第二百七十四話 黒い雨と敵の増援部隊対策
俺達は一旦、天幕に入り休憩していた。空は真っ暗になり、しばらくするとポツリポツリと雨が降り始める。それが次第に強くなり、ザーザーと天幕を叩きつけた。
外で見張っていた、ベントゥラが入ってきて言う。
「真っ黒の雨だ」
「手分けして馬に幌をかけてやろう。メルナとフィラミウス、アーンとワイアンヌはここで待て」
そして俺達は外に出て、馬の背負子から布を取り出し、馬に括り付けるようにしてやった。俺達が天幕に戻ってきた時には、皆が真っ黒になっている。
「見張りはいらんだろう。とりあえずメルナ、フィラミウス。水魔法で流してくれ」
「うん」
「わかりました」
二人が水魔法をかけている時、俺がみんなに言う。
「土と煙が巻き上げられて、上空に汚泥交じりの雲が出来ているんだ」
「ならじきに、火も消えるな」
「ああボルト」
「しかし、凄いことになった」
「ああ。この中を歩いて来る人間はいまい」
「だな」
それから、ワイアンヌがぽつりと言う。
「きっと、パルダーシュの都市まで響いたと思います。そして、あの閃光も見えたでしょう」
「という事は、パルダーシュに残ったゴルドス国の兵達も来るか」
それを聞いてボルトが言った。
「あの、鉄の鎧と、未知の敵がいなきゃ、俺達でもなんとかできるさ」
「それはそうだな。あの爆発現場を見て、敵がどう判断するかだな」
「だな」
アイドナが脳内で話す。
《これで、二機目の爆発です。流石に、宇宙からも見えた可能性が高いです》
すると、宇宙の敵も何かしてくるってことか。
《第二波、もしくはさらなる大規模な偵察活動が来る可能性が高いです》
だろうなあ。このポッドがもっと落ちて来るか、他にもなにか考えられるか?
《騒ぎを聞きつけて、サイバネティックヒューマン。キメラマキナが現れるかもしれません》
潜り込んでいる確率があるという事か。
《ゼロではないでしょう、状況から考えて、ゴルドス国にも何かは居る可能性があります》
そいつらが、この国に偵察に来たっておかしくないはずだったがな。
《もちろんです。ゴルドス国と意思疎通を図った何かがいます》
それはいるだろうな。
《まずは、全員を休ませてください。あなたも深眠に入ってください》
ああ。
そして俺は全員に告げる。
「まずは、交代で誰かが起きていればいい。休め」
そして皆が眠りにつき始めた。ここまで、ほぼ休みなしで来たので、流石に全員を休ませねばならなかった。極度の状態を続けて、疲労の色が浮かんでいる。
交代で休みながらも、俺も深眠状態に突入した。後は、アイドナが感知して起こしてくれる。
誰よりも深く急速に休憩をとり、俺はすぐに目を覚ました。外の雨は小降りになってきており、ひとまず馬の様子を見に行く事にした。
《強化鎧のおかげで、馬に被害はないようです。ですが、怯えています》
真っ黒だからな。
《夜が明けるのを待つしかありません》
下手をすれば、爆発は各地で起きる可能性が無いか?
《エルフは偵察が目的ではあるようですが、強制のようでした。一基目の爆発は、敵の恐怖によるもの》
あのエルフは、何を恐れたと思う?
《恐らくはこの地上の人間》
あれだけの科学力があるのにか?
《理性の無い蛮族と思っているのか、もしくは他に恐れるものがあるのか。分かりません》
すると遠くから、馬が走る音が聞こえて来る。どうやら南側から駆けて来るようで、暗闇の中に松明が三つ浮かび上がった。
《フィリウス、ビルスターク、アランの三名です》
そこで俺は、炎剣を取り出して空中に向けて放つ。巨大な火柱が上がり天幕が見えるようにした。
《来ます》
馬が走って来たので、俺はそちらに向かって歩いた。
「おお! コハク! 無事だったか!」
「なぜ、戻ってきた。領民は?」
「騎士達に預けてきた。ここから先は安全だろうと判断だ」
「なるほど」
「それよりも。こちらの方が一瞬、昼間のように輝いたようだ。敵襲か?」
「いや。違う、あれは俺がやった」
「コハクが?」
「説明するから、天幕に」
「ああ」
三人が馬を降り、俺達の馬がいるところに馬を放つ。天幕の前には、みんなが起きて既に待っていた。音を聞きつけて、起きてきたようだった。
「メルナ。三人を洗い流してくれ」
「うん」
ジャバー! と水を放出し、三人の真っ黒な泥が流された。天幕に入って、俺が説明をし始める。
「あれは、敵の要塞の爆発なんだ」
「それを、コハクがやったと?」
「そう言う事だ」
「コハクの領地でも爆発したのか?」
「ああそうだ。それで、今回の作戦を思い立った」
「そんな物騒な物が、大陸中に落ちたということか……」
「そう言う事だ。どうやら落ちてきたやつらも、強制的に大地に落とされたようだ」
「真の敵が、その後ろがいるということか」
「そうなる」
三人もようやく気が付いたようだった。そして、ビルスタークが言う。
「パルダーシュの都市に、どれだけの敵兵が残存しているだろうか」
「わからん。だがここには、一万以上の将兵がいた」
「全滅を見た時。……増援に来た時、さぞかし驚くだろうなあ」
「ああ」
そこでフィリウスが、俺に聞いて来た。
「コハク。どうするつもりだ? このままパルダーシュにむかうのか?」
「まずは、現場検証を行い。それから、王都に向かう必要がある」
「なるほど」
「オーバースの精鋭が何処まで耐えられるかは分からんが、かなり厳しいことは間違いない」
「ならば、コハクの兵と、我がパルダーシュの兵を再編成して打って出るのはどうだ?」
「青備え以外は無理だ。あっという間にやられてしまう」
「コハクの青備えと、我が領の青備えだけで何人いるか」
「俺が送り出した鎧の数からも考えて、百五十といったところだ」
「なるほどな……」
「拠点の防衛も考えれば、使えるのは半数」
「七十五名か」
「それでも、普通の人間の大隊並になるだろうがな」
そしてマージが言う。
「パルダーシュにいる敵兵が、どう動くだろうねえ?」
「消えた兵団を見て、どう出るだろう」
するとビルスタークが言う。
「まあ、深追いはしないと考えられる。まあ、普通の人間の神経ならばだがな」
「敵に、アレがいなければな」
「すぐには、動けんか?」
「ああ」
本来ならば直ぐに王都に行って、救助しなければならないだろうが、敵に背を向けていくことになる。パルダーシュに残った敵兵が、進軍しない保証はどこにもなかった。
そこでワイアンヌが手を上げる。
「なんだ?」
「敵の足を鈍らせればよろしいのですよね?」
「そうだ」
「ならば、ここいら一体を湿地帯にするのはどうでしょう?」
「平地を湿地帯に?」
「はい」
突然のワイアンヌの提案に、俺達は耳を傾ける。
「教えてくれ」
「このそばに大きな川があるのです。そして、あの爆発ならばリンセコート領にあったような、大きな窪みが出来たのではないでしょうか?」
「出来たと思う」
「でしたら、その川から、土魔法で水を引き込む道を作り、窪みを水没させるのです。そうすれば迂回せざるを得ないでしょうし、あふれ出た水はあたりを水浸しにするはずです」
「なるほど、やってみる価値はありそうだな」
そうして俺達は朝を待つ事にした。陽が登りあたりを見ると、真っ黒な大地が広がっている。俺達はすぐに馬の泥を落とし、綺麗な水を飲ませて出発するのだった。