第三百十七話 最後の審判前の討論
ウイルリッヒ達は、大きな天幕に居た。瀕死だったウィルリッヒが、回復して動けるようになる。
「助かったよ。コハク卿とパイプを作っておいて、本当に良かったと思っている」
「だが、状況はかなり良くない」
「そうか……」
俺達はエクバドル王国で知った情報を、全てウイルリッヒ達に伝える。
するとヴァイゼルが聞いて来る。
「プレディア様は、超越者について何かご存知なのでしょうか?」
プレディアと言うのは、マージの苗字だ。マジョルナ・ルーグ・プレディアが正式名称だ。
「伝承、くらいのものさ。この世界が成り立つ前より存在し、世界を作ったとも言われているおとぎ話。話の中に、その伝承がちりばめられている。私も、黄金の羅針盤を見るまでは、信じられなかった」
「そして、侵略者とは、なんなのでしょうかな?」
「全く分からないのさ。それを阻止するために、星の者は地上に降りて来たらしいがね」
「なるほど……」
そこでウィルリッヒが、ヴァイゼルに言う。
「爺。帝都が、あのようになってしまったのだ。もはや、侵略者は来ると考えた方が良い」
「ですな」
実はリンデンブルグの帝都も、敵の襲撃を受け急ぎで避難をしたらしいが、古代遺跡があったらしい。いきなり発動させられて、市民の二分の一が消滅したようだった。
それを受けてマージが聞いた。
「皇帝陛下はどうなされた?」
「残念ながら……」
「あの、偉大な皇帝が……」
「はい」
「だけど、ここに残された人々や、リンセコートの人間がいる。何とかせねばならないさね」
「ええ、大賢者。分っております」
そこで剣聖フロスト・スラ―ベルが腕組みをしながら言う。
「私は元々根無し草のようなもの、それを拾ってくださったのが、現皇帝でした。殿下の前で不敬を承知で言いますが、私が仇を取りたかった。なぜこのような、酷いことが起きてしまったのでしょうか?」
……。
魔導書になってしまったマージ、それを囲んで皆が語り掛けている。マージもそれに対しての答えを、持ち合わせておらず黙ってしまった。
ウィルリッヒが言う。
「大賢者様がご存知ないのであれば、誰も理解する者はいないのでは?」
だが、マージが言う。
「いや、それはどうだろう」
「それは?」
「コハクは、推測できてるんじゃないかい?」
皆が一斉に俺を見た。もちろん、アイドナの演算による予測でしかないが、その答えを持っている事をマージは見抜いていたのだった。
「どうなんだい? コハク卿」
「あくまでも、全ての状況を把握したうえでの答えでしかない」
「それでいいよ」
「全て、最初からすべて決められていた事。このことは、それをなぞっているだけの事かもしれん」
それを聞いて、皆の空気がサッと変わった。
「最初から……決められていた?」
「そうだ。全ては、決まっていた事」
ヴァイゼルも聞いて来る。
「どういうことじゃろか?」
「そのままだ。人類が生まれる前から、こうなるのが決められていた可能性がある」
「こんなひどいことが、決まっておったと?」
「そうだ」
皆が唖然としているが、マージが言葉を挟む。
「あたしも、そうだと思っているよ。ヴァイゼル」
「プレディア様も……」
「そして、コハクは、まだ言っていない事があるね?」
《見抜いていますね》
どうする?
《あくまでも推察です。言っていいでしょう》
「では、言おう。人類が、超越者に作られた可能性がある」
「「「「「!!!」」」」」
皆があっけに取られている。だが、アイドナが算出した可能性は、限りなくそれに近い。
ウィルリッヒが言う。
「では……超越者とは……創造主の事をいうのか? 神、だと?」
「あくまでも、作ったものだ。神、かどうかは概念でしかない。そもそも、それを神だとあがめたのは、超越者がそのように設定して信仰させ、従順にさせようとした可能性も否定できない」
「なんと……では……、我々は神に抗っているとでもいうのかい?」
「神ではない、あくまでも超越者に対抗しているだけだ」
そしてヴァイゼルが言った。
「ふむ。殿下……もし我々がコハク様を知らねば、神々の意志に背いた天罰だと考えていたでしょうな。この世界のありさまを見れば……神の怒りに触れたとしか考えられんですじゃ」
「そうか……確かにそうだ。こんなことは、神にしかできないと考えるか」
「はい」
そこでマージが言った。
「あたしだって、そう思っただろうさ」
「大賢者様でも?」
「そう。あたしもコハクを知らねば、あんなもの神の御業でしかない。だが、あれを殺せるという事は、あたしらが考えるような、概念の神ではないと言う事さね」
「そう考えていいのだろうか? コハク卿」
俺は頷いた。
「あんなものは、神ではない。だが、生物に似た物を生成できるのは間違いない。キメラ・マキナは間違いなく、作られた生物だ。エルフに関しては分からんが、古代遺跡の動力も生物の組織で出来ている」
「命を司る……まさしく、神……か」
「いや、あれは科学だ。この世界で言うところの魔導だ」
「魔導」
するとマージが言う。
「ゴーレムは、魔導兵器の慣れの果てと言われているからね。その可能性も高いさね」
「なるほど……」
だが、そこで黙っていたオーバースが口を開いた。
「まあ、どちらでもよろしいでしょう。ここに、神殺しを可能とする者がいる。そして、我々はそれに従い戦う事を決めた。俺に信仰は無い。信じるものは、自分の信念と王への忠義だけだった。フロストが皇帝の仇討がしたいというのなら、俺も王の仇討がしたい。それぞれの信念に従って、コハクと戦うか黙って神に飲まれるかを選ぶしかあるまい」
すると、フロストが言った。
「ふっ、武神がそう言うのなら私はそれに乗りたい。どうしても、皇帝の仇討ちがしたい。でなければ、死んでも死にきれない」
「フロスト……」
「殿下。コハク卿にかけてみませんか? 我々の強大な軍事力をもってしても阻止できなかったことを、成し遂げられる存在。いいと思いますがね」
ヴァイゼルも言う。
「わしも、じゃな。体を取られた、プレディア様の仇を討ちたい」
「複雑な心境さね。意識だけは、こうして魔導書に定着させているんだからね」
「世界で誰もが到達していない魔法を、最後に自分に施すとはあっぱれですじゃ」
「まあ、たまには、美味しいものを食べたくなるけどねえ……」
「うーむ。それは無理と言うものでしょうが」
そんな話を聞いていて、ウィルリッヒが天を仰ぐ。
「はあ……王都に次いで大きい、この神殿都市を失うか……」
「生きてこそですじゃ。殿下」
「そうだね。爺の言う通りか」
「都市は諦めましょう。ですが、民は全て避難させる時間がある。最大の救いではないでしょうかな?」
「わかった。滅ぼされるのを待つくらいなら、一泡吹かせてやろうじゃないか」
「「おう!」」
納得したようだった。そして、タイムリミットまでは、もう一日しかない。大至急市民に通達を出し、冒険者ギルドも全て出て行ってもらわねばならない。
そこでフィリウスが言う。
「ならば! 手分けして、市民に説明をしましょう! 時は待ってくれない!」
アーンも行った。
「そうだっぺ! 最後に笑うのは、人類だっぺよ!」
そしてようやく、皆の意見があった。騎士達に通達を出して、神殿都市を放棄する為の準備を始める。
「ありがとう。ウィルリッヒ」
「いいさ。コハク。君がいなきゃ、どのみちもう滅びてた」
「奴らの侵攻は、ここまでだ。これからは、俺達のターンだよ」
「ふふ。いいね、巻き返しを図ろうじゃないか」
皆がそれぞれの仕事をする為に、天幕を出て行く。彼らはもうボロボロだったが、今は一刻を争う為、誰もが体に鞭打って動くしかないのだった。




