第二十五話 一夜にして壊滅した村
俺達が冒険者ギルドに入っていくと、もうあまり人は残っていなかった。壁の掲示板に貼ってあった沢山の紙が無くなっており、ちらほらと残っている冒険者達が談笑している。ギルドの職員達も一仕事終わったようで、リラックスして話をしていた。俺はそれを見て言った。
「良かった」
「どうしたの?」
「良からぬ意識を向けていたヤツラがいなくなっている」
「依頼書がだいぶ無くなっているから、みんな出て行った後だと思うわ」
そう言いながらヴェルティカは、下ろしていた髪をきゅっと上げリボンを結った。キリリとした表情となり、今までの穏やかな雰囲気がなりを潜める。そのまま窓口に歩み寄って座っている受付の女に言う。
「ヴェルティカ・ローズ・パルダーシュです」
「え、ええ?」
その言葉を聞いて中にいる全員が立ち上がり、目の前の受付嬢が慌てて言った。
「お、お嬢様! なぜにこのような所に!」
この女。さっきも来たのだが、どうやら気付いていなかったようだ。
「ちょっとお話を伺いたいの」
「しょ、少々お待ちください!」
受付嬢は急いで奥に消えていく。室内にさっきまでの和やかな雰囲気は消え、凛とした空気が周りに張り詰める。残った受付嬢や冒険者達が遠巻きに見ているが、ヴェルティカはどこ吹く風と言わんばかりにキリリと立ち尽くしている。
そこに血相を変えた中年の男が、慌てて出て来た。
「すみません。お約束などしていましたでしょうか?」
「いいえ。ちょっとお話が聞きたくて立ち寄りました」
「お話?」
「それほど手間は取らせません」
「…わかりました。ではどうぞ」
俺達がその中年の男について行くと、ソファのある部屋に通される。
「おかけください」
俺達が座ると、その男が頭を下げながら言う。
「すみません。無作法なもので、礼儀に欠いてしまうかもしれません」
「突然来たのは私達、礼儀などどうでもいいのです。少し話が聞けたらありがたいわ」
「何を聞きたいので?」
するとヴェルティカが俺をチラリと見た。俺はそれに頷いて男に聞く。
「僻地の事は分かるだろうか?」
「ギルドからギルドに伝わってきている情報であればお答えできます」
「壊滅した村の事が聞きたい」
すると男は口ごもる。
「それは…」
「話せないのか?」
「いや。実は原因がまだよくわかっていないのです。実はギルドでも調査中ですが、分かっている範囲でお答えしましょう」
「襲った魔物は分かっているのか?」
「なるほど核心ですね、ですがそれがはっきりしていない状況です」
「はっきりしない? 村が一つ壊滅したんじゃないのか?」
「分からないというよりも、様々な魔物の傷跡があった。と言ったらいいでしょうか」
それを聞いたヴェルティカが言った。
「スタンピードかしら?」
「いえ。それならば周辺の村や都市にも影響が出ます」
「でも村は壊滅したんでしょ?」
「それは間違いなく。村には死体も残っておったようで、間違いなく魔物の痕跡はありました」
「そこまで分かっていて何が分からないの?」
「襲われたその時を見た者がいないのですよ。証言によれば前の日までは村は普通にあった。だが次の日に隣村の人が訪れた時には壊滅していたらしいのです」
ヴェルティカがもう一度尋ねる。
「一夜にして消えたということ?」
「そう言う事です。その上に魔物の類は一切いなくなっていました」
「魔物がいなくなっていた?」
「そうです。全滅していたのに魔物がいなくなっていた。その為、領主から討伐依頼が出ても、何を討伐すればいいのか分からない状態だったのです」
「なんと…」
どうやらギルドでもお手上げという状況らしい。俺が聞く。
「今はどうなっている?」
「依頼は打ち切りとなりました。現状はギルドが自主的に捜査をしていると言った状況です。周辺地域の森に魔物は増えているようですが、変わった事はそれくらいです。スタンピードが起きた形跡がないのです」
「他には?」
「残念ながらそこまでです。今だ調査中でして」
「わかった」
それ以上は何も知らないようだった。だがヴェルティカが更に聞いた。
「ちょっとまって。村に結界はなかった?」
「ありました。ですが結界は動いていなかった」
「壊された?」
「はい」
「それはひとたまりもないわね」
「はい」
「その村の位置は?」
「えっ? 聞いてどうされるのです? 我が領内ではないのですよ?」
「念の為よ」
「フォマルハウト子爵領の北、ヌベの村というところです」
「わかったわ」
ヴェルティカが俺を見る。俺は最後に聞きたい事を聞いた。
「ギルドの調査はいつまで続く?」
「間もなく打ち切られます。依頼を受けている訳でもありませんので」
「わかった」
すると男が聞いて来る。
「私からも質問です。お嬢様、これを聞いてどうされるのです?」
「ごめんなさい。我が領に何か影響が出ないかを知りたかったの、領兵を動かしたりはしないわ」
「わかりました」
「ヴェルティカ。そろそろ行こう」
「わかった」
俺達はその男に礼をし、部屋を出て受付嬢に挨拶をした。そこで俺が言う。
「掲示板を見たい」
「どうぞどうぞ! もう依頼はほとんどなくなってますが」
そして掲示板を見る。だが俺にその言葉は分からなかった。
アイドナが俺に伝えて来る。
《読みたいのであれば、この世界の文字を学ぶ必要があります。ですがここに記されている物は全て記憶しておきますので、文字を学んだ後に照合出来ます》
了解。
「行こうヴェルティカ」
「ええ」
俺達はギルドを出る。ヴェルティカはリボンを外し、髪の毛をばさりと下ろした。人通りは多く、誰も辺境伯の娘だとは気が付いていないようだ。そして俺達は歩き出す。
「原因が分からないってどういう事だろう?」
「そうよね。魔物に襲われたのは確かなのに、その犯人が分からないって」
「出来れば結界の事を知りたい」
「それは、ばあやに聞きましょう」
「わかった」
そして俺達は足早に辺境伯邸に向かうのだった。