第二百四十八話 敵の刺客を逆手に取る作戦
捕らえた一人を引っ張り、村に戻ると直ぐにレイが駆け寄って来る。
「お館様。ご無事で!」
「北西の森の奥に煙が上がっているが、そこに大量の死体がある」
それを聞いて、サムスが言った。
「お館様。きちんと弔いませんと、スケルトンになるやもしれません」
レイも重ねて俺に聞いて来た。
「敵は多くいましたか?」
「いた」
「処分を?」
「全て殺した」
「なら魂が集まり、骨に定着するやもしれません」
「そういうものなのか?」
「戦場では、そう言う事が起こりえます」
「なるほど」
《やはり概念的な物ではなく、魂がこの世に存在しているという事ですね》
マージや、黒曜のヴェリタスがそれを証明しているからな。
《生体動力のような物かもしれません》
そうか。
レイがさらに言った。
「ですが……この領地周辺に教会が無いようです」
「教会?」
「聖職者を呼びませんと」
「一度、マージに聞いてみる必要がありそうだな」
「は!」
そしてレイが、俺の後ろに立っている奴を見て言う。
「その者は?」
「これはこれで使い道がある」
「わかりました!」
怯える男を連れて、俺はドワーフの里へと入って行った。ドワーフたちがせっせと働いているのを、そいつはきょろきょろと見渡している。
「中は、こ、こんな風になってたのか……」
「ここかドワーフの里だ」
「本当にドワーフだらけだ……」
「これが知りたかったのだろう?」
「それは……」
「まあいい」
本館に付くと、ヴェルティカが駆け寄って来る。
「コハク。怪我は?」
「問題ない。懸念される事は処理済みだ。だが賊を連れてきたからな、ヴェルティカは入るな」
「わかったわ」
すると、震えながら男が俺に聞いて来る。
「ど、どこにいくので?」
「いいからこい」
そうして俺は、誰も使っていない館にそいつを連れていく。先の三人は既に仕込み終わっているが、俺はコイツにもじっくり聞く事があった。だが、もう一つ確かめたいことがある。今まで黒曜のヴェリタスは服用させて利かせていたが、血液に直接入れたらどうか? とアイドナが言ったのである。
ガン!
「うっ!」
部屋に入り次第、そいつの意識を刈り取り床に寝かせる。そして俺は懐から、黒曜のヴェリタスが入った瓶と、回復薬の入った瓶をテーブルに置いた。
《始めましょう》
よし。
俺はナイフを取り出し、スパンと男の太ももを斬る。血が流れて来るが、そこに黒曜のヴェリタスを一滴たらして、直ぐに回復薬をかけて傷を塞いだ。
パン! と頬を叩いて起こす。
「う、うう……」
「起きろ」
「はい」
目がとろんとしている。
「俺を見ろ」
「はい」
少しずつ焦点が合い、俺を真っすぐに見ている。
「おまえはどこのどいつだ?」
「ハイデン公爵の甥である、セグルス・ハイデン伯爵様の騎士にございます」
《なるほど、ラングバイ辺境拍とはまた違う貴族ですね。公爵の一派なのでしょう》
やはり、敵勢力という事か。
《そのようです。恐らく先に捕らえた者とは別でしょう》
そして俺は男に向かって言う。
「ここに来させられた理由は、はっきり分かっているのか?」
「リンセコート領を見張り、村の繁栄の邪魔をして、領主の暗殺が可能であればやることです」
「なるほど。他には?」
「わかりません」
「他に入り込んでいる者は?」
「わかりません」
「そうか」
《極力情報を入れていないようですね》
何故だ?
《捕らえられれば、情報が漏れるからでしょう》
黒曜のヴェリタスの存在を知らないのだろうか?
《マージとヴァイゼルしか知りえない、機微な情報のようでした》
そうか。
《いずれにせよ、この個体も使えますね》
そうだな。
そして俺はそいつの縄を解いて言う。
「ついてこい」
「はい」
そいつを引き連れて、メルナとマージのところへ行く事にした。部屋を出ていくと、ヴェルティカが帳簿をつけていたので聞いてみる。
「ヴェルティカ! 他に困った事は?」
「今のところは大丈夫よ」
「何かあったらすぐに言ってくれ」
「わかったわ」
その足で、アヴァリを閉じ込めている護送車のところに向かった。するとそこには、メルナとフィラミウスと護衛の青の騎士が三人ほどいて、俺を見たメルナが声をかけて来た。
「コハク!」
「スマンがメルナ。マージに聞きたいことがあって来た」
「ん? その人は?」
「賊だ。もう俺を裏切らないから安心して良い」
するとマージが言う。
「怖いねえ。また飲ませたのかい?」
「あれは有効に使う」
「まあ、あんたに託したからね。それで、なにかね?」
「森にも、賊に化けた騎士団がいたんだが全部殺した。ビストがスケルトンになると言っている」
「ああ、大量に殺したのかい」
「そうだ」
「なら、ワイアンヌに言いな」
「ワイアンヌに?」
「あれは、一応聖職者さね」
「そうなのか?」
「そうだよ」
「ありがとう。ここで何か困った事はあるか?」
「ないね。魔法薬もたっぷり用意したし、メルナとフィラミウスが交代で魔法をかけ続けてるよ」
そして俺は、三人の青の騎士に言う。
「万が一は、俺を呼べ」
「「「は!」」」
そして俺はそのまま、アーンの工房へと足を向ける。工房に入ると、アーンの後ろに立って作業をみているワイアンヌがいる。
「これはお師匠様! なんだっぺか!」
「用があるのはワイアンヌだ」
「わたしでございますか?」
「ああ、学び中に申し訳ないが、やってもらいたい事がある」
「何なりとお申し付けください」
「実は北東の森で、大量に賊を殺した。スケルトンにならないようにしたい」
「わかりました。では、祈りを捧げましょう」
「来てくれ」
「はい!」
俺はそのまま、レイがいる村へと戻った。レイは村人を集め、いろいろと指導しているところだった。
「お館様」
「どんな感じだ」
「恐れずに、騎士団に困りごとを申し入れしてもいいと教えております」
「それが良い」
「は!」
「この村の人達は、自分達は蚊帳の外にいるのだと思っているようなんだ」
「それを説明をしました。領に住んでいるのだから、今後は税を徴収する事を伝えてます」
そして俺は、集まった村人たちに言う。
「良く集まってくれた! 税収に関して何かあるか?」
すると一人の男が前に出る。
「いえ。元居た領よりも僅かな税収でございますので、大変助かります」
「分かった。そのかわり、騎士がここを守る事になる。不穏分子が居たら、直ぐに教えてほしい」
「わかりやした」
そして俺はビストに向かって言う。
「ビスト」
「は!」
「ワイアンヌは聖職者だ。森に行った騎士団のところに連れて行ってくれ」
「は!」
「ワイアンヌ。よろしく頼む」
「わかりました」
そして話が終わり、俺はレイにいう。
「コイツは、ハイデン公爵の甥、セグルス・ハイデン伯爵に仕える騎士らしい」
それを聞いてレイの顔が曇った。
「また別な騎士ですか……」
「どうやら、一人二人の貴族がやっているわけではなさそうだ」
「そのようですね。やはり、国が二分しているためでしょうか?」
「恐らくはそうだ。騎士達は、各地に暗殺の為に、ばら撒かれたらしい」
「王宮に伝えませんと」
そこで俺は捕らえた男を見て言う。
「こいつらがやる。身内に犠牲が出てはもったいない」
「えっ……賊に化けていた奴にやらせる?」
「大丈夫だ。全て俺が指示を出す」
「裏切りませんか?」
「大賢者は絶対に、ないと言っていた」
「大賢者様がおっしゃるのであればそうなのでしょうが」
「そこで、どうするか相談をしたい。作業が終わったら、隊長の三人は俺のところに来てくれ」
「は!」
そして俺は次に、三人の囚人を見張っている風来燕の元に行く。そしてボルトがもう男を見て言う。
「増えたな」
「そうだ。もう少し、敵兵を捕らえても良かったが、薬がもったいない」
「ちげえねえ」
それから、あちこちで指示を出し歩き、日が落ち始めて暗くなっていく。すると俺や風来燕がいる屋敷に、青の騎士達やワイアンヌも戻ってきたのだった。それぞれが俺に促されて、席に座った。
「みんなに、これからの事を伝える」
「「「は!」」」
「捕らえた四人を使って、情報を流していく。ラングバイ辺境伯領、ハイデン伯爵領にこちらに都合のよくなる情報を流す。その為の施策を伝える」
「「「は!」」」
そして俺は、アイドナが計画した、捕らえた者達を利用した情報かく乱策を話し始める。皆はそれを真剣に聞き入り、やはり何度か裏切りの心配をする声が出た。だがそこで、ワイアンヌが発言をした。
「恐れ入ります。領主様」
「話せ」
「プレディア様に代わってご説明を差し上げますと、その四人は既に別人と言ってよいかと思います。そして主の命令に背く事は殺されてもありません。魂が主と認識して、完全に裏切る事の無い主従関係を持っているのです。ですので、裏切りはあり得ません」
皆が静かになった。何か水をうったような静けさになる。
「ワイアンヌのいうとおりらしい。だから、身内に被害を出さぬように、アイツらを使う事にする」
「わかりました。それではその方向で参りましょう」
レイが話を締めて終わる。
《順調です》
何故だろうか? 今のアイドナの言葉に、俺の心の奥底が冷たくなるような感じがした。
だが、もちろんあの薬を使わねば、他に影響が出る事はない。その為、俺は特に気にせずに計画の実行を指示するのだった。