第三十七話 魔法に関する知識
パルダーシュに向かう馬車の中で、アイドナは魔導書から入力した魔法の分析を延々と続けていた。まあ勝手にやっているので俺に支障はないが、アイドナが話しかけてくる事がないので、長い馬車旅の間ただ静かに座っているだけの状態だ。本来は筋トレをしておきたいが、冒険者達の目もあるので座っているしかなかった。
その時。アイドナが言葉を発する。
《あの魔導書ですが、あれはマージが書いたものです》
えっ? そんな事分かるの?
《あのノントリートメントの老人は、恐らく魔法のエキスパートだったのだと思われます》
そうだったのか。
《この魔導書を軽々しく扱っておりますが、誰にも見せてはいけない門外不出かと》
そんな凄い物をメルナに託したのか。
《そのようです》
今はメルナが大事そうに抱えているが、誰もそれが貴重な物だとは思っていないようだ。むしろそのまま無造作に持っていてもらった方が良いな。
《いえ。恐らくは読まれても問題ありません。普通の人間には読み取れないものです》
そうなの?
《ヴェルティカが覗いていましたが、読み取れないでいるようでした。彼女は高級貴族の娘ですので語学は堪能だと思いますが、それでもところどころしか読めないようです。恐らくマージはそれが分かっていてメルナに託したのでしょう》
暗号みたいなものか?
《恐らくは滅びた文字ではないかと推測されます》
そうか。
《まずは魔法の事は魔法使いに聞くと良いでしょう》
わかった。
俺は目の前に座っている、魔法使いの女フィラミウスに話しかける。
「魔法陣を書かないで魔法を使うのはどうすればいい?」
「ん? いきなりなあに?」
「すまん。魔法とは魔法陣無しでも使える物なのか?」
「そうね。まずは適性があるわ」
「適正」
「何属性の魔法が使えるかということね」
「属性?」
「私は水」
「決まっているのか?」
「才能にも寄ると思うけど、二つの属性が使えたら凄いわ」
「そうなんだな」
「あなた魔法が使えるの?」
「いや。俺は魔力がゼロらしい」
「魔力が無い?」
「そうだ」
「使える使えないにしても、多少は備わっているものよ?」
「いや。全く無いらしい」
「本当に面白いわね。黒髪に黒い目だけでも珍しいのに、魔力が全くない人がいるなんて」
そう言葉を切って、フィラミウスは俺が寝かせている棒を見る。
「立派な杖を持っているから、凄い魔法が使えるのかと思ったわよ」
「これはメルナのものだが、緊急時は人を殴れるだろう?」
「えっ、人を殴る物じゃないわよ」
「いや。結構な重量がある。身体を破壊するならこれでも十分だ」
「おもしろい」
話がそれた。俺は元の話に戻す。
「この子は魔法使いだ。だが魔法陣無しだと魔法が使えない」
「まだ幼いし、詠唱を覚えるのだって大変だわ」
「魔力はあるんだ」
「一生懸命お勉強して文字を覚える事から始める事かな。もしくは使える人から一字一句詠唱を学び取る事」
「使えた事があるのは火なんだ」
「火かあ。全然わからないわ」
「そうなんだな」
「詠唱を覚えなくても使う方法はあるけど」
「魔法陣か?」
「そうよ。正確に魔法陣が書けるなら、魔力を注げば発動するわ。魔法のスクロールなんていう高価な物もあるけど、魔獣の皮に正確に魔法陣が書いてある物よ。高価な道具屋に行けば売っている事もある。高位の魔法使いが書いた物らしく、魔法が使えなくても魔力を流せば同じ効果が現れるのよ」
「魔獣の皮はどこで手に入る?」
「そんなのは何処でも手に入るわよ」
「そうかありがとう」
どうだ?
《聞けるだけ聞いて欲しい所ですが、相手の心拍数や表情を見るにめんどくさがってますね》
それは俺にも分かる。
《不用意に機嫌を損ねても仕方がないので、今はこのくらいで十分かと》
了解。
俺は興味を無くしたように馬車の外を見た。馬車は何事もなく街道を進み、時おり他の馬車とすれ違う事もあった。太陽は真上に来ているので午後十二時と言ったところだろう。すると前方に村が見えてきて、馬車はそのまま村に入り止まった。俺達と冒険者が馬車を降りると商人がやってきて言う。
「ここで休憩をします。少しの時間であれば見回る事も出来ますが、お休みしていただいても結構です」
俺はまたフィラミウスに聞いた。
「さっき言っていたスクロールとやらはここにあるか?」
「さすがにこんな小さな村には無いわ」
「魔獣の皮は?」
「それなら道具屋にあるんじゃない?」
「その…」
「見てみたいの?」
「ああ」
「じゃ案内してあげる」
フィラミウスがニッコリ笑って言う。俺はメルナに言った。
「メルナすまない。ヴェルティカについていてくれ。ヴェルティカは休ませた方が良い」
「わかった」
そうして俺達は馬車を降りる。
「すまないな。フィラミウス」
「いいわよ。なかなかに男前だし、一緒に歩くのも悪くない」
「そうか…」
フィラミウスが歩き俺はその横に並んだ。少し歩いて角を曲がると、そこは商店街のような場所だった。フィラミウスが迷いなく進み一つの店に入り込む。俺もその後に続いて入ると、どうやらここは道具屋のようだ。するとフィラミウスがあるものを指さして言う。
「これが魔獣の皮」
そこには何らかの動物の皮が重ねてあった。乾燥しているようで、何かを記すにしては表面がガサガサだ。
《近くで見てください》
アイドナに言われ顔を近づけると、軽く獣の匂いが漂っている。するとアイドナが言った。
《魔粒子が通っています》
これにもか。
《普通の物より多いです》
どうやら普通の動物の皮ではないらしい。だがアイドナが魔獣の皮を覚えたので、この店はもう用済みだった。
「あら? もういいの?」
「見たからな」
「買わないの?」
「遭難したから金がない」
「あら。もしほしいなら一枚買うわよ、魔獣の皮なんて旅の魔除けぐらいにしかならないから、値段はあって無いようなものなのよ」
「なら一枚お願いしたい」
「いいわ」
フィラミウスが俺に魔獣の皮を買ってくれた。店を出て俺はフィラミウスに御礼を言うと、何故かフィラミウスの機嫌が良さそうだった。そして俺達が商隊の場所に戻った時、何やら騒ぎが起きていたのだった。