第三十二話 盗賊を制圧し交渉してみる
俺の目には、アイドナが予測したガイドマーカーが表示されている。ご丁寧に飛びかかって来る順番までが予測されており、その予測通りに、一人目が上段から大降りに剣を振り下ろして来た。
「死ねえ!」
叫んだら攻撃するのがバレるだろう。
《恐らく恐怖心もあるようです。声を出す事で忘れるようにしているのかと》
避けてくださいと言わんばかりの攻撃に、アイドナの音声ガイダンスも余裕だ。俺がその剣の軌道を避けると、空振りした男は体勢を崩し足元まで振り下ろしてしまう。その振り下ろされた剣を俺が踏むと、バギン! という音と共に折れる。さび付いてボロボロだったので、武器としての性能は発揮でき無かったようだ。
《折れた剣を拾い、ラインに乗せて投げてください》
アイドナに言われたとおりに、砕けた剣を拾い上げて投擲した。その剣は真っすぐに、後ろで構えている男の喉元に飛ぶ。
「げぐっ!」
変な声を出して先の男が倒れ、剣を折られて体を崩した男がそのまま俺につかみかかってきた。左ひじをつきだして左方向に体を傾けると、男の顔の中心に俺の肘がめり込んだ。
「おげっ!」
的確な角度で突き刺さった肘から、男の顔面が陥没した感覚が伝わる。倒れ込む男が折れた剣を手放したので、落ちる前に受け取った。
「この!」
ようやく一番強い男が棍棒を振り上げてかかってきた。しかしそれより早く男に肉薄し、喉元に折れた剣を突き入れる。もちろんさび付いた剣が刺さる事はないが、のどぼとけを潰して白目をむいてしまった。倒れる寸前に棍棒を受け取り、その男を蹴り飛ばして棍棒を投擲した。ガイドマーカーに沿って飛んだ棍棒は、飛びかかって来ていた男の顎に当たりぐらりと体制を崩す。恐らくは的確な軌道で飛んだため、脳が揺らされて意識を飛ばしたのだ。
一瞬で四人が倒れた状況に、残った一人が驚愕の表情を浮かべた。そいつが槍を構え直す前に、俺はそいつに接近して手元を蹴り上げる。確実に槍を握った右こぶしにヒットし、指の骨が折れた音がした。
「ぎゃっ!」
落ちた槍を拾い上げ、そのまま弧を描き男のこめかみに向かって振る。槍はお粗末なものらしく、あたった部分から折れてしまった。柄が柔らかかったために、意識を刈り取るほどの打撃にはならない。痛みでかがみこむ男の延髄に俺は踵を落とした。
《全員、戦闘不能になりました》
彼女らを追うぞ!
《足跡を追跡します》
すると地面に大小二つの足跡が赤く光り、アイドナが俺に知らせている。俺がそのまま全速力で、赤い足跡を追い続けているとすぐに追いついた。
「ヴェルティカ! メルナ!」
「「コハク!」」
「敵は制圧した。これ以上森に入るのはやめておこう」
「えっ? もう?」
「騎士団に比べればお粗末なものだった」
二人が肩で息をしているので、それが落ち着くのを待つ。そして俺が言った。
「さっきの集落で食料を貰おう」
「危険じゃない?」
「また逃げればいい。それより体の消耗が酷い」
「…わかった。コハクの言うとおりにする」
そしてヴェルティカとメルナは、黙って俺と一緒にさっきの集落へと向かった。だが、その途中で数人の男達が呻いているのを見かける。
「本当に倒したんだ…」
「そうだ」
するとヴェルティカはそのまま男達の所に向かう。
「おい。放っておけ」
「話を聞くだけよ」
ヴェルティカが先を行くので、俺とメルナは仕方なくついて行った。そしてヴェルティカが目覚めた男達に聞く。
「あなた達はいったい何者?」
「あ! さ、さっきの!」
「答えて」
「な、なんだ。なんで戻ってきた?」
そこで俺が言う。
「お嬢様が聞いている。そこの男みたいになりたいか?」
五人中四人は生きていたが、咽喉ぼとけを潰した男は死んでいた。サーモグラフィーで見ても、どんどん体温が下がっていってる。
「ま、まってくれ!」
「答えろ」
「お、俺達は。見ての通り盗賊だ」
するとヴェルティカが言う。
「私達がギルドか憲兵に言ったら、討伐しに来るわよ」
「ま、まってくれ! 女子供もいるんだ!」
「だから? 盗賊は討伐されても文句は言えないのよ」
「見逃してくれ!」
「ダメよ。我が領で盗賊を見逃したなんて言ったら、示しがつかないわ」
「我が領?」
俺はグイっとヴェルティカを引き寄せて耳元で言う。
「身分を明かすのはまずい」
「そ、そう?」
「ここは何も情報を渡さない方が良い」
ヴェルティカはコクリと頷いた。そこで俺が代わりに話す。
「住み家に食料があるだろ」
「食料?」
「そうだ」
「まあ、多少は…」
「それをいくらかよこせ」
「あ、あんた。女子供を殺すんじゃねえのか?」
「殺さない。ただ食料と武器をよこせ」
盗賊達がこそこそ話し合いを始めたが、それを遮るように言う。
「早くしないと、もっと死人が出る」
「わ、わかった! ついてきてくれ」
男二人が死体を運び、もう二人がよろよろと歩き出す。そこで俺がこっそりメルナに聞いた。
「死体なんかどうするんだ?」
「埋葬するんじゃない?」
「なるほど」
すると盗賊の男が、俺達の会話を耳に入れたようで答えた。
「魔獣が来るんだよ。片付けておかねえと」
「そうか」
それを聞きヴェルティカが言う。
「自分達の仲間が死んだのに、それほど悲しくなさそうね」
「はあ? 盗賊なんかやってたらこんなことは日常茶飯事だよ。一緒にいる連中も、別に家族って訳でもねえ奴がいっぱいいるしな。まあ子供作っちまって増えてるけどな」
俺はヴェルティカの言っている事の方が良く分からなかった。前の世界で言えば、人の死とはそれほど重要では無い。一つのパーツが無くなり、また新たに人工授精で生み出され、素粒子ナノマシンAI増殖DNAを注入されて補充される。そんな感じだった。俺達のようなバグなどが発生すれば速やかに殺処分され、この死んだ盗賊みたいに処理される。
だがヴェルティカやメルナにとっては重要な事のようだ。ヴェルティカは魔獣対策の処理だと聞いて軽蔑の眼差しを向けている。そして俺達は、ただ黙々と盗賊達について森を歩くのだった。