第二百五十七話 異世界に落下する大気圏突入ポッド
王都から帰還したジロンがもたらした情報は、あまり良いものでは無かった。既に王都では西側の逆賊を討ち取ろうという気運が高まっており、王軍が進軍の準備に入っていたようなのである。
その報告を、ドワーフの里の一室でヴェルティカやメルナ、騎士や風来燕と聞いている。
「すでに、手遅れだったわけね」
「残念ながら、あの流れを止めることは難しいかと」
「まずはお疲れ様、ジロン」
「は!」
俺は、あの時何をすべきだったのだろう。オーバースにやれることはあったのだろうか?
「それでも俺は、オーバースにオリハルコンの強化鎧を渡した」
俺の言葉にヴェルティカが頷いた。
「そうね……役に立ってくれることを祈るわ。オーバース様はきっと、最後の望みをかけてコハクに会いに来たんだと思うから」
「最後の望み?」
「何かを変えてくれるんじゃないかと、そう思ったんじゃないかな?」
「俺が何かを変える? そんな事は一言も言ってなかったが?」
そしてボルトが言う。
「いや、お館様よ。じゃなきゃ、一大事に夜通し酒なんか飲まねえと思うけどな」
「そういうものか?」
ベントゥラも深く頷いて言う。
「きっと、美味い酒を、部下達に味合わせたかったんだろうな」
「そんな事は一言も言っていなかったが……」
俺が、また同じ言葉を繰り返すと、ヴェルティカが残念そうに言う。
「将軍は、そう言う人だわ」
《オーバースは貴重な戦力なのですが》
なぜだ? オーバースも、分っていてやっていることなのか?
《ノントリートメントの、関係性というものなのでしょう》
王都から来た王子も、あの時は分かっていたようだが?
《もちろん王も分かっていたでしょう》
ならなぜだ?
《弱腰だと判断されれば、王宮の求心力が落ちるからです》
求心力?
《はい。王族が、逆賊を放っておいたとなると、内部からも離反が起きかねない》
理論的じゃない。非常に理にかなっていない。
《それが、ノントリートメントなのです》
打開策はなかったのだろうか?
《あります》
なんだ?
《あなたが力のある王になる》
俺が、王?
《あなたが絶対権力を持てば、このようなバカげたことは起きません》
そのような事は無理だ。
《いえ。この状況からすると、国の再編が行われます。ゴルドス国などは、この機に乗じて進軍して来るでしょうし》
俺がアイドナと話をしていると、レイが俺に聞いて来る。
「パルダーシュは大丈夫でしょうか?」
「それは」
と俺が答えようとしたら、ヴェルティカがそれを遮って言った。
「レイ。こうなってしまえば、パルダーシュだろうがリンセコートだろうが、何処にいても同じよ。お兄様はお兄様で責務を果たさねばならないし」
そこで俺があることを言おうとすると、アイドナが言葉を止める。
《あのことは、言わなくても良いでしょう》
どうしてだ?
《フィリウスもやはり、ノントリートメントです。王軍に助けられた恩を反故にしてまで、こちらに退却してくる事は考えられないという事です》
俺の書簡は無駄という事か?
《はい。フィリウスは領民を捨ててはきません》
そうか。
青備えを多く持っている騎士団は、パルダーシュとリンセコートにしかいない。今は分散してしまっているが、兵力を分散させるのは非効率的だった。その為、領地が守り切れないときは、撤退して俺と一緒に敵を叩こうと打診していたのである。
俺達が話をしていると、突然外が騒がしくなり、ドタドタと足音が近づいて来る。
「なんだ?」
するとドアの外から、アーンの声が高らかに響く。
「お師匠様! 大変だっぺ!!」
飛び込んできたアーンが血相を変えている。
「なにがあった?」
「すぐ来て欲しいっぺよ!!」
俺達全員が慌てて会議室をとびだし、廊下を走り抜けて玄関を出た。ドワーフや青の騎士たちが、大騒ぎをしながら空を見上げている。俺達もそれにつられて、空を見上げた時だった。まもなく夕刻になろうという空に、いくつもの雲の筋のような物が見えていたのだった。
《ズームします》
視界でその先端を拡大していくと、それは弾丸のような砲弾のような形をしたものだった。
ミサイルか?
《恐らくは違います》
なんだ?
《形状と大きさおよびスピードから察するに、あれは大気圏突入ポッドであると思われます》
大気圏突入ポッド?
《それほど巨大ではありませんが》
まるで流星のように、幾つものポッドが空を流れていくのだった。俺達はそれを見て呆然とし、口をつぐむしかなかった。
メルナが大声で言う。
「コハク! あんなにたくさんの流れ星!」
そこで俺がハッとする。するとアイドナが俺にアラートを鳴らした。
《臨戦態勢を整えてください》
俺は大声で言う。
「みんな! あれは敵襲だ! 直ぐに鎧を装備し、迎撃態勢をとらねばならない!」
「「「「は!」」」」
「「「「おう!」」」」
騎士達はすぐに、騎士団を集めるべく動き始め、皆が鎧を装備する為に保管庫へと飛び込んでいく。
「アイアンゴーレムを取りに行く!」
「うん!」
俺とメルナが馬に乗り、すぐさまアイアンゴーレムが稼働している新工場へと走る。その後ろをヴェルティカが馬を駆ってついて来た。
「どうなっているか説明してもらおうかね」
「マージ。あれは恐らく、敵の侵略だ。落下の軌道から考えても、大陸全土に降り注いでいると見て間違いない!」
「なんてこったい。天からの侵略なんて、前代未聞だよ」
「とにかく、急いで臨戦態勢を整える!」
「メルナや。あの、強化された馬車を!」
「うん!」
アヴァリを連れて来る時に使った、鉄の馬車を改良し巨大な魔力供給路にしたのだった。俺は屋敷でメルナを降ろす。そしてヴェルティカも俺に叫ぶ。
「コハク! 私は屋敷の者達を装備させます!」
「そうしてくれ!」
俺は屋敷のメイドや執事にも、オリハルコンの強化鎧を作っていた。ヴェルティカはそれを装備するように伝えに言ったのだ。
そして俺が、秘密工場に到着すると、重機ロボットはせっせと作業をしていた。俺が入っていき、大声で叫ぶ。アイドナが音声認識プログラムを施し、俺の声だけに反応するようにしたのだ。
重機ロボットは作業の手を止めて、こちらにカメラを向けて来る。
「鎧と武器を装備しろ!」
ゴウンゴウン!と動きだし、壁にかけてある装備を装着し始める。
《恐らくこの状況に対応できているのは、この領だけでしょう》
どういうことだ?
《さっきのメルナの反応の通り、ノントリートメントはあれを流星だと思っているはずです》
無防備な所を狙われるぞ。
《いえ。幸か不幸かどちらの地域も、こちらからの通達によって臨戦態勢になってます》
そう言われればそうか。なぜ……このタイミングで、あれはいったいなんだ?
《この国とリンデンブルグが戦争準備に入ったので、準備が整う前に攻めて来た可能性が高いです》
アイドナのいう通りだろう。スパイがあちこちに潜り込んでいる状況なので、こちらが戦闘準備をしている事は敵に筒抜け。恐らくは、こちらの足並みが整う前に攻撃しに来たのかもしれない。俺は装備を終えた、重機ロボットを引き連れて、屋敷の方に戻って行くのだった。