第二百五十四話 神器級の鎧の進呈と新型のデータ
俺はメルナと急ピッチで山に登り、カルデラ湖に潜って鎧をこしらえたのだった。急造ではあるが、なんとか五人分の鎧を準備する事が出来た。青備えをオーバース達に合わせて調整し、専用の鎧にして渡す。彼らは特に軽さについて驚いていたようだが、恐らくは戦って初めて、その性能に気が付くだろう。
オーバースが言う。
「強度はどうなんだ?」
「今までのものとは、比較にならんほど上がっている」
「これを、大量生産はできんのか?」
「無理だ。そもそも原料の入手が困難だ」
「なるほど。あとの鎧はミスリル合金ということになるのだな?」
「そうだ。ドワーフの里で、出来上がっている物を全て持って行くといい」
「わかった」
まもなく夜が明ける。それと同時に、彼らは王都に出発する予定だ。睡眠はほとんどとっていないようだが、何事も無かったように振舞っている。
《うちの騎士よりも鍛えられているようです》
やはり教えがいいのだろうか?
《オーバースが良いのでしょう》
なるほどな。
「夜明けだ」
「いこう」
そして俺達が、ドワーフの里に行くと、門の前に大量にミスリルの鎧を摘んだ馬車が待っていた。既に俺が通達をだして、ドワーフたちが用意してくれていたのである。
「お師匠様! 準備は出来てるっぺ!」
そして俺はオーバースに言う。
「全部、持って行ってくれ。従来のものよりも、魔力伝導効率が数倍になっている」
「凄いな」
だがアーンが言う。
「その、青備えに比べたら、子供のおもちゃだっぺ」
するとオーバースはおろか、騎士達が苦笑いして言う。
「天工鍛冶師様が作った、ミスリル性魔導鎧。どう考えても、国宝級の逸品だが?」
「いんや、本当の事だっぺ。確かにこれも、そんじょそこらの使えない鎧よりは遥かにいいかもしれねえけんど、お師匠様の作った鎧は神の領域だっぺよ」
それを聞いてオーバースが目を見開いて言う。
「天工鍛冶師様から見て、本当にそうなので?」
「それは、神器に等しいっぺ」
そしてオーバースは俺に言う。
「これは軽いだけじゃないのか?」
「使って見ればわかる」
「そんな、神器級の鎧をくれるというのか?」
「あんたに死んでもらっては困るんだ」
「……わかった。ならば出来るだけ、王都の連中を口説き落として、考え方を変えさせるように尽力してみよう」
「頼む。無駄死には、ただ戦力を削る事になる」
「そうだな」
そしてミスリルの鎧が乗った馬車に、馬が括り付けられた。
オーバースにヴェルティカが言う。
「オーバース様! 御武運をお祈り申し上げます」
「ふっ。嬢ちゃん、俺はそう簡単には死なねえよ」
「はい!」
「ではまたな!」
そう言ってオーバース達の騎馬隊が、ドワーフの里を出発した。
《オーバースも、かなりの力量ではありますが敵は未知数です。何処まで対抗しうるか不明です》
わかってるさ。だからこそ、こちらの準備を急ぐしかないのだろう。
《さらに精度と効率を上げます》
そうしよう。
そして俺はアーンに言う。
「ミスリルの鎧、うちの騎士に使う予定だったが、申し訳なかった」
「いいっぺ! むしろ国の一大事だっぺ!」
「その通りだな。いままで鉄の強化鎧はかなり収めたが、今回のミスリル製はさらに効率がいいからな。出来るだけ、王都の防衛に役立つようにしてほしいとは思っている」
「だっぺ!」
もちろんそれは、オーバースが説得して西側に進軍するのを止められた場合の話だ。現在青備えを持っているのはオーバース達五人、パルダーシュのフィリウス以下数名の騎士、リンデンブルグの一部となっている。明らかに不足しているが、そろそろカルデラ湖のオリハルコンも少なくなってきている。もっと湖の深部に潜らなければならないが、今はそれよりも新装備の開発の方に専念したほうがいいだろう。
ヴェルティカが心配そうな顔で言う。
「オーバース様、説得できるかなあ」
「わからん。かなり厳しい状況にあるので、無謀な動きは避けたいのだが」
「それは、そうだよね」
そしてマージも残念そうに言う。
「コハク。恐らくはだいぶ厳しいと思うさね。なによりも王家にも貴族にも面子というものがあるからね、それを潰されて黙って居られるようなもんじゃないのさ」
「非常に非効率的だ」
「なんでもコハクの言うように、効率的に行けばいいんだけどねえ……。むしろ、リンデンブルグを見習ってほしいものさね」
「あそこは、なぜあんなに軽く動くのだろう」
「恐らくは、あの王子が実権を握ってるのさね。あの国が、軍事大国で居られるのは、ウィルリッヒの影響が大きいと見た」
「なるほどな」
「その男が認めた男が、コハクだからねえ。やはり、この地が要になる可能性が高いねえ……」
そしてヴェルティカがパンパン! と手を叩いて俺達に言った。
「さあ! 難しい話は後で! すぐに朝食にしましょう! 寝ていないから、みんな寝不足だと思うけど、寝る前にしっかりと食べてからにしないとね」
そして俺達がドワーフの里に入っていく。すると中には、風来燕達も戻ってきており、デカい魔石を積み下ろししているところだった。
「ボルト。戻ったのか」
「おう。お館様! なんだ、将軍はもういっちまったのかい?」
「国が慌ただしく動いてるようだ」
「きなくせえってことか」
「そういうことだ」
「とにかく魔石を確保してきた。そして、この新型の鎧の性能と装備なんだが、コイツは本当に凄いぜ。俺達だけで、主級を簡単に仕留められるようになった」
「そうか。戦果は?」
「主級四体の、レア魔物を十数体、あとはオーガキングなんかもやれた」
「武器の魔力残量や、魔石の魔力残量をみる」
「おう」
そして俺は、風来燕の装備をチェックした。どの装備も効率よく使っており、魔石の魔力残量は三割ほど。魔導士なしで遠征して来た割には、非常に効率が良いようだ。
「もっと必要な機能があれば聞きたい」
「そうだな。やっぱ、魔導士を連れて行かないと、かなり切り詰めた戦いになるかな」
「それでも、あれだけの魔獣を仕留めたのだろう」
「俺達は慣れっこだからだよ。この鎧を使いこなして来たからな。だが、始めてやる奴や、強化鎧を使った連携ができなきゃもっと手こずるぜ。下手したら死ぬだろうよ」
《戦闘経験のデータをフィードバックしてもらいます》
「よし。その、戦闘経験を騎士団に伝えられるか?」
「もちだ」
「とりあえず休んでくれ。丁度、王都の騎士達に出した上級酒の残りがある。全部飲んでいいぞ」
「ありがてえ!」
「それは僥倖じゃな!」
「ひたすら魔獣を狩った甲斐があったぜ」
そこでヴェルティカが言う。
「フィラミウスも連れて行ってあげて。彼女、ずっと牢獄にかかりっきりだから、だいぶ退屈しているみたいだし」
「分かりました奥方様。そうさせてもらいます」
「よろしくね」
そして風来燕達は、巨大魔石をドワーフに引き渡し、屋敷の方へと向かって行った。すっかり朝日が上がり、リンセコート領の一日が始まるのだった。