第二百九十八話 決死の総攻撃を開始する敵
ルドルフ公爵たちからは、ほとんど有効な情報を取る事は出来なかった。ただひとつ間違いないのは、敵は既にノントリートメントの力関係などどうでもいいという事。
俺達は一旦、ガラバダが囚われている牢獄の大部屋で、話し合いをしていた。
オーバースが言う。
「やはり敵は、人間など意に介していないということか」
「そう言う事だ。自分達が使役している魔獣よりも下の存在だろう」
「だろうな」
「使い捨ての駒に過ぎないということだ」
俺の言葉を聞いて、その場にいる一同が黙り込んだ。そして俺が続ける。
「恐らくは、人類の根絶やしも念頭に入っている。人間同士の戦争とは違う」
メルナやアーンやフィラミウスが、自分の体を抱くようにして恐怖の表情を浮かべた。
「目的は、民の支配ではないか……」
「そう言う事だ。そもそも、人間を支配しようとなどとは考えてはいないはずだ」
「大将をおめおめと、こちらによこしてしまうくらいだからな」
「まあ、奴らにとっては動物や虫と同じだ。人間の地位の優劣などは、戦闘で使えるなら使う程度の事」
それを聞いて、クルエルが言う。
「せめて。王になりたいとか、領土が欲しいとかなら交渉の余地もあるのだろうがな」
「たぶん。交渉の余地はゼロだ」
「だろうな」
フィリウスが言う。
「そんな恐ろしい奴が、人の姿をして妹の側にいたと思うとゾッとするよ」
「ヴェルティカが殺されなかったのは、マージが、俺とメルナとヴェルティカを飛ばしたからだ」
その話を聞いて、オーバースが話を戻す。
「道はひとつしかないと決まったな」
「そう、徹底抗戦だ。奴らを全部潰すか、こちらが潰されるかの殺し合いになるだろう」
フィリウスが眉間にしわを寄せる。
「この状況は、この国だけじゃないんだったね」
「恐らく、リンデンブルグや、近隣の国々でも似たような事が起きている」
それを聞いて、オーバースが腕組みをして唸る。
「あちらは絶望的じゃないか?」
俺とフィリウスは目配せをし、俺が話をする。
「剣聖、フロスト・スラ―ベルに青備えを送ってある。一部近衛と、あとは、賢者ヴァイゼルにも」
クルエルがちょっと目を細めて言う。
「隣国にか?」
「ああ、非常事態も想定して、強化鎧も、ここと同様に輸出した」
「王には断ったのか?」
「断ってない」
少し空気がピリ着くが、オーバースがそれを制した。
「本来はダメだが、この状況を考えれば最善の手だクルエル。コハクを責めることはない」
「わかってる。だが、とんでもない奴だなと、改めて思っただけだ」
「だが、あの敵が来たらどうなるか」
メルナのバッグからマージの声がした。
「ヴァイゼルはそれなりの魔導士さ。あたしほどじゃないがね。それと剣聖がいるのなら、ある程度は持ちこたえるだろうねえ。まあ、あの要塞はどうしようも無いだろうけど」
「なるほどです」
俺が話を続ける。
「リンデンブルグは、民の分裂が無い。この国とは少し違うようだ」
「ああ……あの王子。彼は、切れ者だからな」
「それでも、いつまでもは戦えんだろう」
「どうなっているかは、わからんか……」
「さて、そろそろ動くか。まもなく陽も落ちる」
奴らは、今日の夜来るだろう。そこで俺達は、暗くなる前に配置についた。
「お師匠様が動き回っている間に、すべての高周波ソードと爆裂斧の出力を上げたっぺ」
「よし。ありがとうアーン」
俺達は西側の市壁の上に集まり、敵の襲撃に備える。すでにアラクネの糸で罠を仕掛けているが、恐らくは引っかからないだろうと予測した。陽が落ちて、次第に薄暗くなっていく。松明を焚くのをやめて、ただ暗がりでじっと待つ事にした。
「来た」
俺が言うが、皆にはわからないようだ。
「ベントゥラ。スコープで覗け」
「ああ。来た。蜘蛛みたいなやつが」
だが、既に俺はそれの対策を立てている。
「フィリウス!」
「ああ」
フィリウスが飛行ドローンを飛ばし、俺が指示を出した。
「あと十メートル先。開け!」
すると飛行ドローンがぶら下げた、幾つもの玉が落下していく。それがステルス蜘蛛の上で炸裂して、白い粉を含んだ染料がぶちまけられた。
バシュゥゥゥ!
するとそれが、透明な蜘蛛の魔獣に降りかかり、真白になっていく。
「で、でた!」
そして俺が言う。
「メルナ!」
メルナが市壁の上にあげた、巨大魔石から魔力を供給させて、マージが教えた上級魔法を発動させる。火の光がステルス蜘蛛の上で次第に大きくなっていき、メルナがスッと手を下げると、火球が雨のようになってステルス蜘蛛に降り注いでいく。黒焦げになっていき、火がひろがってあたりが照らされた。
「何かが来た!」
俺が大声で、全員にそれを知らせる。すると森の闇から、何頭もの馬が現れた。
「馬?」
「どういう事だ?」
《馬が何かを背負っています》
なんだ?
エックス線透過で見ると、袋の中には黒い土が詰まっているようだ。俺達が構えていると、騎士が数人出て来て手に火を灯していた。一斉に馬の背中から出ているヒモに引火させ、パシンと鞭で尻を叩いた。
馬たちが驚いたように、一斉にこちらに走り出した。
《火薬です!》
「馬を止めろ! 魔導士隊! 弓隊!」
一斉に弓が馬に注ぎ、魔法が直撃した。馬が転び、そこを抜けた馬が突進してくる。森の前では、既に次に馬が用意されて、火をつけて鞭を打たれる。
先に放たれた馬から、大爆発を起こした。煙が充満して、その煙の中から新たな馬が飛び出してくる。市壁の近くまで到達して、大爆発を起こす馬が出て来た。その爆弾馬の波状攻撃のさなか、フライングボードに載った、改造エルフとアロガンシアとヴァナが現れる。
「未知の敵だ!」
「キャオォォォン!」
「耳を塞げ!」
ワイアンヌの耳栓をしている以外の奴は、耳に手を当てて音を軽減させようとするが手を貫通して、三半規管を狂わせたようだ。青備え達や、魔導士がぐらぐらと体制を崩す。
俺とオーバースとボルトとレイが耳栓をしているので、それは喰らわなかった。すぐさま髪の毛から、ニードルが降り注いで来る。どうやら俺達の動きを止めて、馬爆弾で、市壁の破壊を試みているようだ。
「どうする? コハク!」
「いや、突破されるまではこのままだ! おびき出すのがアイツらの目的だ!」
すると、奴らはフライングボードからミサイルを出して、一斉に攻撃して来た。
「魔導士隊! 結界をはれ!」
恐らく貫通されるかもしれないが、オリハルコンの鎧で防げる。ボンボンと爆発が連続し、市壁の上に白い煙がモウモウと漂った。
「ベントゥラ、残弾を撃ち尽くせ!」
「あいよ」
ベントゥラが改造エルフを狙って狙撃するが、着弾する寸前にアロガンシアの爆風で防がれてしまう。やつらも、こちらの攻撃を読んでいるらしい。
爆発の音が鳴り響き、煙で視界が悪くなってきた。だが俺のエックス線透過の視界には、森からそろりそろりと人間の兵士達が様子を伺いつつ出てきた。
「人間の兵士が来る! 更に馬も!」
銅鑼が鳴り響き、人間の兵士達が一斉に突撃して来た。馬は相変わらず爆発しており、巻き込まれて吹き飛ぶ人間もいる。だが、それでも必死に市壁に憑りつこうと、爆発の起きる草原を走り込んで来る。
「魔導士隊! 弓隊! 撃て!」
馬の爆発と、魔法の爆発の中を必死に人間達が突撃し、煙でどうなっているかが分からなかった。そして俺の視界には、その更に後ろの森の奥から、巨大要塞が近づいて来るのが見えていたのだった。