表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

277/307

第二百七十六話 戦場のような領地

 敵部隊を足止めするための、湿地帯を作り出す工事は終えた。川から流れだした水が、既に底に溜まり始めている。数日もすればこのあたり一帯は水浸しになるだろう。


「じゃあ、いこう」


 フィリウスの提言により、二つの領軍を部隊再編して王都に向かう事を決める。確かに、パルダーシュ兵の青備えと、リンセコート領の青備えを再編すれば、それなりに対応の幅が増えるとアイドナも言う。


 行進する市民達を追い越して、シュトローマン領からリンセコートに入る。


「あれは……」


 フィリウスが言う先を見ると、数頭の馬が歩いている。


「あの鎧は、王宮の!」


 俺達が一目散に駆け寄りると、どうやらかなり様子がおかしかった。


「どうされました!」


 気を失った人が馬に乗せられて、運ばれていた。周りにいた騎士が、フィリウスを見て叫ぶ。


「パルダーシュ辺境伯!」


「近衛が、こんなところまでどうしたのです?」


「は。王子を逃がし、ここまで逃げて参りました!」


「直ぐに治癒を!」


 そして騎士達が王子を降ろし、ベントゥラが敷いた布の上に寝かせる。するとそこに、大慌てでアーンが飛びついた。


「こんなに怪我をして! 弱いんだから無理はするなって言ったっぺ!」


 ゆさゆさと揺らす。


 それに対し、騎士が慌てて言う。


「天工鍛冶師様! お、王子は死にそうなのです!」


「はっ!」


 慌ててワイアンヌが持っていた回復薬を口に垂らし、マージが早口で言った。


「メルナ。回復魔法! フィラミウス! 水魔法で冷やすのさね!」


 メルナが回復魔法を唱え、フィラミウスが王子の体を冷やしていく。するとようやく、ぐったりしていた王子がゆっくりと目を覚ました。


「あ、う」


「プルちゃん!」


 アーンが声をかけた。するとぼんやりとしながらも、王子が反応する。


「あ、会えた」


「うちに会いに来てくれたんだっぺな! そうだっぺな!」


「あの、コハク卿は」


「そうかあ! やっぱうちの事が!」


 聞いていないようだ。そこで俺が、しゃがみ込み王子の顔を覗き込む。


「ここにいる」


「……無事……だったか……」


「まずは、一度領にいこう」


 すると、王子が手を動かし、俺の腕を握った。


「王都が……陥落してしまう……西側から……とんでもない……」


「状況はおおよそ分かっている。今から立て直すつもりだ」


「そ、そうか……やっぱり……君は凄いんだね……」


 そしてそこに、フィリウスが声をかけた。


「とにかく急いで連れて行こう。王子を私の馬に!」


 そう言うと騎士達が担ぎ上げて、フィリウスの馬に乗せた。フィリウスは、わき目も降らずにそのままリンセコート領に走って行ってしまう。アーンだけじゃなく、ビルスタークとアランが、慌ててそれについて行き、騎士達も馬に乗って走って行った。


 それほどまで、王族は大事なのか。


《この世界では、そのようです。王族の滅亡と国の消滅を、同様に考えているのでしょう》


 王族が居なくなっても、国は無くならないのにか。


《少なくとも、ノントリートメントはそう考えていないようです》


 そうか。


 そして、俺達も後を追うように自領に向かった。到着すると、ドワーフによるシュトローマン領の人らの避難場所が作られているところだった。


「問題は、受け入れ体制か」


「そのようだねえ」


 その有様を見て、急ピッチで建設しなければいけない状況だと分った。直ぐにドワーフ連中に告げる。


「まだまだ人が来る! これからパルダーシュの人間も避難して来るぞ! 急がねばならん!」


 するとアーンの父親が来て言った。


「お館様! 人手が圧倒的に足りてないっぺ!」


「何とかする!」

 

「わかったっぺ!」


 そこで俺はすぐに、ボルト達に告げる。


「防衛に当たっていない騎士を、集めて来てくれ!」


「おう!」


「風来燕は手伝いを」


「「「おう」」」


 王都の状況は後で王子に聞くとして、まずは受け入れ態勢を整えなければ。


「ヴェルティカ! ヴェルティカはどこだ!」


 するとそこにいた、青備えのドワーフが言う。


「奥方様は、受け入れの現場の方です!」


「案内してくれ!」


 そして俺とメルナがそこに連れていかれると、ヴェルティカとシュトローマン伯爵夫妻が、必死に住民たちの世話をしているところだった。


「コハク! 帰ったのね!」

「コハク卿!」


「戻った。これから、パルダーシュや他の男爵領の民も来る」


「そうなのね」


 するとシュトローマン伯爵が言う。


「コハク卿。こういう時は、商人が使えます。あとは、ギルドの受付も逃げて来ていますが、彼女らにも手伝ってもらっているところです。使えるものは、何でも使わねばなりませんぞ」


「わかった」


 それならば、ここに逃げてきている中にも、商人や商売人もいた。


「ここは任せた。俺はすぐに人員を確保して来る」


「はい!」


「わかりました」


 そして俺はすぐに、下町に行ってあの闇ギャンブルをしていた奴らのところに行く。すると入り口の見張りをしていた奴が、俺に慌てて挨拶して来た。


「領主様!」


「お前達の力を借りたい。この村の人間を掌握している奴はいるか?」


「も、元締めが」


「俺を連れていけ」


「はい」


 そいつに連れられて行くと、元締めがいた。騎士達からの取り立てから解放されて、今はあの賭博場は締めているらしい。


「村の皆に顔が聞くと聞いた」


「はい。いろいろと斡旋したりしてやした」


「いまから、次々と避難民がやってくる。だから、この村の全員の力を貸してほしい」


「わかりました! 助けていただいた恩を返させていただきます!」


「ドワーフたちが作っている避難所の入り口で、妻とシュトローマン伯爵夫妻が、商人達と共に受け入れの為の対応をしているんだ。出来るだけの人に手伝ってもらいたい」


「直ぐに声がけをします!」


「よし。正式な領民として頼む」


「は、はい!」


 元締めと見張りの男が、走り去っていった。その足で、俺は王子が担ぎ込まれた救急所に向かう。そこも人でごった返しており、治療を受けている領民が大勢いた。


そこでメルナが言う。


「人がいっぱい」


「治療も、追いついてないんだ」


「パルダーシュから、魔導士も来るはずさね。それが来たら手伝ってもらおう」


「よし。まずは王子を」


 そして奥の病室に入っていくと、フィリウス達が王子を囲んで話をしていた。どうやら王都の状況を聞き出しているようだ。


「王子は?」


 だいぶ回復した王子が、俺を見て身を乗り出した。


「コハク卿! 話は聞いた! ここにもパルダーシュにも、奴らが来ているんだとか」


「そうです。いまシュトローマン伯爵領、パルダーシュ領の避難民の受け入れを急いでいるところです」


「すまないな」


「王都の民はどうなりました?」


「分らない。かなりひどい状況ではあった。だが、この事を伝えるために、私が送られた」


「軍はどうなっていますか」


「かなり甚大な被害を受けている。オーバースの率いる部隊が、辛うじて防衛を維持していたが、都市にも大きな損害が出た」


「進入されたのですか?」


「まだ進入はされてないはずだ。奴らは何かおかしな兵器をつかった。それで、都市が燃やされ始めた」


「どんな?」


「騎士達が言うには、空を飛ぶおかしなものが、油を撒いて火を放ったと」


《ドローンでしょう。木造という弱点を突いて、街に火を放ったのです》


 そうだろうな。


 王子が歯をギリリと噛みしめ、騎士達がこぶしを握って俯く。だが、感傷に浸っている暇はなかった。俺はすぐにフィリウスに、人手不足の旨を伝えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ