第三十四話 絶望に現れた希望
ヴェルティカもメルナも疲労困憊で休む回数が増えてきた。俺はアイドナのおかげで深い眠りに着く事が出来ているためか、そこまで疲れ切ってはいない。だが二人は寝ると言っても熟睡は出来ていないらしく、かなり消耗してしまったのだ。そのせいもあってか、メルナは魔法が使えなくなっている。どうやら魔力が切れてしまったようだ。座り込んだ二人はうなだれて、一言もしゃべらなくなった。
その事にアイドナが反応する。
《魔力を捉える事が出来そうです》
なんだって?
《メルナの魔力が枯渇したことによって、足りない元素が素粒子レベルで確認できました》
魔力が見えたって事か?
《サーモグラフィではない、素粒子単位でのメルナの要素をお見せします》
すると俺の視界が電子映像の様になり、サーモグラフィのような映像とはまた違う光による粒子の流れのようなものが見えて来る。
これは?
《素粒子レベルで周囲の生物や物体を表示しています》
なるほど。
《メルナから明らかに抜け出てしまったものがあるのです》
どういうことだ?
《比較の図を展開表示します》
すると空中に電子ディスプレイのようなものが広がり、右と左にメルナの素粒子レベルの映像が映し出される。
《脳と心臓の部分が如実ですが、体全体の粒子量が減っています》
本当だ。
《そして次に、魔法陣に魔法を流し込んだ時の映像です》
今度はメルナが魔法陣に手をかざして火を起こすシーンが映し出される。
《手の先から流れる粒子があります》
俺が見ている映像では、メルナの体から何かの粒子が魔法陣に注がれているようだ。それが終わるとアイドナが言う。
《やる前と後では明らかに粒子が減っています》
それが魔力って事か?
《恐らくこの世界の人間が呼んでいるそれであると思われます。が正確には粒子です。地球の人間で言う所のナノマシンよりも、もっと小さな粒子が動いています》
それが抜け出たから、こんなに疲れているのか?
《そのようです。生命エネルギーの一部なのかもしれません》
ならあまり使わせない方が良いな。
《このままだと、じきに行動不能になるかと。仮に魔粒子と呼びましょう、それが枯渇した場合どうなるのかが現状ではわかりません》
人から抜け出た魔粒子はどうなるのだろう?
《それが次のデータです》
また二枚の映像が映し出される。
《メルナが休憩して眠る前と後では魔粒子の量が変化しています。どうやら寝る事で増えるようです》
やはり熟睡させないとダメか。
《はい。ただ一つ魔粒子についての確定事項があります》
なんだ?
《メルナに魔粒子は多目にあるようですが、その魔粒子は自然界にも薄く存在しているという事です》
自然に存在している?
俺が言うとアイドナが周辺の映像を見せた。草木や土が素粒子レベルで映し出されるが、確かにほんのわずかにメルナの魔粒子と似たような流れがあった。
《微量すぎて認識が難しいですが、実際にはどんな物質にでも含まれているようです。恐らくはこの世界独自の物であると推測されます》
なるほどな。ならば何か分からないのか? 魔法の発動方法とか。
《乱数も加味した推測ですが、メルナが持っている魔粒子と自然界に存在する魔粒子が結合して、一定の運動を起こし火を起こすなどの現象が生まれているように思われます》
なるほど。
「コハク」
ヴェルティカがゆっくりと顔を上げて俺に声をかけてきた。
「なんだ」
「ごめんなさい。私は立つのがやっと、メルナももう歩けないわ。だから私をここに置いて、メルナを背負って行って」
するとメルナが顔を上げる。
「だめ。こんなところに一人で居たら危なすぎる」
「ですがこのままでは三人ともダメになってしまう」
「でもだめ!」
《ヴェルティカの言う通りでしょう。一番合理的な判断が出来ていると思われます》
確かにアイドナの言うとおりだった。このままでは村にたどり着く前に、消耗しきってしまうかもしれない。しかし…俺はその合理的な判断が出来なかった…。前世のAIの世界ならば斬り捨てられていただろう二人だが、俺は二人を置き去りにする事は出来なかった。
その場が暗い雰囲気に包まれ、俺が二人に言う。
「もう少し休もう。盗賊の食料ももう少しある」
「それはコハクが食べて。動ける人が食べた方がいいわ」
「ダメだ」
その言葉を最後に、皆が黙ってしまった。もう話し合いをする力も残っておらず、俯いてじっとしている。その時だった。
《音がします》
ん?
俺が耳を澄ますと、微かに断続的にパカパカという音が聞こえてきた。俺がスッと立ち上がって、北の方を見ると米粒大の黒い塊がこちらに向かっているのが見えた。
《拡大します》
望遠で寄っていくと、馬に曳かれた馬車がこちらに走ってくるのが見える。
「馬車だ」
「えっ?」
「北から馬車が来ている」
「本当?」
「間違いない」
「…一か八か声がけしてみましょう。ここで判断しないと、もう身動きが取れなくなる」
「わかった」
俺達がしばらく待っていると、馬車が近くまで来て止まる。馬車は二台連なっており、後ろの荷馬車から素早く数人の男女が降りてきた。まともな皮の鎧を着ている奴や、ローブを纏って杖を持った女もいる。俺がヴェルティカに振り向くと頷いて言う。
「護衛の冒険者達だわ」
すると剣を腰に刺した男が声をかけてきた。
「あんたら、こんなところで何してんだ?」
するとヴェルティカがスッと立って、毅然とした表情で言った。
「私達は旅路の中で遭難をし盗賊から逃げて来たのです。そこにあなた方が通りかかったと言う訳です」
すると前の立派な馬車から一人の鼻髭を生やした男が降りてきた。
「なんと! それは大変でしたな!」
「申し訳ありません。出来ましたら乗せて行ってくださいませんか? 私達はもう歩く事お出来ないほど衰弱しているのです」
鼻髭の男はヴェルティカを頭の先から足の先まで眺める。するとニッコリと笑って言った。
「もちろんですとも! 是非とも乗って行ってください! 護衛もおりますので安全ですよ」
「ありがとうございます。このご恩は必ずお返しいたします」
「いえいえ」
見知らぬ俺達を迎え入れてくれた。敵対する意思もないようなので、今はこれにすがるしかないだろう。俺達が後ろの荷馬車に乗せられると、隊列は再び進み始めるのだった。