第二百八十三話 最高指揮官になってしまった俺
王都に戻り直ぐに、主要なメンバーを集めて話し合いを始める。敵を追い払って、時間が作れたため、これからの対応策を練る必要があるのだ。
「で、とりあえずは、敵を追い払った形にはなった」
オーバースが他の将軍やフィリウス達、そして騎士の幹部などに経緯を伝え終えた。
「オーバースよ。それで、この後はどう考えている?」
クルエル将軍が、オーバースに尋ねるがオーバースは首を振った。
「クルエルよ。俺は、此度の戦いで良く分かった」
「なにがだ?」
「俺達は、コハクの下に入り戦わねばならないと」
「な! 確かに王覧武闘会の優勝者ではある。だが、こう言っては悪いが、元奴隷あがりの小領地の男爵だぞ? お前と俺が納得しても、他の貴族や家柄の良い騎士が納得しないだろう」
「だが、もうそれは実証された。国は分断し、ほぼ崩壊寸前に追い込まれている。コハクのいう事を聞いて、迎え撃つべきだったんだ」
「それは……そうだが……」
すると、今までは殆ど話さなかった、腕が一本無くなってしまったオブティスマが言う。
「俺も、オーバースに賛成だ。間違いなく、コハクは未来を切り開く力を持っている」
「わかってるよ。だが、将軍三人が認めたところで、貴族が納得しないだろって」
なにやら、凄くおかしな空気になって来た。会議室にいる皆も、その行く末を不安げに見守っていて、将軍達の顔をちらちらと見ていた。
だがその沈黙を、ここにいる一番位の高い人間が破る。
「私も、オーバース様のおっしゃる通りだと思いますね」
パルダーシュ辺境伯のフィリウスの言葉だった。それにより、そこにいた全員が頷いた。
「辺境伯が言うのであれば、他の貴族も納得せざるをえまいがな」
「はい。オーバース様、既にリンセコート領に逃げた貴族達、シュトローマン伯爵や男爵たちに異議はないと思いますよ。プルシオス殿下にも、話を通し速やかに組織の再編すべきだと思いますが、今は戦時ですので事後承諾でもいいでしょう。それに殿下はコハクに命を救われているのです。あの様子では、反対もありますまい」
皆が俺の顔を見た。そして、オーバースが俺に言う。
「というわけだ。コハク、俺達を導いてもらいたいのだが、お前の意見を聞きたい」
《飲んでください。ノントリートメントを管理しなければ、この戦いは非常に不利です》
ノントリートメントを……管理か……。
確かにアイドナの言う通りで間違いないだろうが、なにか俺の奥で引っかかるものがあった。
とはいえ、この状況ではアイドナが未来予測を利用しつつ、戦った方が効率が良かった。
「俺が指揮をとれば、今までよりは生存確率が上がる。それだけの話だが?」
俺は現実を、ただ告げた。
「だからだよ。コハクが指揮を執っていれば、王もトレラン様も死なずに済んだだろう。それに、大勢の騎士の仲間達や市民もな」
クルエルも言う。
「なあ、コハク。ここは、俺達の将軍顔に免じて、素直に飲んでくれないか?」
「我からも頼む」
オブティスマまでが、俺に言って来た。それを聞いて、鎧で顔を隠したメルナ……マージが言う。
「コハクや。あたしの見立てで間違いなかったんだよ。あんたが、導くべきだったのさね。あたしが回り道をしたばっかりに、こんな立場にしちまった。だけどね、人類が生き残るためには、コハクの采配がどうしても必要なんだよ。コハクにもそれは分かるだろう?」
皆が頷き、アーンも言う。
「ウチはずっとそうだと思ってたっぺ! 神のような存在のお師匠様が、この地位にいる事に違和感があったっぺよ。ウチだってこんな感じだけど、天工鍛冶師の称号を持つ者だっぺ。このウチが、無条件でお墨付きを……いや、師匠に失礼だっぺな。ウチが師とあおぐのは、人生でもお師匠様だけだっぺ。だって、天職のウチを凌駕してるんだから」
「天職?」
「神が生まれながらに与えた能力だっぺよ。それを凌駕するのだから、お師匠様は神様なんだっぺ」
どうやら皆が、壮大な勘違いをしているらしかった。俺の立ち回りと考え方、そして予測は、全て素粒子AIDNAのアイドナがやっている事だ。決して俺は神様という抽象的な存在ではなく、あくまでも超高性能AIに従って動いているまでだ。
「さて、どうだろう? あたしだって、大賢者と呼ばれた者。それが、間違いないっていってるのさね。コハク、あんたはやるしかないんだよ」
皆の視線が集まった。そこで俺は、アイドナの指示のもとに受ける事にする。
「わかった。ならば、全ての指揮は俺が執る。人々の生存率を上げるためのな」
それにオーバースとクルエル、そしてオブティスマも立ち上がって答えた。
「そうしてくれるのか!」
「ああ。どうやら、俺が適役なようだ」
俺が、そう答えた次の瞬間だった。
オーバース、クルエル、オブティスマ、フィリウス、アーンが一斉に跪いて、俺に向かって頭を下げた。それを見て慌てた仲間達が、右に倣えてザッと跪いて行く。
「な、これはいったい何のつもりだ?」
「我々は、あなたに従うと言っているのだ。コハク」
「フィリウス……」
「俺達将軍も、コハクの傘下に入る」
「オーバース……」
「我々を導いて欲しい」
「わかった。だが、一つ言いたい事がある」
「それは?」
「縦の関係は、ある時には必要だが、おそらくここにいる首脳たちは、フラットにした方が良い。その下に付く者達が、上だ下だと騒がぬように、今まで通りに接したほうがいいだろう」
「だが、命令系統が」
「どう考えても、いきなり俺がトップと納得しないだろ? それまでは、無理にそうしない方が良いと言うだけだ。効率を考えて、そうしていくべきだ。それだけの話だ」
「フフ……効率か」
「そうだ効率だ。上だ下だ、誰が優先だなどと言っている場合ではない。その時、その条件下で一番やるべきことをやる。それだけだ」
そしてオーバースがみんなに向いて言う。
「どうだろう? と言う訳で、コハクのやる事に従おうじゃないか」
「「「「「「おう!」」」」」」
皆が納得したらしい。
「ならすぐに、次の対策を話す。ワイアンヌ、現状の王都の地図は出来てるか?」
「出来てます」
「出してくれ」
それが会議室のテーブルに広げられる。そこには倒壊したエリアや、住民が避難している場所、そして騎士達が待機している場所や、古代遺跡の場所、ガラバダが捕らえられている場所が記されていた。
「真敵は必ずここに来る。北のゴルドス国、西側の貴族達を撃退した事で、敵は自らが動くという選択をしてくる可能性が高い。北のゴルドス国の奥までは確認していないが、俺は既に西側に真の敵が入り込んでいる確率が高いと予測している。ゴルドス国からは、真の敵が越境して来てはいないと想定している」
皆が深く頷いて、俺の言葉を聞いていた。最初からこれが出来ていたら、恐らく被害はもっと少なかっただろう。
そして指をさす。
「古代遺跡そして、外側にあるあの移動式の要塞。やつらは間違いなく、この二カ所をどうにかしようと狙ってくるはずだ。そしてもう一つの目標は、捕えているガラバダの奪還だろう。あれは戦力になる為、どうしても取り返しに来るはずだ」
そう、ガラバダの捕縛は、広く周知されている。恐らくは、その噂は人づてに流れ、必ず敵は察知して来るに違いなかった。なぜアヴァリの存在がバレないかと言うと、あれは完全秘密裏に運び込んだから。知っているのは俺達少数と、リンデンブルグの三人のみ。かつ、リンデンブルグの三人は、アヴァリが何処に運び込まれたまでは知らないのだ。
オーバースが言う。
「あの捕えた化物の事は、一部しか知らんのだがな」
「だが、知っている人数が多い。王家、将軍達、そして護衛の騎士達や闇魔導士達はその存在を知っている。もちろん緘口令を敷いて入るだろうが、人のうわさというものは、意図しない場所から出るものだ」
「なるほどな。あの奴隷商の誰か、もしくは周辺の住民が勘ぐる可能性もあるか」
「そういうことだ。そして、真の敵の能力を見くびってはいけない」
「わかった」
「そこで、早急にやるべき事がある」
皆が俺を見る。
「あの、移動要塞の強制撤去と、古代遺跡の防衛体制の更なる強化。それも、魔法などを使った物理的な壁を作る必要がある。そしてガラバダを収監している牢の物理的強化だ。人員もより多く配備する必要があり、どちらの施設のそばにも、一般市民を戻してはならない」
とにかく今は、理路整然とやるべき事を伝えるしかなかった。だが皆が、ひっそりと声を潜めて聞いてくれている。
「一般市民の居住区を変更し限定、それで暮らせるように仕向けたい。さらには、王都内だけではなく、王都周辺の結界石の確認と、周辺の護衛体制を確立する。急いで拠点を作り、そこに青の騎士を常駐させるんだ。そしてその連絡方法は、ワイアンヌが作った魔道具を使用する」
ワイアンヌが背負子からそれを出して、みんなに見せた。
「そして、急ぎリンセコートに戻り、新型兵器を王都に持って来て仕上げる必要がある」
「それは、誰が?」
「メルナと風来燕だ。彼らしか場所を知らん」
「なるほど」
「さらにリンセコートに逃げ込んだ各地の魔導士を、直ぐに戦力として組み込む必要がある」
「それは?」
「フィリウスに頼みたい」
「わかった」
「まだあるが、第一優先はそこまで。聞きたい事はあるか?」
するとオーバースが手を上げる。
「あれは、あの移動要塞はどうやって撤去する?」
「本来は、俺達が持ってきた二体のゴーレムでと思ったが、恐らく重すぎて動くまい。だからあれは、俺が操作をして動かそうと思っている」
一気にざわついた。
「あれを動かせるのか?」
「ああ。既に管理者権限は書き換えてある」
それを聞いてアーンが目をキラキラさせている。
「か、神様……」
「とにかく、直ぐに実行に移す必要がある。これ以上の指示が必要な者はいるか? 王都の地理などは把握しているが、三将軍のほうが守りを考えた場合に、知恵があるはずだが」
「わかった! 俺達は拠点防衛のために全力を注ごう」
「そうしてくれ」
「「「おう!」」」
そして俺がアーンに言う。
「のちの勉強のためだ。おまえも、あの要塞に俺とは入れ」
「えっ! いいんだっぺか!」
「そのほうがいい」
大まかな話が決まり、それぞれに分かれて話し合いが始まるのだった。アーンが俺にくっついて、目をらんらんと輝かせ、話をするのをただ待っていた。