第二十四話 魔物が絡む国の情勢を知る
俺はこの世界に来て気が付いた事がある。ノートリートメントは感情にバラツキがあり、一定では無いという事だ。俺が最初にこの世界に来た時は、奴隷商の牢屋に裸で倒れていた。奴隷商で俺の扱いは『物』であり、前世のAI時代と何ら変わらずむしろ普通に受け入れられた。だが人と接するにつれて、変化が現れて来たのである。
俺が最初に奴隷商人以外と接触したのは、奴隷の男であった。そいつは最初は俺に敵対心を持っていたが、一緒の奴隷暮らしをしているうちに対応が変わった。最後には良い人に買われると良いな、という気遣いの言葉までかけてきた。
そして次に接触したのはメルナだった。最初ばボロボロで男か女かも判別がつかなかった。俺はメルナとの接し方が分からず、あまり声をかけないようにしていた。だが俺が奴隷として売られるときに、道連れで連れてきてからは突然俺に懐くようになる。最初の頃は触れてくれるなと言わんばかりに拒絶していたのに、そこからは急激に俺にくっつき始めたのである。
その次に接触したのはヴェルティカだった。俺を高額で買い取ってくれた上に、メルナまで一緒に連れて来てくれた。最初はとても他人行儀で一定の距離を保っていたのだが、この都市に来るまでの道中と来てからの対応がまるで違う。何故かより一層、俺に親しく近づこうとするようになった。特に父親との話し合いの後に、その傾向は強くなり今も隣で飯を食っている。
次に接するようになったのはビルスタークである。奴隷として買われて帰るまでの道中は、むしろお嬢様に買われた『物』として丁寧に接してくれていたように思う。だが俺が騎士の訓練場でアランと仕合って、勝ってからは途端に信頼を置くようになったのである。俺はただアイドナ(素粒子ナノマシンAI増殖DNA)に従って勝っただけで、信頼されるような事は何もしていない。更に暴漢を退治してからは、特に俺に対する信頼度が上がったように思う。
不思議だった。俺は自分の生存確率を上げるために暴漢と戦ったに過ぎない。だが彼らの俺に対する感情は様々で、ヴェルティカは助けてもらったと言いビルスタークは街の平和を守ってくれたと言う。
そこで気が付いた事は、彼らは人の行動を見てそれを評価し、その事で俺に対しての扱いを変えていると言う事。AIの世界では可も不可もない、一定の意識共有で皆が似た考えを持ち、評価が変動する事も無かった。それがこの世界では感情が大きく影響しており、人の行動に伴ってその考え方に変化が起きるようだ。先ほどまでは店の女将や、従業員の女達もそれほど笑いかけて来なかったが、暴漢を追い払ってからはチラチラと見て微笑みかけてくれる。
そして俺の前で、ヴェルティカとビルスタークがさっきの暴漢の話をした。
「しかしビルスターク。貧困街でもないと言うのに、先ほどのような輩がいるのですね」
「最近は少々増えてきました。どうやらよそから来て、この土地の事情が分からぬ者が多いようです」
「やはり増えているのね」
「過疎の村などが魔獣に襲われる事もあるようで、田舎の荒くれ者があぶれて都会に出てきているみたいです。恐らくは他領の人間ですね」
「素養が無いからあのような事に…」
「どうしたものか頭を抱えます。お館様からも取り締まりを厳しくするように言われているのですが、商人なのか冒険者なのか荒くれ者なのか見分けがつかないのですよ」
「やはり、魔物が出没している事で治安の悪化にも繋がってるのですね」
「はい」
何か事情があるようだ。
《情報を得ましょう》
わかった。俺がヴェルティカに聞いた。
「前はそうじゃなかった?」
「ええ。それほど魔物は活発ではなく、経済や治安に影響を及ぼすほどでは無かった。でも最近は環境が変わり、魔物が頻繁に人の領域に出るようになったのよ。私達が王都の帰りにトロールに襲われたのがいい例ね。中央の王都ではまだそれに気が付いていないの」
「なぜ魔物が活発化した?」
「それが分からないのよ。ばあやは何か良からぬ事が起きる前兆だと言っているわ」
「魔物をおさえる事は出来ないのか?」
「まずは冒険者ギルドの仕事かな。調査して原因を突き止めて、手に負えなければ領主に依頼が来るはず。だからいろんな人を受け入れているのだけど、さっきみたいな荒くれ者が混ざるのよ」
「なるほど」
《どうやらこの社会なりのルールがあるようです》
合理的に考えれば、行政や全ての人間がそちらに向かった方が良いと思うがな。
《経済と治安を優先させるなら、それが最善策です》
前の世界ならトップAIが命じて、一日もあれば全てがそちらを向くがな。
《はい》
だが俺にもアイドナにも分かっていた。メルナやヴェルティカ、そしてビルスタークを見てもわかる。この世界の人間は一日では変わらないのだ。ネットワーク共有のような伝達手段がないため、人はすぐに人を信用する事が出来ず、何かを成すにしても回りくどく遅い方法しか取れないのだろう。まして、この土地の領主が病で伏せっているとなれば、リーダーシップもとれはしまい。
ビルスタークが言う。
「一日でも早く手を打った方が良いんだが、都市が大きくなるといろいろ根回しが大変なんだ。コハクの言いたいことは分かるが、物事には順番があってだな」
「そのようだ」
「飲み込みがいいな」
ビルスタークは苦笑いをして会話を止める。俺に言い聞かせようと思ったようだが、俺を見て完全に理解したことが分かったようだ。
「人が多くて活気づいているように見えるのは、行き場のない人達が集まってきているからなの。彼らの生存領域を守るのも、領主の仕事なのだけれど。他の地域の領主は力も無くて身動きが取れないし、こちらから勝手に手を出す事も出来ない。出来れば正式に小さな領から依頼が来ると良いのだけれど」
「まずは、マージの話が気になる」
「あら。なら帰って聞いてみる?」
「ああ」
それを聞いたビルスタークが女将に言う。
「女将。お勘定だ」
「結構です。先にも言いましたが、店を守ってくださったお礼です」
「そうか。なら兵士に言っておく、この店の料理は美味いから皆も利用しろと。兵士にいっぱい飲ませて金をとれ」
「ありがとうございます」
そして俺達は店を出る。ビルスタークと二人の騎士は、まだ巡回が残っている為そこで別れた。
「コハク、他に見たいところある?」
俺は考える。今の話を受けて、知っておきたいことがあるからだ。
「もう一度、冒険者ギルドへ」
「いいわ。さっきの話を聞いて興味が出た?」
「荒くれ者の対処方法も分かったから、何かあれば身を守ることぐらいは出来そうだ。それよりも魔物の情報が見れるのだろう?」
「もちろんよ。というか、じっくり調べたいなら私の身分を窓口で明かすわ」
「大丈夫なのか?」
「コハクが守ってくれるってわかったから」
「なら行こう」
そして俺達は再び冒険者ギルドに足を向けるのだった。