第三十六話 生存率を上げる戦闘力強化策
ようやく部屋で休むことが出来るようになり、ヴェルティカとメルルはほどなく寝てしまった。俺はアイドナに筋トレを任せつつ脳を休める事にする。
三時間ほど休んだら起こせ。
《はい》
そしてきっちり三時間後、アイドナは俺を覚醒させた。それだけでも十分スッキリしたし、体も勝手に温まっていた。素粒子ナノマシンAI増殖DNA様様である。
さてと、これからパルダーシュに戻るらしいが、どうすべきか?
《あのような事態が起きたのですから、戻る事は得策とは言えません》
だがヴェルティカが戻るという選択をした以上、俺はそれをさせてやろうと思っている。
《であればせめて、戦闘力を向上させる施策が必要です》
戦闘力向上か。
《使える武器は、今の所その杖です。魔法使いも言っておりましたが、これは恐らく高価な物らしいので、強い武器の可能性も秘めているはずです》
殴ったら強そうだが。
《恐らくはそうやって使う物ではないでしょう》
どうする?
《隅々までよく見てください》
俺が棒を隅々まで見始めると、アイドナがスキャンを始めた。
《何の変哲もない棒のようですが、魔粒子が流れているようです》
これに?
《その先端についている色のついた石を、もっと近くで見てください》
俺が先端に顔を近づけるとアイドナが、その先の石をスキャンし始める。
どうだ?
《メルナの魔導書を借りてください》
俺はメルナの所に行き、そっと枕元の魔導書を開いた。
《めくって行ってください》
俺がパラパラとめくると、アイドナがあるページで俺を止める。
《これと同じ魔法陣があの石に刻まれています》
意味は分かるか?
《解析します。お待ちください》
俺がしばらく黙って待っているとアイドナが言った。
《増幅機関です。あれは魔粒子を増幅して使うもののようですね》
増幅機関か。ならメルナに使わせればもっと強くなるって事かな?
《そうですが、如何せん重量が重すぎます。メルナの体でそれを支える事が出来ません》
確かに。
この棒は恐らく十キロ近くあるかもしれない。これをメルナが振り回す事は不可能だ。だが何かに使える可能性はある。
《朝になって、メルナが起きたらこれに魔力を入れてもらいましょう》
わかった。あと何をする?
《この魔導書を全て記憶し解析するのが、今一番有効な手段かと思われます》
じゃあ全ての頁をめくっていくぞ。
《ハイ》
それから俺がパラパラと魔導書をめくって行き、アイドナが脳内にプリントしていく。次々に頭に入り込んでいき、十分もしないうちに一冊の記憶が完了した。
どうする?
《朝までに解析を行います。それまで睡眠をとってください》
わかった。
俺はアイドナに魔導書の解析を任せて寝る事にする。恐らくアイドナが俺の脳内にメラトニンを発生させたのだろう。体内のAIがこれほど有効だとは、この世界に来て初めて身に染みている。俺は急速に深い眠りにつくのだった。
朝になってアイドナが俺を起こす。
《間もなく陽が昇ります。恐らく商人が迎えに来るでしょう》
了解だ。
俺はヴェルティカの側に行って肩を揺らした。
「ヴェルティカ。朝だ、そろそろ商人が迎えに来る」
「あ…コハク。おはよう…」
「ああ。起きて顔を洗った方が良い、水はそこの水がめにあるしタライも用意されている」
「昨日は気を失うように寝ちゃったから…」
「寝れるのは良い事だ」
「そうね」
ヴェルティカはタオルを濡らして準備を始める。そして俺は次にメルナを起こした。
「メルナ」
「うん…、あ、もう朝か…」
「疲れたな」
「うん。でも大丈夫」
するとアイドナがメルナを見て言った。
《魔粒子が復活しています。寝る事である程度は戻るようです。魔力を注いでもらいますか?》
そうか。でも疲れているところをいきなり使わせるわけにはいかない。
《そうですか?》
そうだ。まずはゆっくり時間をかけてやって行こう。
《わかりました》
「メルナ。そろそろ準備だ」
「うん」
メルナも眠気まなこをこすってヴェルティカの所に行く。するとヴェルティカがメルナの顔を拭いてくれた。俺も一緒に顔を拭いて、しばらくするとドアがノックされる。
「失礼します」
「はい」
すると従者の一人が立っていた。
「お時間です。出発前に朝食でもいかがでしょう?」
「いただくわ」
そして俺達はそのまま部屋を出て、まだ薄暗い室内を食堂に向かった。そこには商人と従者達がそろっていて、商人がヴェルティカに言って来る。
「眠れましたかな?」
「おかげさまで。助かりましたわ」
「それは良かった。それでは一緒に食事を」
「いただきます」
ささやかではあるが、パンと温かいスープと野菜が出てきた。昨日の食事とは打って変わって体に良さそうだ。食事を食べ終わるとアイドナが言う。
《食べる事でも魔粒子は回復するようです》
そっか。規則正しい生活をしないと魔力は増えないのかもな。
《かもしれません》
俺がアイドナと共にじっとメルナを見ていると、メルナはニッコリと俺に微笑みを返してきた。
まるで実験体の様にメルナを見てしまうが、なぜか俺はそれがメルナに対して失礼な気がしてしまう。だが今はそんなことは言っていられない。もしかするとメルナの魔力が生命線になるかもしれないのだ。メルナの知らないところでアイドナがせっせと分析を始めるのだった。