第二百五十二話 オーバース将軍の来訪
そして俺の領に、前触れもなく王都からオーバース将軍がやってきた。通常なら書状が先に届くと思うが、かなり迅速な対応を強いられたようで急だった。突然だった故に、青の騎士が出迎える事となる。
門の方が騒がしいので、何かがあったのだと思い、俺が出ていくとオーバースと騎士がいた。
そして俺が言う。
「通せ! 知り合いだ!」
「は! 申し訳ございません」
「仕事はそれでいい。謝るな」
「は!」
門が開くと、ぞろぞろ騎馬を引いた騎士達が入ってくる。俺を見つけてすぐに、オーバースが言う。
「いい教育をしている。だが、王家の紋章ぐらいは覚えさせておくべきだな」
「すまない。門番をしているのは、新しく騎士になったドワーフ達なんだ」
「いや、こちらも急ぎでな。しかし、面白いな。青い鎧でそろえているのか?」
「そうだ」
すると物々しい雰囲気を聞きつけた、ヴェルティカが工場の中から出て来る。先に声をかけたのは、オーバースの方だった。大きな声で陽気に言う。
「おお! 元気そうだなあ! 嬢ちゃん! いや……リンセコート男爵の奥方様!」
「そんなに畏まらないでください」
「そうかそうか。それに、随分と面構えが変わったようだ」
「いろいろと、責任もございますので。ささ、長旅でお疲れの事でしょう。屋敷に皆様でお話しできる場所が御座いますので、そちらへどうぞ」
「そうだな。だが、そこに王都に収められる強化鎧が並んでいるようだ」
「左様でございます。ご覧になりますか?」
「見せてくれ!」
そして騎士達は、魔法陣を掘り終えた鎧を確認していく。そこでオーバースが気が付いたように言う。
「こりゃあ……ミスリルか?」
「それも含んでいる。魔力の伝達効率がいいらしい」
「そうか……やはり、敵の対策か?」
「そうだ。それも含めて話がある。そちらから来てもらって良かった」
するとオーバースは、俺の耳に口を寄せてこっそりいう。
「おまえ。”あれ”に何かしたな?」
《あれというのは、黒曜のヴェリタスを飲ませた敵兵の事でしょう。いったんは認めずに》
「ここではなんだ。屋敷に」
「わかった」
そして俺達はオーバースと騎士達を連れて、屋敷の迎賓館へ向かって行く。ヴェルティカとメルナも連れていくことにした。そして俺は、途中で訓練中の騎士団のところで口笛を吹く。
ピィー! 一目散にレイがやってきて、直ぐに深く礼をする。
「これは! オーバース将軍!」
「お前は確か、パルダーシュの騎士だな」
「覚えておいででしたか」
「もちろんだ。パルダーシュの数少ない生き残り。忘れるはずが無かろう」
「ありがとうございます」
そして俺がレイに言った。
「オーバース将軍に説明をする。同席してくれ」
「は!」
俺達がそのまま迎賓館に行くと、メイド達が慌ただしく動き出した。応接の間に入り、オーバースがドカッと腰を下ろしたところで、俺の方から、オーバースに聞いてみる。
「軽く酒でもどうだろうか?」
「酒? コハクが飲むのか?」
「いや。当家で作った酒があるんだ。それの味見をしてもらいたい」
「おもしろい」
そしてオーバースと騎士達に杯が配られ、そこにメイド達が上級酒を注いだ。とくとくと注がれる琥珀色の酒を見て、騎士がオーバースに言う。
「任務中ですが……」
「堅い事言うな。男爵様がご馳走してくれるのだ」
「「「「は!」」」」
皆に注がれたのを見て、グラスを合わせ口に運んだ。
「な!」
「これは!」
騎士達が顔を合わせる。次にオーバースが俺に聞いて来た。
「この酒は、ここで作ったのか?」
「そうだ」
「こんないい酒は、王室でもそう巡り合えるものじゃないぞ」
「そうなのか?」
「間違いなく王室御用達になる」
「別にそれを望んではいない。たくさん売れれば資金が入る」
「くっはははは。おまえらしい」
「では、本題に入ろう」
俺がそう言うと、騎士達が苦笑いして顔を合わせた。俺は、何かおかしなことを言ったのだろうか。
「気を悪くするな。コハクが単刀直入過ぎるから、みなが面食らっているのだ」
「そうか」
「で。王都によこした二人。あれはラングバイ辺境伯の騎士らしい。だがこの領の周辺で、貴族狩りをしようとしていましたと、自首してきやがったんだよ」
「なるほど。それは良かった」
「何が良かっただよ。先にシュトローマン伯から先触れがあったから良かったものの、何も考えずに処刑されて終わりだったぞ。ありゃ、お前が差し向けたんだろう?」
「さて、どうだったか?」
「ま。上手くいってるんだからいいけどな」
そう言って酒を煽り、ドンとテーブルに置いた。騎士達も一斉に酒を飲み干して、テーブルに置いて真面目な顔をしている。
「で、コハクは、何を知っている?」
そこで俺は周りの騎士達を見た。するとオーバースが、続けて俺に言う。
「信頼できる奴らだが?」
「分かっている。だが、それはオーバース将軍の判断で行ってほしい」
「わかった。おい! 貴様ら、席を外せ」
「「「「は!」」」」
ヴェルティカが騎士達に言う。
「ではこちらへ」
「レイは、騎士達に軽く説明をしてくれ」
「は!」
そうしてオーバース以外が席を立つ。皆が出て行ったのを見計らって、俺がマージに言う。
「皆出て言った」
「そうかい」
「どうも、賢者様」
「良く来てくれたね将軍」
「国を揺るがす一大事、大臣達の決め事なんて待ってられませんよ」
「そいつはよかった」
俺はオーバースに、現在までの事と黒幕の未知の敵の事を全て話した。冷静に聞いてはいるが、かなり心拍数は変化しているようだった。そして天井を仰ぎながら、ふうとため息をつく。
「恐ろしいことになってんなあ……」
「そうさね。かなり、危険な状態である事は間違いないようだよ」
「ですねえ」
「一刻を争う事態なんだが、どうかね? 王宮を動かす事は出来そうかね?」
「出来そうも何も、本当なら強引にでも動かさねば、国が亡びるでしょうなあ」
「話が早いようだね」
そして前のめりになり、俺に聞いて来る。
「だが、コハク。手はあんのか?」
「わからん。だが、あの未知の敵を相手できるのは、俺か俺の騎士だけかもしれん」
「強化鎧をもってしてもか?」
「他言無用だがいいか?」
「誰にも言わん」
俺の方もオーバースの顔に近づけて、ボソリと話を始めたのだった。