第二百九十六話 次の戦に向けての緊急対応
敵を撃退したものの、パワードスーツを破壊しただけで終わった。サイバネティック・ヒューマンと、改造エルフが逃げ、そいつらがまた来るだろう。そこで俺達は、次の襲撃に対する対応策を話合う。
俺が言った。
「今まで、未知の敵に勝てたのは、相手に油断があったからだ。今回の攻防で、俺達の実力は既に相手にバレてしまった。恐らくは、次に無防備に攻めてくる事はないだろう」
オーバースが答える。
「しかし、怪我人は半数程度で済んだ。それもすべて、コハクの青鎧のおかげだ。あの得体のしれない、女の声、あれさえ押さえればもう少し守れたはずだ」
「あれは超音波と言うものだ。三半規管を狂わせて動けなくする」
「あの攻撃を、止めれないものか?」
「なくはない。こちらの耳を守ればいい……が、仲間の伝達も敵の攻撃の音も聞こえなくなる」
「そいつはだめだな。奴らぐらいの戦闘力があるならまだしも、こちらは連携して立ち向かうよりほかの方法はない」
「そのとおりだ。そしてもうひとつ、俺が持っている敵の兵器は無効化されていた。なので、オリハルコンで武装するしかない」
そう話していると、フィリウスがマージに言った。
「ばあや、あの、高音を防ぐ方法はないのかい?」
「あるにはあるさね、のうワイアンヌ」
「はい。ですが、それは貴重な素材が必用です」
「貴重な素材?」
オーバースが聞くとワイアンヌが、背負子から一握りの袋を取り出す。
「それは?」
「ブラッディバットの耳です。これに特殊な加工をすると、魔道具が出来上がります」
「魔道具……」
「セイレーンの歌を聞かずに、会話は出来ると言ったものです」
「なるほど……海の魔女か」
「ですが、このひとにぎりでは、五人分がやっとです」
それを聞いて俺が言う。
「ギルドにいって、必要素材をそろえよう」
オーバースも大きく頷く。
「五人でも、ないよりずっと作戦の幅が広がる」
だがワイアンヌが首を振る。
「これは珍しい魔獣なので、たぶん王都のギルドにはありません」
「と言う事は、五人分だけか……」
「はい」
「仕方がない。あとは、アロガンシアの爆発だ」
「ああ、あれは厄介だ。あれのおかげで、みな行動不能になった。あれは何だと思う?」
すると脳内で、アイドナが俺に告げる。
《空気爆発です。酸素を圧縮、および化学変化させてます》
「空気爆発。何らかの技で、空気を燃料に爆発させている」
「爆裂魔法とも違うようだったが」
「おそらく、魔法詠唱はない」
少し沈黙がおきて、風来燕のフィラミウスが言う。
「爆発を水で押さえられませんか?」
だが俺は首を振った。
「あれは、いつ来るか分からない。おそらく、魔法は間に合わないだろう」
「そうですか……」
確かにあれをやられると、近寄るに近寄れない。
《何らかの方法で、酸素を高圧で圧縮して引火させてるかと》
雨が降ればどうだろう?
《使えない可能性はあります》
「マージ。雨は降らせられるのか?」
「あたしが……魔導士だったころならねえ。メルナにその大魔法はまだ無理さね」
「そうか……。雨が降れば、あの能力は止めれるかもしれんのだが」
するとマージが言う。
「スライムはどうだろうねえ」
するとオーバースが目をまるくして、メルナを見る。正確には、メルナが持ってる背負子を。
「大賢者様。あの、スライムですか? 低級魔獣の?」
「そうさね」
すると、ワイアンヌが細く説明をする。
「あれは非常に粘着性の高い水分です。纏わりつけば、振り払うのに時間がかかります」
それを聞いて風来燕のボルトが言う。
「賢者様。草原に行きゃあいっぱいいる、あの、スライムですかい?」
「そう。そのスライムさね」
「あれを投げつける?」
「そうそう。ただ命中させるのは簡単じゃないだろうけどねえ」
しかしそれを聞いていた、フィリウスがいう。
「私の飛行ドローンを使えばどうだろう」
オーバースが答えた。
「あれは、それほどノロマではないぞ?」
「確かにそうか」
それを聞いていたアーンが言う。
「なら、ウチとメルナの、大型ゴーレム鎧で捕まえる網を投げたらどうだっぺか?」
だが俺が首を横に振る。
「それも、速度が追い付かない」
再びマージが言う。
「いや……方法はある。縛ってなければ、その効果がどれだけ持続するかは分からないけどね」
「なんだ?」
「巨大鎧を着てメルナが、闇魔法で目くらましをするのさ。コハクが一瞬抑えられるかどうかだけどね」
「俺が押さえ、メルナが闇魔法を使い、フィリウスがスライムを降らせる?」
「そう」
「作戦の一つに入れておこう」
「そうだね」
そして俺は、もう一つの可能性を言う。
「敵が墜とした、飛ぶ板だが、あれをどうにか動かそうと思う」
皆が俺を見る。
「可能なのか?」
「既に権限は書き換えた」
オーバースが聞いて来る。
「あれは、コハクしかつかえないのか?」
「いや、フィリウスが飛行ゴーレムを使えている以上は、個人の認証をしてしまえばいいかもしれない。これから試験をする必要がある……が」
「なんだ?」
「身体強化を使えるものじゃ無ければ、あれを使うのは危険だ」
すると皆が目配せをする。俺がそれにそのまま答えた。
「俺、オーバース、レイ、ボルトだろう。ビルスタークとアランは、継続してメルナとアーンの大型鎧の護衛だ」
「そうか」
《あの敵は、必ず得たデータで修正してきます。それを、うわ回る必要があります》
だろうな。
それからあれこれ話し合ったが、あれが敵の全部じゃない可能性と、あの改造エルフの戦闘力が、わかっていない事がある限り万全ではない。
そして俺が言った。
「とにかく、出来るだけ準備を急ぐ必要がある。ワイアンヌは耳栓を、俺と風来燕は急いで、スライムを集めて来る。オーバースとレイは、あの空飛ぶ板に慣れる必要がある」
皆が頷いてそれぞれの準備に走って行った。敵がいつ来るか分からない以上、どれだけ急いでも急ぎ過ぎと言う事はない。
俺にボルトが言う。
「スライムなんざ。簡単すぎるがな、どれだけ集めりゃいいんだ?」
するとマージが言う。
「ニ十匹も捕まえればいいだろうさね」
「わかった」
そして俺達はすぐに都市を出て、あっという間にスライムを集めてきた。ベントゥラが次々に仕留めて、俺達がやる事は何も無かったのだ。戻って来ると、皆が驚いていた。
そしてマージが言う。
「もう、生け捕りしてきたのかい?」
「ああ。ベントゥラがな」
「そりゃいい。じゃあ合成して閉じ込めてみようかねえ」
「そうしてくれ」
俺達が見上げると、オーバースとレイが、ふわふわと浮いているがだいぶ心許ない。それでも正確に、俺の下に降りてきて言う。
「これが戦闘でつかえるのだろうか?」
「いや、敵の下に行くだけだ。あとは身体強化で、飛び降りるしかないだろう。恐らく狙い撃ちされる」
「そう言う使い方か、わかった」
戦闘では飛び道具が無い俺達は、フライングボードを有効活用できない。使い方としては、敵に特攻して、そのまま戦いにもつれ込む事だ。これで、スピードの差は埋められる。
夜は明け、次の日の昼になっても敵は来なかった。交代制で見張っているが、攻めて来る気配はない。
ビルスタークが言う。
「かえって不気味だな」
「ああ。俺は手の内を見せすぎたのかもしれない」
「だが、撃退した」
「そうだな。やりようはある」
俺は自分のフライングボードを触りながら、アイドナと対話する。
《陽が落ちれば、攻撃して来る可能性はありますが、敵もこちらの、対策が出来てないと推測されます》
対策か。
《旧世代のAIを搭載してましたので、それをもって計算してくるかと》
まずいことにならないか?
《敵の予測を超えるしかありません。次の襲撃迄、そう時間はないでしょう》
こちらと敵の、知恵比べ……か。
《いえ、敵の情報があの通りなら勝算はついてます》
不確定要素は……機械エルフと、移動要塞か……。
《はい》
いくら優秀なアイドナがついていても、圧倒的に情報量が少ないのがネックだった。斥候を出そうにも、危険すぎて出す事は出来ない。それに、俺以外があの敵の情報を探れるわけも無かった。するとそのとき、ぽつりと雨が降ってきた。
「雨か……」
そこにビルスタークがやってくる。
「今日は、敵はこないのだろうな」
「恐らくは。雨だと、アロガンシアの爆裂が使えないと推測する」
「なら、こちらはその間に、出来るだけ準備を進めるしかないか」
「そうだな」
そして俺達は雨の中で、どちらかとなく剣を持ち、戦闘訓練を始めるのだった。