第三十五話 護衛の冒険者達
荷馬車の中で冒険者と一緒になり、そのうちの一人の男がやたらとヴェルティカに話しかけて来る。なるべく素性は明かさない方が良いと思うが、ヴェルティカが社交的な為に無視する事が出来ないでいた。
「護衛はそこにいる男だけが生き残ったのかい?」
「そうよ」
「メイドと三人で生き残ったと?」
「そう」
「それで盗賊に連れ去られそうになったけど、なんとかその縄張りから逃げてきたと?」
「そう言っているわ」
同じことをもう一度聞かれたのだ。不自然さでも感じているのだろうか。
どうするか?
《盗賊団は危険な森の中に集落を作っていて、周りには魔獣も多かった。だから、なりふり構わず逃げてきたという事で問題はないはずなのですが》
でも何かを怪しんでるよな?
《ヴェルティカが必要最低限回答しているので、これ以上は無いはずです》
だがそこでメルナが口を開いた。
「大切な人も死んだから、気持ちが沈んでいる」
すると冒険者のローブを着た女が言う。
「そうよ。そんなに質問攻めするもんじゃないわ、さっきから随分その人に構うじゃない。ボルト」
「あ、いや。別にそんなに絡んだつもりはないけどな」
「いいえ。大方、金持ちの美人だから仲良くしようって思ってるんでしょ」
「何言ってんだフィラ」
すると斧を持った腕っぷしの太い男が言う。
「フィラミウスの言う通りじゃ。ボルト、おまえさん鼻の下が伸びとるで」
「な、なん!」
その隣のひょろりとした男が言う。
「図星か。ガロロに言われちゃどうしようもねえな」
「うるせえよベントラ。お前だって気になってんじゃねえのか?」
「いや? 俺はどっちかっつーと、そっちのにーちゃんに興味があるけどな」
「そうよね」
冒険者の名は右から、ボルト、フィラミウス、ガロロ、ベントラと言った。彼らは商人の護衛にやとわれた冒険者で、北方の領地からパルダーシュ領迄の護衛を受け持ったんだとか。帰りはまたこの商人の護衛をするらしい。
フィラミウスが俺の隣にそっと座った。
「黒髪に黒い瞳なんて珍しいわ。それに…よく見たら美少年じゃない」
するとボルトが言う。
「おいおい。お前だって気になってるんじゃないか!」
「ひっかかったわね。私がそう言ったら、あんたが認めると思ったのよ」
「ンググ」
「御免なさいね。冒険者稼業なんてやってるとこんなガサツになっちゃって。見たところ、良家のお嬢様だし、こんな時にしか話せないから必死なのよ」
「いえ。護衛も大変でしょうし、少しの気晴らしは悪い事ではないかと思います」
するとボルトが身を乗り出して言う。
「ほらみろ! な!」
「ですが、同じことを何度も話すのはちょっと野暮です」
ヴェルティカが言うと、ボルト以外の全員が大笑いした。
「ちげえねえ!」
「ほんとそうよね!」
「見透かされてるぜ!」
「ば、馬鹿言え。俺は落ち込んでんじゃねえかと思ってだな」
「ならそっとしてあげなさいよ。ばーか」
「わ、わかったよ」
確かに今のヴェルティカは心ここにあらず、能面のような面構えでただ一点を見つめているだけだった。恐らく考えているのは、都市であった惨劇の事だ。だがこの人らは北から来たばかりで、辺境伯の都市で何があったかなんてまだ知らないだろう。
すると馬車をひいている御者が言う。
「村が見えましたぜ!」
「ようやくか。ケツが痛くてたまらねえ」
「ほら! ボルト。上品な言葉使いをしなさい。レディの前で!」
「わ、悪い」
どうやらボルトという男、悪気はないようだ。別に疑ったりしている訳じゃなく、話す事が無くて同じ話題をふっていたらしい。
「とにかくここで一泊。明日にはパルダーシュに着く」
「助かりました」
「礼は商人に言うといい」
「はい」
荷馬車を降りて御者達が馬車を繋ぎ、そこに商人がやってきた。
「これはこれは、お嬢様。ボロの荷馬車でお疲れになったでしょう」
「いえ。乗せていただいているだけでありがたいです」
「とにかくみぐるみ剥がされて無くて良かった。とりあえずはここに宿を取ります」
「いいえ、私達は荷馬車で寝ます」
「いえいえ。身分の良い方にこのような馬車では心苦しい。あいにくこの村には安宿しかございませんが、部屋をおとりしますのでそこでお休みになってくださいまし」
「見知らぬ人にそのようなご迷惑をおかけするわけには」
そこで俺がヴェルティカの腕を引っ張り言う。
「甘えよう。体を休めねば参ってしまう」
すると冒険者のボルトが言った。
「せっかく言ってくれたんだ。甘えて良いと思うぜ」
「…」
商人が言う。
「ほら、皆さんもそう言っておられる」
「わかりました。ではよろしくお願いします」
「はい」
そうして商人が宿を取ってくれることになった。冒険者も同じ宿に泊まるらしく、今日の晩はぐっすり眠れるだろう。宿屋に寝るのが決まってホッとしていると、フィラミウスが俺に聞いて来た。
「魔法使いなの?」
目線は俺が盗賊のところで盗んできた杖にいってる。
「ちがう。魔法使いはこっちの子だ。重いから俺が持っている」
「そう言う事ね。随分立派な魔法の杖だなと思って」
「分かるのか?」
「そりゃ冒険者だからねえ」
今の言葉を聞いて俺はふと頭に浮かんだ。この杖を売れば金になるんじゃないかと。
宿屋に入ると、商人がカウンターで何やら話が難航しているようだった。しばらくして商人がヴェルティカの所にやって来る。
「すみません。あいにく部屋が一室しか取れなかったのです」
「それで構いませんが」
「使用人と同じ部屋となりますが」
「充分です」
そして商人がカウンターに行き、部屋を一つ確保してくれた。俺達は鍵を預かり、部屋の番号を聞いて宿屋の二階に向かうのだった。