第二百七十三話 数万の兵を焼き殺す策
鎧に魔力を流したスキル、暗蜘蛛隠のステルスのおかげで普通の人間に見つかる事はない。夜の暗闇の中、膨大な数のテントのそばを、俺はスルスルと抜けていく。
《人が出てきます》
X線透過により、テントの中にいる奴らの動きがハッキリ見えていた。
《気を付けるべきは、敵ドローンです》
分っている。
サーモグラフィのおかげで、空中に何かが飛べば黄色く光る。今のところ、ドローンは確認できていないが、あれにステルスは効かないようだ。俺の前を、何も無かったように兵士が過ぎて小便をしている。
《行ってください》
俺は、するりとそこを抜けていく。確かにかなりの数の兵がいるようだった。
感づかれれば危ないな。
《流石に数万の敵の相手は無理でしょう。ですが、ノントリートメントの知覚は欺く事が出来ます》
よし。
俺はアイドナがガイドマーカーで示している、足跡を追うように歩いて行き、止まれと言われれば止まった。完全に人の動きを予測演算で導き出し、見つからないようにしている。
ステルスでも、音は消せないからな。
《問題ありません》
そして、目の前に大気圏突入ポッドが見えて来る。どうやら、マキナ・ユニットと呼ばれるパワードスーツは出ていないようだ。俺は天幕の脇にしゃがみ込み、様子を伺う。
奴らにも休息が必要なようだ。
《はい。エルフは、身体能力に優れているというだけで、基本は人間のそれと近いです》
キメラ・マキナとか言う、サイバネティックヒューマンとは違うか。
《あれは、全く疲れを知らないようです。恐らく睡眠も必要としていない》
闇魔法で眠らせてはいるがな。
《闇魔法は眠っているとは違います。脳内では覚醒していても、全ての伝達カットがされます》
起きているって事か?
《本人は、暗闇をさまよっていると思っているかと》
恐ろしい魔法だな。
《ノントリートメントなら、正気を保つのが難しいでしょう》
俺が大気圏突入ポッドを見ると、その周りに見張りの兵士が立っている。やはり、アイツらはエルフと手を組んでいるらしい。
ブン……。空に、ドローンが飛び交っている。
なるほど、ノントリートメントに見張らせていても、信用はしていないということか。
《恐らくは、お互いでしょうね》
お互い見張り合っているか。
《はい》
俺がそこでしばらく監視をしていると、見張りの人間が動き出した。するとドローンはそれについて、何処に行くのかを見張っているらしい。
《見張りの交代でしょう》
なるほど。
アイドナの言った通りに、交代の要因がやってきた。それと共に、ドローンも戻って来る。
監視か。
《そのようです》
どうするか。
《次の交代を待ちます》
わかった。
そして俺はそこに身を潜めて、待ち始める。
《身体を休ませます。動きがあったらお知らせします》
俺の体が脱力する。ステルス機能はそのままだが、体に力を入れなくても鎧が支えてくれていた。
それから三時間が経過した時だった。
《動きます》
すると俺の体が再起動されるように、強化されて行く。兵士が動いたのと同時にドローンも動きだし、一気に大気圏突入ポッドにはりついた。すぐさま、中腹にあるドローン射出口に光鞭を飛ばす。
しゅるしゅる! 俺の体が一気に昇り、少しの出っ張りのところに手をかけた。
《瞬発龍撃》
龍の力で、入り口のパネルを掴んで曲げる。人一人が入れるほどの穴に、体を滑り込ませて、格納されてたドローンを破壊した。
《これまでのポッドと、同じ構造です。監視カメラの位置も同じでしょう》
よし。
そしてそのまま滑り込み、俺はアイドナに指示をされるままに先に進む。今までのような指令室や作業室ではなく、一気にメインの生体動力へと向かった。するとその入り口には、厳重な鍵がかけられており、何カ所かにパネルがある。
《解錠します》
籠手をパカっと外し、出てきた指がパネルを操作し始める。素粒子AIの演算能力が、一気に何重もの電子ロックを解錠し始めた。
《多重ロックがもう少しで外れます》
俺は身構える。
プシュッ! 開いたと同時に内部に侵入すると、五メートルほどある頑丈そうな素材の鉄の入れ物に、幾つものパイプが刺さっているものが中央にあった。周りを、完全に硬質で透明なもので覆われている。
《マイナス六十度で保管されています》
それだけ危険だと言う事だろう。
《パネルを》
よし。
そのガラスの入れ物を回り込むように、先に進んでいく。反対側の奥に、厳重な鉄のカバーがある。
これか?
《外す必要があります》
どうやって開くんだ?
《物理的な鍵のようです》
鍵があるのか。
《はい》
外にあるのか?
《その可能性が高いです》
どうする?
《強制的に開ければ、爆発する可能性も考えられます。予測演算の結果、別室に保管されていると推測。保管場所の確率の高い所を表示》
すると、俺の視界にこの大気圏突入ポッドの立体図が現れる。そして、その数か所が光っていた。
《進んでください》
俺は一度部屋を出て、鉄の廊下を進んでいく。すると、保管されているであろう部屋が点滅していた。そのパネルを操作して、直ぐに内部に侵入する。
どこだ?
《構造から推測するに、その奥の左のガラスケース》
俺がそこに行ってみると、そこには工具のようなものがある。
《違います。次です》
ガイドマーカーにそって、次の場所に行こうとした時、部屋の前の廊下に足音がした。
《エルフです》
分った。
エックス線で見ていると、俺がいる部屋の前をエルフが歩いて行った。奥へと消えたので、俺はするりと部屋を抜け出して、次の指示された部屋に行く。
《先ほどの部屋の構造を確認した結果、この部屋が一番可能性が高いです》
わかった。
するりと忍び込み、指示されたとおりに行くと、鍵のついた引き出しがあった。
エックス線透過で、中に鍵状のものが見える。
《大きさ、形状、間違いありません》
ここも鍵がかかっている。
《破壊して構いません》
俺はそれに手をかけて、瞬発龍撃の力で引いた。ぐにゃりと鉄が曲がり、その中に細長い器具がある。それを手にして、俺はすぐにあの生体動力の部屋に向かった。すると、途中で向こうからエルフが帰ってきたので。直ぐに、その横の部屋に滑り込む。
《排泄はするようです》
やつらも生き物って事だ。
どうやら行きと帰りで、エルフの体重や体内の物質が減っている。そいつが過ぎ去ったのを確認して、俺は一気に生体動力室に戻った。そしてすぐに奥の鍵のついたケースに鍵を差し込む。
開いた。
《やはり強制的に開けなくて正解です》
そのようだな。
なにかの仕掛けがあったが、鍵のおかげで解除できている。パネルが出て来たので、アイドナがそれを操作し始めた。既に何度も触っているので、アイドナはデータを完全網羅していた。
ピッピッピピピピピ、ピー。
《セット完了。早急に脱出を》
俺は、進入してきたドローン格納庫に急ぐ。そしてその穴に体を入れこんで、一気に外に顔を出した。
《ドローンを落としましょう》
俺は腕を上げて、鉄礫をドローンに向けて射出する。するとドローンは破損し、フラフラと地上に落下していった。
《急ぎましょう》
そのまま地上に落ちると、物音に反応した騎士がこちらを振り向いた。ステルスを発動しているので、見つける事が出来ないようだった。
《残り。四分四十三秒。龍翔飛脚、音を立てても良いので真っすぐに行ってください》
身体強化を施した俺は、テント群の間を走り抜けていく。俺が過ぎ去った後で、驚いた騎士達がテントから出て外を見ていた。だが俺は、それも全く意に介さずに、高速で森に飛び込み全く減速せずに進む。
《残り。四分十一秒》
木々をすり抜けて先に進めば、雑木林の終わりが見えてきた。木の上や間にも人がいて、俺はそいつらもすり抜けて高速移動を続ける。
《残り三分二十七秒。空間歪曲加速発動》
ブン! ブン! と空間を繋げるようにして、先に進み始め更に加速する。
そして俺は、ようやく仲間がいる場所に戻ってきた。
《残り二分三秒。ステルス解除》
「みんな! 起きてくれ》
すると、見張りのガロロとベントゥラが皆に言う。
「コハクが戻った! 起きろ!」
《残り四十五秒》
「メルナ。フィラミウス。北側に土魔法で壁を作れ」
「うん」
「はい」
二人はきっちり眠っていたのと、巨大魔石のおかげで巨大な壁を作り出す事が出来た。
《残り十秒、九、八、七》
「全員、鎧を密閉状態にして衝撃に備えろ」
カシン! カシン! カシン!
全員がレバーを操作して、完全防御態勢にはいった。
《ゼロ》
カッ!
北の空が昼間のように真っ白に輝いた。俺達は、土壁の後ろに隠れており衝撃に備える。すると遅れて音が聞こえて、凄まじい風が襲ってきた。しばらく暴風が吹き乱れ、それがようやく落ち着いて来る。
「よし。もういいぞ」
「やったんだな」
「ああ」
そして見る北の空には、大きな火柱が上がっていた。俺達がリンセコート領で吹き飛ばされたのと同じように、大気圏突入ポッドを自爆させ、ゴルドス国の兵士ごと焼き払ったのだった。