第四十話 魔獣との死闘
三人はカンテラの灯りを頼りに夜の街道を進んでいく。商人達と別れて間もなく陽が落ちたが、それでもヴェルティカは歩みを止める事は無かった。この世界では通常、都市の外を夜に出歩く事はしない。だがヴェルティカは、一刻も早く都市にたどりつきたいと願っているのだ。
《非常に危険です》
それは俺にも分かる。
《一度どこかに身を潜め、夜をやり過ごす事をお勧めします》
アイドナはそう言うが、ヴェルティカの耳にはもう何も届いていないようだ。なので俺とメルナも黙ってついて行くしかない。カンテラが照らし出す灯りが、前の道を照らし俺達の行く先を示していた。
ゴツッ!
いきなり俺の頭に何かがあたる。
「痛っ!」
すると足元に落ちていたのは石ころだった。俺の反応に、ヴェルティカとメルナもびっくりして足を止めた。
「石だ」
ボッ! ゴツ! ゴロン!
次々に石投げられた。
《右方向からです。多数の生体反応があります》
俺はヴェルティカとメルナに言う。
「走れ!」
そして投石の範囲から逃れるように、暗闇の中を走り出した。すると暗闇の中に複数の足音が聞こえて来る。
《カンテラの灯りを追ってきていると推測されます》
だがカンテラの灯りを消せば、真っ暗でどこに進んでいるのかもわからなくなる。
《相手の方が早いです》
すると事もあろうにメルナがつまずき、それに巻き込まれる形でヴェルティカも転んでしまった。
《追いつかれます。迎撃態勢に移りましょう》
俺が振り向き、ヴェルティカとメルナを庇う形で立ちはだかる。落ちてもまだ明かりのついているカンテラに照らされて、暗闇から次々と人ならざるものが現れた。
「子供か?」
俺が言うとヴェルティカが答える。
「ゴブリンよ!」
緑色の体にボロ布を巻きつけた、子供くらいの大きさの奴らがぞろぞろと現れた。
ステータスはどうなってる?
《予測します》
名前 ゴブリン
体力 8
攻撃力 15
筋力 18
耐久力 13
回避力 不明
敏捷性 不明
知力 不明
技術力 不明
どれを基準にしている?
《一番大きな個体です》
なるほど。体力は子供並だが、筋力は大人の女性くらいはあるらしい。だが痩せこけているため、耐久力は低いようだ。
《杖の先端に窪みがあります。そこに手を入れて、頭の膨らんでいる方を敵に向けてください》
アイドナの言うとおりに、杖の先の窪みに手をかけて、中腹くらいに手を添えて持った。
ギャッ!ギャッ!ギャッ!
一匹が叫ぶと、ゴブリン達は一斉に飛びかかって来る。
《ガイドします》
アイドナがガイドマーカーを示したので、腰の後ろに引いた杖を体を軸にして回し、重量のある先端を振りぬく。
メキョメキョメキョ!
三体のゴブリンが体をひしゃげさせて吹き飛んだ。
《休まず行きます。取りつかれれば不利になります》
分かった。
少し後ろに後退りながらも、自分を軸にしてぐるりとコマのように回転し、再び杖をゴブリンに振るった。
ベキョッ!ベキョッ!
二体にヒットしたが、後ろの奴が俺にとりつくだろう。
《背負子を降ろして、後ろに飛び去ってください》
ドスン。その場に背負子を降ろしてバッと後ろに飛び去る。すると二匹のゴブリンが背負子に躓いて転んだ。ガイドマーカーが一体のゴブリンの頭にひかれたので、俺はそのまま杖を思いっきり振り落とす。
ゴシャッ!
脳漿を飛び散らせてゴブリンが死ぬ。だがその後ろから転んだ奴らを乗り越えて飛びかかって来た。
《宙に浮いてバランスがとれていません。ガイドマーカーにしたがってください》
俺はサッと右に避けて、宙に浮いたゴブリンの後頭部に手を添えた。それをそのまま地面にたたきつける。
ゴギッ!
首の折れる音がした。だがもう一体がとうとう俺にしがみついた。そいつの顔を見ると、してやったとばかりにニヤリと笑っている。
《足を横に振り、ゴブリンの頭をぐるりと回してください》
俺が体を回すようにして足を振ると、しがみついたゴブリンがよろよろと体を崩した。その頭を持って、ぐるりと後ろに回す。
ボギギッ!
首が折れそのまま転がる。だがそれで俺の動きが止まり、三体のゴブリンが俺に飛びついた。俺が体を振るも簡単には剥がれず身動きがとりづらくなる。
《真ん中のゴブリンの目に指を入れてください》
必死にしがみついているゴブリンの目玉に、俺は思いっきり親指を突き刺した。
ギャッ!
真ん中のゴブリンはたまらず俺からはなれ、それでも二体が必死にしがみついている。
《体を四十五度右に回して》
なんとか俺が体を回すと、後ろからメルナがナイフで突いて来た。それがゴブリンの背中に刺さる。
グエッ!
《左ひざをそのまま地面についてください》
ゴブリンがしがみついている方の足を曲げて、思いっきり膝を降ろす。するとヒザがゴブリンの胸に落ちて、ボキリと音を立ててあばらが折れる。
ギェ!
まだ十体ほどがいるが、効率よく殺したおかげで俺は息一つきらしていなかった。効率を追い求めるアイドナのおかげで、俺は体力の消耗を最小限に食い止められている。
《休まず、杖の先端を相手に向けて突進してください》
アイドナがひくガイドマーカーに沿って、俺は尖った杖の先をゴブリンに突き立てた。ガイドマーカーのおかげで、杖はゴブリンの咽喉ぼとけを刺し潰して殺す。
《杖をぐるりと回して、振りぬいてください》
そのまま振りかぶって、刺さったゴブリンを隣のゴブリンにぶつける。一番スピードが乗ったところで、ゴブリンの頭が隣のゴブリンの頭を弾き飛ばした。
グエッ!
《あと八体》
そこにようやくヴェルティカがやってくる。するとゴブリンは飛びかかるのをやめて、何やらわめいている。
ギャースギャース!
クァア! ガギャギャ!
一匹が逃げ出したのを境に、次々と暗闇に走り去っていく。メルナが追いかけようとするが、それを俺が制した。
「ダメだ! 戻ってこい!」
するとメルナは直ぐに俺の所に戻って来る。振り向けばヴェルティカがへたへたと座り込んでいるところだった。
「大丈夫か?」
「え、ええ…」
「やはり武器がいるな。今の装備では対処しきれない」
メルナが言った。
「逃がしたから、早く進んだ方が良いよ。仲間を呼んで来るかもしれない」
「わかった。その前に息のある奴を仕留めておく」
俺は杖を拾って、息のある一体一体の頭を潰して行く。
「よし」
「行きましょう」
ヴェルティカが立ち上がり、俺が背負子を拾って先に進んだ。
「ベントゥラの言うとおりだったわ」
「あの冒険者は優秀なのだろう」
「そうね。彼らが一緒ならゴブリンなんか敵じゃなかったかもしれないわね」
「すまん、この武器では敵に対応出来ん」
「それ、魔法の杖だもん。それで良く撃退したわ」
「意外に丈夫だった」
「たぶん。名のある武器職人の作かも、盗賊ではその価値が分からなかったのね」
「魔法の杖で殴打している俺は、盗賊と何も変わらんさ」
「まあ…そうね」
するとメルナが言う。
「コハク。その杖の先光ってない?」
よく見れば先についている魔石が薄っすら赤く光っている。ゴブリンの血で汚れてはいるが、その灯りはハッキリわかった。
「なにかしら?」
ヴェルティカも言うので、俺がその魔石を目の前に持って来てよく見ると、何やら脈打っているようにも感じる。
「生きているのだろうか?」
「まさか? 魔力が宿ってる?」
するとアイドナが言った。
《ゴブリンの血液に魔粒子が含有されており、それを吸い込んで魔力を貯めているようです》
増幅するだけじゃないのか?
《吸ってますね。特殊な木材で作られているのでしょうか》
分らんか。
「着いたわ」
カンテラで照らされた先に、高い市壁が見えて来た。どうやらパルダーシュ都市の端に到着したらしい。それからしばらく進むと門が見えて来る。
「門が…破壊されてるわ」
「そのようだ」
「結界は効かなかったのかしら」
「まずは確認のしようがない。それよりも都市の中がどうなっているのか?」
「ええ…」
俺達は門の前に立ち、真っ暗な都市の内部をじっと見つめるのだった。確実に人の気配は無く、灯りの一つもない。暗い顔で立ち尽くすヴェルティカの手を、メルナがきつく握りしめるのだった。