第三十一話 森の中に突如現れた村落
山の斜面が緩やかになってくると歩くのが楽になってきた。鬱蒼としていた森の木々もまばらになり、小鳥のさえずりが耳に心地よく響く。
「本来ならば、もう大型の魔獣に遭遇する事はないんだけどね。都市があんな風になったからなんとも言えないわ」
ヴェルティカが言うとメルナが答える。
「小鳥が鳴いているから大丈夫だよ。近くに怖い魔獣はいないって言う事だから」
「メルナは詳しいわね」
「森で暮らしたから」
するとヴェルティカが俺とメルナを見て言う。
「本当は、二人は兄妹じゃないのよね?」
突然の質問に俺とメルナは面食らって黙ってしまった。それを見たヴェルティカがうっすらと微笑みを浮かべる。
「いいのよ」
「それは…」
「分かってたわ。最初メルナがぼさぼさになってたから分からなかったけど、小奇麗にして見たら全然似てないんだもの」
「それでも兄妹として接してくれたんだな」
「そうね」
それを聞いてメルナがヴェルティカの手を取って言う。
「ありがとうヴェルティカ。ヴェルティカは恩人」
「ふふっ、そんな大したものじゃないわ」
ヴェルティカは力なく言った。だが俺はメルナが言った恩人という響きが気になる。
恩人とは?
《情けをかけて助けてくれた人の事をいいます》
情け。
《その人の持つ心。人を助けたいと思う気持ちなどです》
ヴェルティカにはそれがあると。
《そうです》
AIの世界にはそんなものは無かった。共有がかけられているヒューマンは、一つの個体のようなもので皆が均一化されていた。だから人に情けをかけるなどという非効率な事はしない。
「俺からも礼を言う。ヴェルティカありがとう」
「なに? あらたまって」
なぜだろう? だが俺もそう言わずにはいられなかったのだ。なぜ俺がそう言ったのかは分からないが、自然に口から出た気がした。
ヴェルティカは少し話が出来るようになってきたらしい。まだ精気はないが、それでも力強く前に進んでいた。それからしばらく口を閉じて歩いていると、自然の音に混ざって会話のようなものが聞こえてきた。足を止めて俺がヴェルティカに言う。
「人の声が聞こえる」
「えっ? もしかしたら冒険者かしら?」
「どうする?」
「そうね…接触してみましょう。助けてもらえないかしら?」
「そうだな」
《警戒が必要です。ノントリートメントであれば、食事処で遭遇したような人間もいます》
わかっている。
「静かに歩こう」
俺が二人に言い、二人は俺の後ろをそっとついて来た。聞こえてきた声は移動してはおらず、一カ所に固まっているようだ。森をゆっくりと進んでいくと、木々の隙間から木を立てかけたような建物が見えた。建物というには非常にお粗末なものだが、間違いなく人が住むために作られたようだ。
「村かしら?」
ヴェルティカに言われてじっと目を凝らすがわからなかった。
《情報が足りません》
「ヴェルティカ。接触してみるか、それとも過ぎ去るかだな」
「どうしたものかしら…」
そこで立ち止まって観察していると、数十人はいる気配がする。建物の陰になって分からないが、声の数からすると一人二人ではない。すると随分みすぼらしい恰好をした子供が、裏手に周ってきてその辺をうろつきだす。どうやら遊んでいるようで、森の虫をつかまえてはげらげらと笑っていた。
「子供だな」
「話しかけて見ましょう」
ヴェルティカが、がさがさと森の茂みから出ると、その子供達が一斉にこっちを見た。
「こんにちは」
俺とメルナも慌てて出ると、子供の一人が言った。
「大人が来たよ!」
他の子供も騒ぎ出す。
「大変だ!」
すると子供達は慌てて家の方へと行ってしまった。
「驚かせちゃったかしら?」
「分からん」
すると今度は奥から、目つきの鋭い、変な皮の鎧を着た男らが数人出てきた。
「ほんとだぜ! 人がいる!」
「なんでリバンレイから人が降りて来やがった?」
「まてよ。よくみろ! いい恰好してるじゃねえか!」
男らがヴェルティカを見て舌なめずりをした。それを見たヴェルティカが張り詰めた空気で、俺達に言った。
「走るわよ!」
ヴェルティカがメルナの腕をひいて、森の中へと戻って行った。俺もそれについて行くと、後ろから声が聞こえてくる。
「逃がすな! 金になる!」
俺達が必死に森の奥へと走るが、ヴェルティカとメルナの速度は遅かった。後ろの男達の足音はだいぶ近づいてきている。
《追手の方が早いです。あと二分もしないうちに追いつかれるでしょう》
俺はヴェルティカとメルナに言った。
「先に行け!」
「なっ! コハクは?」
「俺が引き付ける!」
「ダメだよコハクも行こう!」
「早く行け! 間もなく来る!」
だが二人はそこから動かなかった。俺はダメ押しにもう一言いう。
「足手まといになる。守りながらは戦えない!」
「わ、わかった。メルナ行きましょう!」
「でも!」
すると男達の怒声にも似た声が響き渡ってきた。
「早くしろ!」
するとヴェルティカがメルナの腕を取り、強引に走り始めた。
「だめだよぉ。ヴェルティカ! コハクを置いていけないよぉ!」
「私達が助けを呼ぶの! いきましょう!」
そう叫ぶとようやくメルナが走り出した。そこに追手の男達が追いついてしまう。
そこでアイドナが警報を鳴らした。
《なぜです? 彼女らをオトリにして逃げれば生存率は高まったのです。これでは二人を連れてきた意味がない》
うるさい。黙って生存率を高めるために計算しろ。
《わかりました》
「おうおう! ねえちゃん達はどうした!」
「さて。なんのことか」
「お前の格好からすると従者だよな。森に迷い込んだか?」
「そう見えるのか?」
「あらかた魔獣に襲われて逃げて来たんだろうよ!」
「いや違う」
「じゃあなんだってんだ!」
《時間を伸ばしてください。全員がそろえば総合戦力が判別できます。出来れば情報攪乱の為に思いつく嘘を言い続けてください》
「騎士達と一緒だ」
俺がそう言うと男達がざわついた。
「な、なんだと」
「いや確かに。あんな綺麗な格好をした女に、護衛が無いわけはねえぞ」
「確かにそうだな」
少しは信じたか?
だが一人の男が言った。
「そいつは変だぞ! 騎士団を連れているのに女子供だけで森に入って来るわけはねえ!」
「そうだそうだ!」
「ちげえねえ」
なかなか嘘は通らない。
「俺達はあえて森を歩いている」
「はあ? なんだってこんなあぶねえ森を歩いてんだ?」
「息抜きだ」
・・・・・・・・・・
「…息抜き…だと?」
「そうだ。いわゆる散歩だ」
「散歩…」
途端に男らが静かになった。もしかしたら信じたのかもしれない。だがそこで一人の男が言った。
「違うぞ! コイツの余裕! むしろ変だ! 女子供を逃がす時間稼ぎだ」
「いい度胸だ。俺達を前に時間稼ぎか、お前はすぐに死ぬ。その後でじっくりと女子供を追いかけて料理してやるさ」
《予測演算終了。この者達は騎士団よりはるかに弱い、立ち姿が無防備過ぎます》
数値は?
《一番強いので》
体力 44
攻撃力 33
筋力 28
耐久力 30
回避力 16
敏捷性 12
知力 6
技術力 8
知力と技術力がメルナより下?
《はい》
比較的高い、体力と攻撃力と耐久力が街のごろつきより低い?
《栄養が足りてません。何ら訓練を受けたことのない、少し体の強い人間です》
一瞬のうちにアイドナと会話をした俺は、男達を前に構えを取る。するとそれに反応した男達が、俺の周りを一斉に囲んだのだった。