第三百三十話 物資を回収し自領への帰還を果たす
要塞解体を開始してから五日が経過しても、敵の偵察は飛んでは来なかった。既に外壁も剥がされて、荷運びのために王宮魔導士と帝国魔導士が共同で、幾つもの浮遊魔法をかけ、それがアーンの増幅魔法陣により強化されて浮いている。
ヴァイゼルが、髭を撫でながら言った。
「あっという間に魔力が無くなりそうなもんじゃが、微弱な魔力であんな重たいものが浮くんじゃのう」
マージが言った。
「流石は天工鍛冶師の魔法陣さね」
「とーんでもないっぺ! お師匠様ならこのぐらい朝飯前だっぺ」
確かに、アイドナは増幅魔法陣をマスターしていた。そのおかげで、膨大な重量を浮かす事が出来ている。
「最後の仕上げに、生体動力を切り離す。メルナとアーンは、大型鎧を着て一緒に来てくれ」
「うん!」
「わかったっぺ!」
「そしてヴァイゼル! 魔導士達と一緒に!」
「わかったのじゃ」
骨組みになった要塞の中心に行き、メルナとアーンの巨大鎧が両側を押さえた。
「行くぞ。傾きそうになったら、ヴァイゼルと魔導士達で頼む」
「心得た!」
「では、増幅魔法陣を掘り上げる」
そして四方の壁に、魔法陣を掘り上げていく。次にレーザー剣を取り、床と壁を切り離していった。両側を大型鎧で支えているので、まずは下に落ちる事はない。
「では、浮遊魔法を!」
「うむ!」
部屋に浮遊魔法をかけると、少しだけ部屋が浮き上がった。巨大鎧の二人がスーッと外側にずらして、骨組みの開いたところから部屋を抜き出した。
「よし。じゃあレイ! 四機の四つ足ゴーレムに繋いでくれ」
「「「「は!」」」」
準備していたレイたちが、鉄ひもを持って部屋に穿った穴にかけ、それを四つ足のゴーレムに繋いだ。
要塞だった骨組みを見上げて、ウィルリッヒが言う。
「本当に空っぽになったね」
「ああ。そして最後の仕上げだ」
俺が言うと、青備え達が爆裂斧を構える。
「一気に削れ!」
「「「「は!」」」」
ガン! ガゴン! ガガン! 骨組みだった鉄の柱は、あっという間に、幾つもの鉄塊になっていく。そして球体になった塊に、俺が再び増幅魔法陣を刻んだ。
「浮かせてくれ!」
魔導士達の魔法で、また少しだけ浮かび上がる。要塞があった場所には、これで跡形もなくなった。
「終わった!」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
皆が喜んでいる。あの大きな要塞の質量が、物凄い数の部品となって荷馬車に積まれ、浮かび上がり、男達の肩に担がれた。
「では! これより! リンセコートに帰還する!」
「「「「「は!」」」」」
俺と風来燕が殿を務め、オーバース指揮の下で長蛇の列が動き出す。それを見て、プルシオスが言う。
「まるで、蟻の行列だ」
それを聞いて、ウィルリッヒがうんうんと頷いた。
「まったくだ。自分の体の何倍もの物を、運んでいる様は、まるで蟻のようだね」
俺が答える。
「二つの国の魔導士が力を合わせて、魔法をかけてくれたおかげだ」
ウィルリッヒが言った。
「人類の存亡がかかってるんだ。国がどうのこうのと言ってる場合じゃないよ」
プルシオスも頷く。
「そのとおり」
その様子を見て、フロストが笑った。
「この数日間で、すっかり意気投合なされましたな」
ウィルリッヒが答える。
「全くと言っていいほど、二人の境遇が重なったんだ。考えている事も、痛いほど分かるからね」
「その通りです剣聖。どちらも王を無くし、自分の国を乗っ取られた状態。目的が全く一緒ですからね」
「そうでしたな。プルシオス殿下、国を取り戻す。それが悲願」
「「ああ」」
二人は共鳴するように答えた。
それから俺達が進んでいくと、やはりリンセコートにの森には、大型の魔獣が出るようになっていた。しかも大型の魔獣が、街道に出てくるのは異例中の異例。それを見て、ボルトが嬉しそうに言う。
「こっちから行かなくても、肉も魔石もとり放題だな!」
だが俺は、それに釘を刺した。
「まあ、そうなんだが、乱獲すればあっという間に消えてしまう。魔獣も、リンセコートを守るために必要な要素なんだ。今回、ある程度食肉になるぶんが獲れたら、若い個体は森に逃がしてやろう」
「分かってる!」
来た時よりも荷物が多い分、皆のフットワークは悪い。
「運ぶのに集中してくれ!」
「「「「は!」」」」
護衛しているのはオーバース、クルエル、オブティスマ、ビルスターク、アラン、レイたち。そして、俺と風来燕、フロストだけ。あとは全員が、運搬作業をしている。ヴァイゼルが全体に魔よけを施して、運搬作業をしている奴らに、魔獣が近寄らないようにしていた。
「ひいひいふう」
ヴァイゼルが、汗を垂らす。
「魔力の欠乏か?」
「いんや。歩くのはしんどいですじゃ」
「そういえば、そうだったな……」
するとマージが言う。
「だから、老いぼれは嫌なのさね」
「お、おお、老いぼれ!」
「運動不足の老いぼれじゃないのさ」
「そ、そうは言ってもですね。寄る年波には……」
突然メルナが、巨大鎧の後部座席にひょいっとヴァイゼルを座らせた。
「ホントは、ビルスタークのとこだけど。いま、護衛についてるから!」
「ほーんと! メルナちゃんはやさしいのう!」
マージがそれを聞いて怒る。
「まったく! 甘えるんじゃないよ! ジジイ! 気持ち悪いねえ!」
「き、気持悪い……」
だが、優しいメルナが笑って言う。
「気持ち悪くなんかないよ!」
「め、メルナちゃん……」
なんか、ヴァイゼルが泣いている。
《ノントリートメントは、年を取ると涙腺が緩くなるというデータがあります》
なるほど。
そうして俺達は、来る時の倍ほどの時間をかけて、リンセコート領に到着した。採取して来た荷物は、全てドワーフの里に持ち込んで、これから加工していくことになる。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「ただいま。ヴェルティカ。変わった事は?」
「市民達が……これから、どうなるのかを訪ねてきてるわ」
それを聞いて、俺はプルシオスとウィルリッヒの、両王子に目を向けた。
「市民に説明をだね?」
プルシオスが言い、ウィルリッヒがそれに頷いた。
「状況の説明と、これからの展望を話さないと、反乱も起きよう。いまの世界がどうなっているのかを、もう一度きちんと説明する必要がある」
「そう、いたしましょう」
「では、任せた」
俺は、物資を持ってきた皆に向かって言う。
「まずは休んでくれ! 食事をとり、ゆっくりと眠るといい! 酒も用意する」
「「「「「おおおおお!」」」」」
「持ってきた物資をどうするか、これから俺が設計図にしたためる。アーンは、手伝ってくれ」
「もちろんだっぺ!」
俺とアーン、メルナとマージ、ワイアンヌが主の建物に入った。そして、ヴェルティカが俺達に言う。
「食べながらやりますか?」
「そうしよう」
そこに、フィリウスがやってきて言った。
「もし問題が無ければ、私も同席したい」
「かまわない」
すぐに大量の羊皮紙をもって、俺達が会議室に入っていくと、すぐに料理が並べられた。
「つまみながらどうぞ」
「ああ」
料理は簡単につまめるものになっており、汁ものなどがない。水も用意されて、俺達は水を飲みながら羊皮紙に図面を書き記していくのだった。




