第二百九十七話 予想外の使者
敵が直ぐに来なかったおかげで、負傷した青備えを魔導士の力で回復できた。王都にいた魔導士だけではなく、フィリウスがリンセコートから連れ帰ってくれたのが大きい。既に、九割がたが復帰している。
「今日は来るだろうか?」
オーバースが聞いて来る。
「すぐ来るはずだが」
「なぜそう思う?」
「やつらは焦っている。何かが差し迫っているように感じた」
「そうなのか?」
それは、アイドナの声紋鑑定や敵の身体変化による予測だった。更にここまで、大軍を引っ張ってきた時間と、要塞を持ってきた時間を考えると、一ヵ月や一年などのスパンでやる事ではないと判定した。
「失礼します!」
そこに、レイが急いで飛び込んで来る。
「動いたか?」
「いえ……いや、動いたと言えば動きがでましたが、とにかく直ぐに南門へ来てほしいのです!」
「わかった」
俺とオーバースとフィリウスが王城を出て、南門へ馬で直行する。俺達が馬を降りると、風来燕と兵士達が俺達を出迎えた。
「何があった? ボルト」
「ああ、コハク。変なのが来てるぜ」
「変なの?」
「櫓に上がってください!」
レイに言われて、俺達が櫓に上がると、門の外側に数人のボロ布を着た人間がいた。
なんだ? あれは?
《ノントリートメントです》
こんな時に人間だと?
《フードをエックス線透過し、骨格を確認した結果、知った人間であると判明しました》
誰だ?
《王都、緊急招集時と、先の戦いで見たノントリートメントのようです。ゲラルド・ラングバイ辺境伯。セグルス・ハイデンと、ルドルフ・ハイデン公爵です。それと、護衛でしょうか?》
人間側の将か?
そこで、オーバースが俺に聞いて来た。
「あれは商人では無いな。だが間者というにも、身を隠す事もしていない。冒険者か?」
俺がそれに答える。
「あれは、ハイデン公爵。ラングバイ辺境伯。セグルスだ」
「な……んだと……」
裏切者が揃ってやってきた事に、オーバースもフィリウスもこめかみに血管が浮き出た。
「おめおめと、こんな所に? 投降してきたのか?」
「オーバース様。投降するならば、まずは使者をよこすのではないでしょうか?」
「確かにな……」
すると、奴らは俺達に気が付いて、少し怯んだように後ずさる。
「どうする? 総司令?」
俺は、迷わず答えた。
「あれを王都に入れよう」
「わかった」
俺達はすぐさま櫓を降りて、南門の小さい扉を開けるように指示をした。
「何をしに来たのでしょう。オーバース様?」
「さてな、降伏は考えにくい。むしろ、やられたのはこちらのほうだ。何しに来たんだ?」
二人の会話を割って俺が言う。
「強制的に捉えよう。オーバースと俺とボルトで行くぞ」
扉を抜けてそいつらがいる方向に向かっていくが、どこかに身を隠しているようだ。サーモグラフィでみると、距離を置いた草原に隠れているらしい。俺が指をさすと、オーバースとボルトが頷いた。
「まさか、おとりという事はないよなあ?」
ボルトが言う。
「大将を、おとり? まさかな」
「オーバースのいう通りだ。何かがおかしい」
「いくか」
俺達は急加速して走り始める。三人は身体強化が使えるため、逃げる時間など与えずに距離を詰めた。突然近寄って来た俺達に、慌てて数人のボロ布を着た奴らが剣を抜く。三人を護衛している騎士だった。高周波ソードで剣を真っ二つにして、あっという間に護衛を丸腰にする。三人合わせて、足で蹴り飛ばして飛ばしてやった。目の前には、貴族三人が残る。
オーバースが、わざと声を上げる。
「ルドルフ卿! お覚悟!」
「ま、ままま! まてい! まってくれ!!」
声を上げたのは、ルドルフ・ハイデン公爵だった。慌ててフードをとり、顔を晒した。
「ぬっ!」
ジャキ! っとオーバースの剣が、ルドルフの首元に突き付けられる。髭がチリチリと、高周波ソードの影響で焼けている。
「オーバースよ! ワシじゃ!」
だが剣を収めることはない。
「敵の将がこのような所で、間者の真似事ですかな?」
チャリ! 剣を顔の前に持って行った。
「お、おおおお。やめろ! やめろ!」
「あなたの首を斬れば、終わるのでは?」
「終わらん! 終わらんのだ!」
そこで、オーバースが俺に聞いて来た。
「どうしますか? 総司令」
「何故またきた?」
するとセグルスが答える。
「お、伯父様が確認をしに行くと!」
「そっちの辺境拍は?」
「ついてこいと言われた!」
そして俺はオーバースにいう。
「護衛は捨てて行こう。こいつら三人は連行だ」
「わかりました」
ルドルフが、不思議そうな顔をする。
「そっちの、鎧は……王覧の優勝者か?」
「そうだ」
「なぜ、オーバースが従っている?」
それにオーバースがにやりと笑って答える。
「俺より優秀だからさ」
「こ、こんな奴隷あがり……」
今度はボルトが、ルドルフに剣を突き付けた。
「口のききかたに気を付けろよ。うちの将に対して」
「ま、まて! わかった! わかったから!」
そして俺が言う。
「ついてこい」
そうして俺達は、三人を連れて王都の門を潜る。そしてオーバースが三人に言う。
「跪け」
三人が跪いた。そしてオーバースが大きな声で言う。
「反逆の張本人が来た! これから尋問をする!」
ぞろぞろと兵士がやってきて、周りを取り囲む。だがルドルフは、それでもめげずに声を張り上げる。
「公爵であるぞ! 王はどうした! 命じれるのは王だけだ!」
ドガッ! と、オーバースの靴底で蹴られ転げる。
「逆賊が! 貴様の為に、どれだけの民や騎士が死んだと思う!」
「あぶぶ!」
歯が折れて、口から血を垂らして青い顔をしている。
「まあまて、オーバース。情報を聞きたい」
「失礼しました! 指令殿!」
オーバースがギロリと、ルドルフ公爵を睨んで後ろに下がる。
「は、はふ。や、やめりょ」
俺はベントゥラに言う。
「治癒薬をくれ」
「おう」
瓶を受け取って、ルドルフ公爵にかけてやった。傷が治り、怯えるような顔で俺達を見ていた。
「さてと、お前達は何故ここに来た?」
三人はガチガチと歯を鳴らしている。
「もう一度聞く。なぜここに来た?」
「わ、わかった! 言う! 言うから!」
手を上げて、もう蹴るなという意思表示をしている。
「早く話さないと、また蹴られるぞ」
「わかった! 我は、もう戦いは終わってると思っていた!」
「終わっていない。お前達は、また進軍して来たじゃないか」
「ちがう。既に陥落したと、こいつらに聞いたんだ!」
「兵を、連れてきたじゃないか」
「ちがう。大多数が、我に従っているのではない!」
「誰に従ってる?」
すると、少しためらうようにして、軽く沈黙した。そして、ブルブルと震え出した。
「言え」
「ほ、星の人だ。空から折りてきた、神の使徒だ!」
「神の使徒?」
「そうだ」
なるほど……コロニーから降りてきた奴らを、コイツは神だと思っているらしい。
《無理もありません。この文明の水準では、そう判断するより無かったでしょう》
俺達は顔を見合わせて、公爵に言う。
「あれは、神などではない」
「いや! 間違いない! 空から遣わされた神だ!」
「「「「……」」」」
なるほど、本気で信じ込んでいるらしい。
《真実を語っているようです》
周りの騎士達も神妙に聞いており、なんとなく理解できると言った顔をしている。
「あれは。空に住んでいる、俺達とは違う生物だ」
「そ、そんな訳はない! 空に生きる生き物など!」
「いや、間違いない。落ちて来たのは星じゃなく船だ」
それには、周りの騎士達も少しざわついた。何度か説明をして来たが、どうやら納得はしていなかったのかもしれない。
「船……あれが?」
「そうだ」
そしてあたりが静まり返り、公爵の次の言葉を待った。
「……我は、王にしてもらえるはずだった……」
「王に?」
「あれらは、我を王にしてやると言った。だから、兵をあげて王都を責めよと。それは予言でもあり、既に決まっている事なのだと……」
皆が息を殺して、集中した。どうしてこうなったのかの真実が、ようやく知らされようとしている。
たまらず、オーバースが口を挟む。
「それが、陛下を裏切った理由か?」
「だ、だって、決まっている事なのだぞ! それに、神々の力を見たであろう? どうして、あれに抗う事が出来るであろうか! あれに抗っては、民が根絶やしにされるであろう!」
「戦わなかったのか?」
「馬鹿な! 神と戦う? 正気か!」
「我々は戦っている」
「それは……」
そして俺が制した。
「なぜ、お前達だけで来た? しかも変装してまで」
「……とられた」
「なにをだ?」
「我が兵も、ラングバイの兵も、神にとられたのだ」
「あれは、お前達が連れて来たのではないのか?」
「違う。我らの周りから、全ての騎士も、使用人も、民も消えたのだ。先の兵が帰って来てから直ぐに、すべてが我から取られたのだ」
「なるほど……」
《未知の敵がこれらを利用したが、使えないために切り捨てたのでしょう》
ということだな。
するとそれを聞いた、オーバースがドン! と剣を地面についた。
「それで! 王を裏切ったお前が、おめおめとここに来たという訳か!!」
ビリビリと空気が鳴るような怒声。それにつられ、一部の騎士はガチガチと震えていた。それ以上に、三人の貴族が震えあがっている。そして俺が言った。
「今は戦いの最中だ。この三人は牢に入れておこう」
オーバースは今にも首を刎ねてしまいそうだったので、騎士に命じ、人間用の牢屋に三人を投獄するように指示をするのだった。