第三百二話 投降する騎士団
ルドルフ・ハイデン公爵たちがいる王城の牢獄に行くと、三人それぞれが別々の牢屋にいた。
「ここだ」
オーバースの声に気が付き、俺達を見たルドルフが檻に駆け寄って言う。
「将軍! 出してくれぇ! ネズミや虫がいるんだ!」
オーバースが冷静に言う。
「何を当たり前のことを言っているのですか。ここは牢屋です」
「き、貴様……いや。オーバース君。直ぐにここを出してくれないか」
「いいでしょう。そのまえに」
オーバースが俺に振り向いた。そこで、俺は騎士に言う。
「ここを開けて俺を中に入れてくれ。二人きりにしてもらいたい」
「わかった」
ガシャンという音と共に、鍵が開けられて、俺が中に入る。
「な、なんだ。貴様、奴隷風情が」
コツン!
俺はナイフの柄で、ルドルフの意識を刈り取る。そのまま床に寝かせ、黒曜のヴェリタスを口に流し込んだ。薬が回るのを待って、頬を強めにひっぱたいて起こす。
パン! パン!
「う、うう……」
「起きたか」
「あ、あ」
「お前は、俺の言う事を聞かなければならない。間違いないな?」
「間違いない」
「立て」
ルドルフが立ち上がり、そのまま連れて廊下に出た。そして、オーバースに言う。
「公爵が、騎士達を説得してくれるそうだ」
「……ほう。ハイデン卿、よろしいのですかな?」
「いいんだよな? 公爵」
「もちろんだ。騎士を説得しよう」
オーバースは不思議そうにしているが、俺は何食わぬ顔で公爵をつれだす。ルドルフを引いて牢獄から外に出て行くと、アーンと騎士達が待っており、俺が仲間達に告げる。
「ルドルフ・ハイデン公爵が、敵の騎士団を説得してくれるそうだ」
皆が頷いた。
「急いで、あの要塞に向かう事にする。アーンは大型鎧に乗り込んでくれ」
「わかったっぺ」
直ぐに風来燕のいるところに行き、ボルトに声をかける。
「ここは、青備えに警護させる。お前達は俺と来てくれ」
「おう」
そして俺はルドルフを指さして、鎧を着たアーンに言う。
「アーン! コイツを持ってってくれ」
「わかったっぺ!」
「お、おわ!」
公爵が持ち上げられ、巨大鎧の前に掲げられた。
オーバースが言う。
「弓をかけられたりしないだろうか」
「そのときはそのときだ」
「そうか……」
俺とオーバースとアーン、そして風来燕が一緒に王都を出た。そしてすぐさま西に向かい、森に入って奥の要塞を目指す。あちこちに血の跡があり、怪我をしている騎士もいたようだ。先に行くと、森の木々がなぎ倒されていて、あの要塞が入り込んでいたことが分かる。
「やはり、兵士達は固まっている」
「司令塔が居なければ、もうどうしようもならんだろう」
俺達が要塞に近づいて行くと、向こう側から大きな声がした。
「止まれ!」
だが、俺達は構わず進む。すると、もう一度声がかけられた。
「止まるんだ!」
そこで俺が、公爵に言う。
「大声で名乗りを上げろ」
「ルドルフ・ハイデン公爵である!」
すると騎士団がざわついた。そして俺がまたルドルフに告げる。
「戦いは終わった。あの神の使徒は滅んだといえ」
「戦いは決した!!! あの神の使徒は滅び、我々がここに来た」
更にざわつく。そして、騎士団の中から、一人出て来て言う。
「公爵様! その大きな鎧に乗っているのは何故ですか?」
「アーン……下ろせ」
「分かったっぺ……」
ストンと降ろされて、ハイデン公爵が兵士達に告げる。
「もう……投降してもよいのだ。我が国の兵士達が殺し合う必要はない」
その一言で、騎士達が構えていた剣を降ろし始める。俺とオーバースは、顔を見合わせて頷いた。
そしてオーバースが言った。
「既に雌雄は決した。もとより、戦う事の無い同じ国の兵士同士、速やかに投降せよ」
その言葉で、腰が砕けるように座り込むものもいた。
「星の者達は、この王覧武闘会の優勝者である、コハク・リンセコートが見事討ち取った。お前達は、もうあれに怯える事はない」
「ですが……将軍様……」
一人が言う。
「なんだ」
「あれらは大陸を滅ぼすものから守るために来たと、我々に言いました。我々がやらねば、一族郎党すべて根絶やしにされると」
そこでオーバースが大声で言う。
「だから、我らがここに来た。やつらは、我々を家畜、養分と呼んだ! いずれにせよ、新たな敵と戦う為に、お前達も家族も養分になる。それで、いいのか?」
「ですが……強大な力を前に、もはやなすすべなど……」
「その強大な敵をねじ伏せたと言っている。ということはだ、この王覧の優勝者はそれ以上という事だ! お前達は、どちらにつく? これ以上の殺し合いは、全く意味をなさぬ!」
「「「「「……」」」」」
「ですな。公爵」
「そのとおりだ。もはや、脅かす者はこちらの手に落ちたのだ」
だが兵士達がざわついた。
「あなた方、貴族が従わせたのでしょう!」
「そうだ! あなた方が守ってくれれば!」
更にざわつきが広がっていく。そこで、オーバースが言う。
「どうするか、コハク」
俺はハイデン公爵に耳打ちした。
「自分の命を捧げると言え。それで、全てを許せと。そして、新たな敵に立ち向かうべきだと」
ハイデン公爵はコクリと頷いた。
「皆! よく聞いてくれ! たしかに、我は従った! だが、それは致し方のない事であった。だが、皆の憤りはよくわかる! どうだろう? わしの首一つで許してはくれまいか!」
そういうと、一気にざわめきが静まった。公爵が自らの命を差し出すと言った言葉に、誰もが耳を疑い目を見開いている。
「オーバース殿! 我の首を斬れ!」
膝をつき、首を差し出した。本気で魂から思っているのである。黒曜のヴェリタスの効果でだが。
「分かり申した」
そして、剣をぬいて、ハイデン公爵の首につける。
「これで、みなも怒りを収めてくれるな!!」
誰も答えない。するとそこに、騎士団の奥から走ってくる影があった。その影が、ハイデン公爵に覆いかぶさった。
「おまちください! オーバース将軍!」
「……む」
「あの場合、仕方なかったのでございます!」
「貴様は?」
「ハイデン公爵の騎士副団長でございます!」
「言って見ろ」
オーバースが剣を収め、そいつに喋らせる。
「は! 私は見ておりました。公爵がたぶらかされ、そして星の人に捨てられるのを」
「たぶらかされるのは、ルドルフ卿が悪いのでは?」
「しかし、あの時は、あの強大な力を見たあとでした。あの状況で逆らってしまえば、無駄死にするほか無かったと思われます。欲を出した部分はございましたが、逆らうのは到底無理だったと思われます!」
「だが……そのせいで、国はめちゃくちゃだ」
「わかっております!」
「なぜ、庇う?」
すると、そいつはオーバースの前に跪いて言う。
「私は、ハイデン公爵様に拾い上げてもらったのです! 貧しい身分など関係なく、力がある者は引き上げてくださいました! 今の私の地位があるのは、ハイデン公爵様のおかげなのでございます!」
そんな話をしていると、また数人の騎士が走ってきて後ろに跪いた。
「私からもお願い申し上げます! お命だけは!」
「私からも!!」
すると、オーバースがため息をついた。
「だそうです。総司令」
「いいだろう。まだ、やってもらう事もありそうだ。命はとらないでおこう」
「「「「ありがとうございます!」」」」
《人望が無いわけではなかったようです》
そのようだ。
《まだ使えます。再編した軍の先頭に置けば、騎士の士気もあがります》
使える……か。
《ノントリートメントは御しやすくなると。そして、あなたの御心の広さを知らしめします》
「戦いは終わりだ! 速やかに、戦いを終わらせる!」
そして奥の騎士が言う。
「この要塞は? まだ、脅威では?」
「これから、処理を始める。オーバース、一緒に」
「わかった」
風来燕と、アーンとアランは、ここで見張っていてくれ。
「「「「おう!」」」」
「わかったっぺ!」
「はい」
そして俺達は、巨大な大気圏突入ポッドを見上げる。
《これは利用できます》
いくか。
そして俺は、それの入り口を探し始めるのだった。