勧めします》


 わかった。


「いいか? 周辺は魔獣だらけだ。気づかれたたひとたまりもない、今は血の匂いで俺達を嗅ぎ分ける事が出来ないでいるようだ。とにかく屋敷までのルートを探してくるから、二人はここを絶対に動くな」


 するとメルナが言う。


「私も行く!」


「ダメだ。ヴェルティカを守れ」


「でも」


「頼むメルナ。頼れるのはお前だけだ」


「分かった」


「ヴェルティカも動くなよ。見つかれば命はない」


「ええ」


 俺は二人をここにおいて、二階の窓を開けて屋根に出た。そして周辺を見渡すと、屋敷の暗がりに数体の魔獣が暗視ビジョンとなって視界に浮かび上がる。そいつらは死体を食うのに夢中で、俺達が侵入している事に気が付いていないようだ。


 ルートを見つける。


《ではこの長屋の屋根伝いに一回りして、周囲の状況を確認してください》


 俺はアイドナに言われるがままに、屋根を歩いて周囲を確認していく。


《さらに迂回して、またどこかの屋敷に入る事をお勧めします。確認しながら進みましょう》


 魔獣がどれほどいるかだな。


《死体が無い場所にはいないようです》


 わかった。


 俺は再び窓から部屋に入り二人に告げる。


「歩けるか? 魔獣の居ない場所を選んで進む」


「行くわ」

「怖いけど頑張る」


「よし」


 このあたりの住居では守りが心もとない。


《辺境伯邸が無事なら、なんとか魔獣をしのげるでしょう》


 そして俺は再び、二人の手を引いて暗い都市の路地を進み始めるのだった。

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