表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/303

第二十九話 自由を感じる時

 この世界に来てから、ずっと体力づくりをしてきた効果が出た。思いのほか体力がついており、ぶっ続けで歩いても体は動いた。だがヴェルティカはそうはいかなかった。歩き詰めでダウンしてしまい、今は俺の隣りで眠っている。太陽が頭上に上がった頃、メルナが起きて俺に言ってくる。


「コハク。一人で頑張っちゃダメだよ」


「もういいのか?」


「うん。じゃ、交代ね」


「わかった」


 そうして俺は横になる。眠れば、アイドナが体の疲労カ所を修復してくれるだろう。深い眠りについている間に、アイドナが現状から算出される最適解を出してくれるはず。


 俺が眠りについたかつかないかで、すぐにアイドナから警告が入る。


《森から何かが近づいてきます。移動して下さい》


 わかった。


 俺が目を覚ますとメルナが言う。


「もう起きちゃったの?」


「何かか近づいている。ここから離れた方が良い」


「えっ? 何も音がしないけど?」


 だが俺の視界には、森の中でサーモグラフィーに赤く映る魔獣が見えていた。


「ヴェルティカを起こそう」


「うん」


 ヴェルティカを揺さぶると、薄っすらと目を開けてぼんやりと俺を見た。


《発熱しています。意識が朦朧としているようです》


 しかたがない。


「メルナ。ヴェルティカを背負う、手伝ってくれ」


「うん」


 メルナに手伝ってもらい、ヴェルティカを背負った。そしてメルナに言う。


「マージに貰った魔導書を忘れるな」


「うん」


 俺達はその窪みを離れて、山の下方に向かって歩き始めた。森に入って振り向くと俺達がいた辺りで、何かが動く気配が伝わって来る。


《おそらく発する匂いにつられているようです》


 匂いか…。


《人間が微量に発する匂いに呼ばれているのでしょう》


 俺がメルナに言った。


「俺達の匂いを嗅ぎつけてきているようだ」


「匂い?」


「魔獣は人間の匂いをかぎ分けているらしい」


「わかった。じゃあこっち!」


 メルナが言うままに、森を進んでいくとさらさらと流れる水の音が聞こえてきた。


「川を越えれば多少は誤魔化せるよ」


「わかった」


 俺達はざぶざぶと水に入り、そして反対側に登った。


「メルナは詳しいな」


「森で生きてたから」


「そうか。凄いな」


「えへへ、小川に沿って下るよ」


「わかった」


 メルナが小川に沿って下り始め、俺もそれについて降りていく。しばらく降りて行くと、その小川は細い滝になってがけ下に注がれていた。下を見れば川が流れており、メルナがそれを見て言う。


「あそこまで下りよう」


「よし」


 森を迂回して下の川に到着する。そして俺達は再びその川沿いを下って行くのだった。行けども行けども森は続き、俺達は一度川沿いで休むことにする。ヴェルティカを横たえ、メルナが自分の髪の毛を結っていたリボンを解く。それを水に浸してヴェルティカのおでこに乗せた。


「つらそう」


 ヴェルティカの息は荒く、うなされているようだった。


《ショック性のものであると思われます。体温が下がっており休息が必要で、夜になる前に暖を取れる場所を探した方が良いでしょう》


「メルナ、火を焚いたほうがいい。ヴェルティカの体温が下がっている」


「えっと、じゃあ木を集めないと」


「わかった」


 ヴェルティカから目を離さないようにして、俺達は枯れ木を集めた。


「えっと、火打石があればいいんだけど」


 メルナが周りを探すが、それは見つからないようだった。


「メルナは魔法で火を起こしたよな」


「でもあれはマージが書いてくれた魔法陣があったから」


「魔導書に記されているのか?」


「たぶん。でもあまり字が読めない」


 どうするか。


《マージの講義により、文字の解読は終了しております。本を広げて該当の場所を探しましょう》


「メルナそれを貸してくれ」


 俺がパラパラと本をめくっていくと、アイドナが言った。


《止めてください》


 ああ。


《火の魔法陣を視界に投影します。木の棒か何かで地面になぞってください》


 幾何学的な模様が網膜に浮かんだので、俺は木の棒でその模様を正確になぞっていく。


《メルナに魔力を注いでもらいましょう》


「メルナ。ここに手を当てて燃えろと言ってくれ」


「うん」


 そしてメルナが地面に書かれた魔法陣に手をかざした。


「燃えろ」


 ボウッ! と火が起きた。そこに俺が薪をくべる。


「もっと木を」


 俺とメルナが次々に木を置くと、火の勢いはだいぶ強くなってきた。


「よし、ヴェルティカを側に」


「うん」


 俺が抱き上げヴェルティカを火の近くに寝せる。あまり近づけると火傷の危険性がある為、少し距離を置いて暖がとれる程度にした。ヴェルティカが突然叫ぶ。


「ばあや!」


 驚いて俺達がヴェルティカを見た。どうやらうなされているようで、おでこに乗せたリボンが落ちていた。


「ヴェルティカかわいそう」


 かわいそう…。メルナも同じような境遇だったのではないか? かわいそうという感覚が分からないが、俺の心の片隅がチクりとしたような気がした。


「良くなるだろうか?」


「わかんない」


「無理をさせてしまった」


「しかたないよ。魔獣が迫ってたし」


 気がつけば太陽が沈みかけており、あたりが薄暗くなってきていた。ヴェルティカを心配するメルナの顔を炎が照らし赤く染めている。


「油断は出来ない。このあたりにも魔獣がいる可能性がある」


「そうだね」


 するとアイドナが言う。


《危機管理システムを稼働します。音、質量変化、風向き、臭気、情報を感知し危険が迫った時に警告いたします》


 わかった。


 そばを流れる川のせせらぎと、爆ぜる焚火の音、そして時おり聞こえる動物の鳴き声。AIが支配する前世では感じた事のない感覚だった。


 自由であること。それは危険と隣り合わせだった。守ってもらったり人から仕事を貰うという事は制限がつく、だが全て自分で自分を守り、人生を切り開くという事はこう言う事だ。自分の置かれた状況が、非常に危険であると言う事は分かっている。


 だが俺は、何故か開放感を感じていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ