第三十三話 歩き続ける
盗賊達に連れられて掘っ立て小屋のある集落に入ると、子供達が出て来て言った。
「もどってきたよ!」
すると奥から三人の女達が現れ、男の一人に向かって言った。
「ど、どうしたんだい? 魔獣でも出たのかい?」
「違う」
「ならどうして?」
女達の視線がようやく俺に向いた。そこで俺が言う。
「食料のある所に連れていけ」
「はあ?」
すると怪我をした男が言う。
「黙って従え。殺されるぞ、かなりの使い手だ」
「わ、わかったよ。こっちに来な!」
俺達が女について行くと、掘っ立て小屋の奥に洞窟が見えて来る。どうやらそこもねぐらにしているらしく、女達が洞窟に入ったので俺達もくぐる。洞窟の中はひんやりしており、食料を保管するにはいいかもしれない。
するとその奥に何かが干されていた。そこで俺が言う。
「あんたらの必要な分もあるだろう? 俺達は山を降りれる分だけあればいい、そんなには持って行けないからな」
「それでいいのかい?」
「ああ」
女達がせっせと食料を取り分けて大きな木葉に包み縛った。それを渡して来たので俺がそれを受け取る。俺達は外に出て男達に言った。
「武器をよこせ」
「盗んだのが適当にあるから持って行け」
ぼろぼろの小屋に案内されると、無造作に物が積み上げてある。
どうするべきか。
《傷んでいる物は使えません。むしろその角にある杖はどうでしょう?》
俺が先を見ると、マージが使っていたような杖が見えた。
人を殴るのにちょうどいいか。
《そのようです》
俺がその杖を持ち、ヴェルティカ達が錆びたナイフを拾った。するとメルナが言う。
「何でも持ってっていいかな?」
「重くならない程度にな。歩くのに重すぎるのは良くない」
「わかった」
そして俺達は物色して小屋を出る。だがその時を狙って、女の一人が棒で俺に殴りかかってきた。既にガイドマーカーで記されていたので、俺はスッと身を引いて足をかけた。
ドサっ!
「いたたた」
「やめておけ」
「男どもが情けないからね、だけど本当にやり手なようだ」
「黙っていれば俺達は出ていく。これ以上怪我人を出すのは良い事じゃない」
「わかったよ」
そうして俺達は足早にその集落を出た。子供らが石を投げて来たが、大したことじゃないので無視して進んでいく。するとメルナが驚いた表情で言った。
「盗賊から強奪するなんて笑っちゃう」
だがヴェルティカがメルナを諫めた。
「良くないわ。緊急事態だから容認したけど、本来は兵隊に伝えて討伐してもらわなければならないのよ」
「そうだけど…」
「だけど食料と武器を奪ったから高尚な事は言えないわね」
ヴェルティカはどうやら抵抗があるようだ。生存率を上げるために食料は不可欠だと思うが、それよりも大事なことがありそうだ。しばらく進んでいくと、ようやく森を抜ける。先に草原が広がっているが、どうやら近隣に道は無さそうだ。
「こんなところをアジトにしているのね」
「騎士に伝えるのも一苦労だな」
「もうバレたから、通報したところで場所を変えると思うわ」
「なるほどな」
それからしばらく歩き続けるが草原は延々と続いた。平原の為、見通しがいいが人の気配は全くしない。すると草原に大きな木が一本生えているのが見えた。
「あの木陰で食事しよう」
「わかった」
「うん」
俺達が木の下に腰かけて、盗賊からもらった葉を開く。そこにあるのは何らかの干し肉と木の実のようなものだ。ヴェルティカが言う。
「食べて大丈夫かしら?」
その言葉を聞いて俺が言う。
「なら俺が調べる」
俺が干し肉を口に入れて咀嚼すると、アイドナが分析して告げてきた。
《毒性の物はありません。多少の雑菌はありますが、焼けば消える類のものです》
「メルナ。薪を集めよう」
「わかった」
そして俺達はまた薪を集め、俺が地面に魔法陣を書きメルナの魔力で火を灯すのだった。薪に火が灯り俺達は肉を枝に刺して温め始める。カチカチだった干し肉が少し柔らかくなり、そのうちの一本をヴェルティカに渡した。
「私は…いいわ」
「いやダメだ。食べないと体がもたない。とりあえず口に入れて噛むだけでもしてくれ」
そう言って俺はもう一本を取って自分の口に入れて咀嚼する。するとメルナも言った。
「良く焼いてるから大丈夫だよ。食べよ!」
「わ、わかったわ」
そしてヴェルティカが肉を口に入れて、咀嚼し始める。
「味がしないわ」
「塩とかが無いからな。ただ干しただけのようだ」
「でも、食べれない事はないわね」
「くってくれ」
そして俺が木の実を食べてみようとするが、殻が硬くて食べられたもんじゃなかった。するとメルナが言う。
「これは剝かないとだめだよ」
そう言ってメルナは盗賊から回収したナイフを、木の実の溝に刺しこんで石でコンコンとやった。パカリと割れた木の実の中に、タネのようなものがある。
「これが食べれるよ」
「俺が先に食べよう」
それを口に入れて噛むと、ポリポリとすぐに崩れて甘みを感じる事が出来た。するとメルナがもう一つの木の実を割ってヴェルティカに渡す。
「肉より食べやすい」
「そう…」
そしてヴェルティカがそれを口に入れてもぐもぐと噛んだ。
「本当ね。マズくはないわ」
それでも随分抵抗があるようだ。
《身分のせいでしょう。盗賊から奪った食べ物に抵抗があるのだと思います》
なるほど。食ってしまえばみんな一緒なんだがな。
《ノントリートメントの思考は良く分かりません》
だな。
それから俺達はささやかな食事を終えて、仮眠をとる事にした。ここまでかなり張り詰めていたので、体が悲鳴を上げている。食事をとって少し寝たことで、ヴェルティカの顔色も若干戻ってきた。メルナもだいぶ参っていたようだが、少しは回復したようだ。
「そろそろ行くぞ、盗賊達のアジトからもっと離れよう」
「ええ」
「わかった」
重い体を引きずるように、二人が立ち上がり歩き始めた。見渡す限り草原が続き目印がないため、向かっている方角が問題ないかをアイドナに聞く。
こっちでいいのか?
《方角はあっています。ですが本当に都市に戻るのでしょうか?》
ヴェルティカが戻るって言ってるからな。
《危険だと思われます》
まあ近くまで行って調べてみるしかないさ。
《充分注意なさってください》
わかってる。
そして俺達が延々と歩いていると川があり、またそこで水を飲んだ。休憩してまた歩き始める。だが終わりない道のりに、ようやく変化が現れたのだった。
「道だ」
「ようやく道にたどり着いたわね」
「ここからは道なりに進もう」
「ええ」
ようやく人間の痕跡を発見したことで、二人に生気が戻ってきたようだ。だが道は真っすぐに続いており、何処までも果てしなく伸びているように見える。しかし道があるという事は、必ずどこかの村に繋がっているという事だ。その道の先に何が待っているか分からないが、それでも俺達は黙々と歩くのだった。