第二百九十五話 舌戦と牽制
旧文明の動物という言葉に、なぜか俺は苛立ちを覚える。アイドナが、挑発と情報収集を発動した。
「仲間達が旧文明の動物だというなら、お前はなんだ? 見たところ、お前こそが、旧文明の遺産を利用した、不完全な生物だろうが。中途半端な生物とは、お前のことだ」
俺がそう言い返すと、女はわずかに目を細めた。その表情には侮蔑だけでなく、どこか面白がるような好奇の色が浮かんでいる。
「ふむ。それは興味深い。だが、私は不完全ではない。この肉体は、失われた文明の叡智と、生命の粋を統合し完成に至った姿だ。お前たちのような、取るに足らない存在とは違う」
「取るに足らない? ふざけるなよ」
《敵、攻撃の気配、高まります》
アイドナが警告を発した。
「俺の仲間は、それぞれに命を燃やし、懸命に生きている。お前にはそれが理解できるか? 力に溺れて、生命の本質を見失った、哀れな機械人形じゃないか?」
「機械人形……なんと下等な発想」
「なら、なんだというのだ?」
女は静かに首を振った。
「理解などする必要はない。私たちは、世界を正しく導くために存在している。そのためには、不必要な摩擦や、無意味な生存競争は排除すべきだ。星を管理するためには、人間のような感情に流される下等生物は邪魔でしかない」
「世界を管理だと? 誰がそんな権利をお前に与えた?」
女の表情がわずかに笑う。……いや歪んだ?
「誰に、与えられたのではない。私たちが、最も優れた種だからだ。弱者が強者に従うのは、この宇宙の摂理だろう? それだけの話。それにお前達では、来たる脅威には抗えん」
その瞬間だった。パワードスーツの肩部分が開き、光る細いワイヤーが何本も飛び出して、俺の身体を絡め取ろうと高速で迫ってくる。
《情報収集は完了しました。スクリプトを終了します。戦闘に移行します》
アイドナの声が頭に響く。俺はワイヤーを躱しながら答える。
そうしよう。
俺は手を、異形のエルフに伸ばして礫を出した。同時に、女のパワードスーツが、再び大きな音を立ててフードをかぶせた。
カカカカン!
アームから射出した礫は、パワードスーツのフードに防がれる。
《性能は低いですが、パワードスーツにも攻撃予測機能があるようです》
なるほどな。宇宙から降りて来ただけはあるか。
《かつ、あの体。パワードスーツに連結されています》
サイバネティック・ヒューマンか?
《それとは違うように感じました。だから反応が早いのです》
演算は?
《終了しています》
すると、他の四体のパワードスーツが、俺に銃口を向けて打ち込んで来る。
ズドドドドドドド!
《やはり、オリハルコンの貫通は無理です》
だが、衝撃までは殺せないようだな。
俺の視界に、標的に向けてガイドマーカーが記される。既に、俺の武器に対する対策を敵はしていた。
ならば……。
走りながら、地面に落ちているオリハルコンの高周波ソードを握った。
《空間歪曲加速》
ブン! と消えて、一体のパワードスーツに飛びついた。高周波をMAXにすると、ガイドマーカーが肩の可動部分に引かれる。
《瞬殺剣線》
超高速で下から上に、高周波ソードを振り回した。音もせずに、肩の部分を通り過ぎる。それから数秒後に、音を立てて肩から先が落ちた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
切れた部分から、血が噴き出していた。
「なに!」
異形のエルフが叫ぶ。
俺はそれを無視した。アロガンシアとヴァナは、戦闘値から考えても時間がかかる。異形のエルフのパワードスーツの性能は段違いだ。だが、あとの四機は今まで遭遇した物と同じ。アイドナの判断は、地道に戦力を削る戦略に移行したのだ。
「そいつを、捕えろ!」
二体のパワードスーツが俺に突撃して来るが、落ちている爆裂斧を拾い上げて、二体に向けて高スピードで振り切る。
《迅雷撃》
メキョメキョメキョ!
そいつらが飛び去るのを確認する前に、もう一機のパワードスーツの腕を切る。
異形のエルフが叫んだ。
「な、なんだ! なんなのだ! この強さ!」
「こいつは、危険だ!」
ヴァナが俺に向けて、超音波を発動し、一瞬俺の体がよろける。次の瞬間だった。
異形のパワードスーツのフライングボードから、ワイヤーが飛び出してアロガンシアとヴァナを絡めとって高度をとる。攻撃の届かない上空に抜けて、ただ俺を見下ろしていた。
「きっ! 貴様! なぜこちらの予測を上回る! どうなっている!」
「一旦、引こう!」
「それが良さそうです」
ドシュッ! そいつらが飛び去って行った。腕の切れた二体も、中のエルフの生死は分らないが、自動で走り出し森の中に消えて行った。爆裂斧で破壊した二機は、行動不能になっており、既に内部のエルフが死んでいるのが分かる。エックス線透過でみると、心臓が止まっている。
森の中に反応のあった騎士達も、森の奥へと引っ込んで行った。
「要塞が、動き出した」
ゴウンゴウンと音を立てて、巨大移動要塞が奥へと引っ込んで行く。
《戦略的退却をしたようです》
また来るだろうな。
《こちらも情報を渡してしまいましたが、多くの情報を得る事が出来ました》
俺は青備えが待機しているところに行って、皆に伝えた。
「敵は退却した」
「退却……」
「ああ」
すると青備えから歓声があがる。
「「「「「「オオオオオオオオ!!」」」」」」
オーバースが言う。
「助かった……コハクのおかげだ」
「いや、みなが機能したからだ。よく守ってくれた」
「ああコハク。それに我々も、敵の強さを良く知る事が出来た。我々にとって、大きな一歩だ」
「それも、そうだな」
俺はメルナに回復魔法を頼み、風来燕とレイたちに、倒れた者達の治癒をするように指示を出す。敵はまた体制を立て直してやって来るだろう。
《敵は、地上を完全に制圧するつもりですね》
そのようだ。
《生存率を上げるには、撃退する必要があります》
だな。
するとアイドナが、ガイドマーカーを光らせて、落下しているフライングボードを光らせた。
あれがどうした?
《未知の技術です。回収してください》
わかった。
「アーン! ついて来てくれ!」
巨大パワードスーツを連れて、俺はフライングボードを回収していくのだった。