第二百四十三話 暗躍する敵勢力の情報
とろりとした表情の男達の焦点が合って来た。クルクル回っていた瞳が真っすぐに俺を見据える。
《マージが言うところの魂への定着です》
黒曜のヴェリタスが入ったという事か。
《試してみましょう》
わかった。
俺は三人をくくりけている縄を切り、反応を見てみる。特に逃げ出す事も、騒ぐ事も無く俺をじっと見ていた。
「立て」
三人はすくっと立ち上がった。
《心拍の変化なし、素直に従っています》
犬の鳴き声をしてみろ。
「ワン!わんわん!」
「キャン!ワンワン!」
「ウー!ワン!」
それを聞いて、ドアがノックされた。
「大丈夫? コハク!」
「入っていいぞ」
ヴェルティカとレイたち、そして風来燕の三人が入って来た。
「縄を解いたの?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
するとレイや風来燕達が、顔を合わせて頷いた。
「飲ませたのですね」
「そうだ」
皆が目の前の奴らを見つつ、憐れむような顔をした。そしてボルトが言う。
「して、どうする?」
「これから尋問だ。俺を通して何でも聞ける」
「そうかい」
するとヴェルティカが開口一番言う。
「騎士なのよね?」
「騎士だな?」
「「「はい」」」
「間違いないようだ」
「なら、誰の配下か聞くのが早いわね。明らかに盗賊なんてさせてるのはおかしいし、何かの企みがあっての事だから」
「誰の配下だ?」
「「「ラングバイ辺境伯様です」」」
それを聞いてレイが目を丸くする。
「なぜ、西の辺境伯の兵があんな所にいるんだ」
「なぜ、お前達はあんな所にいた」
「「「偵察及び、貴族を襲って殺すためです」」」
それを聞いて全員が顔を合わせる。そしてヴェルティカが目を丸くしながらも、俺に言う。
「ならば、直ぐに王宮とお兄様に知らせないといけないわ!」
皆が頷く。
アイドナが俺に言った。
《他の地域にもいるかを聞いてください》
「お前達のような奴は、他にもいるのか?」
「「「います」」」
それを聞いてレイが言う。
「それはそうでしょうね。あそこだけに置いてもあまり意味がない」
「なるほど」
そして俺はヴェルティカに聞いた。
「こいつらが貴族を殺していけばどうなるんだ?」
「弱体化するわ。その領地の統治がままならなくなったり、葬儀などの手配などもあるし。だけどこの場合は行方不明になるだろうから、しばらく無統治の状態になるわね」
俺が頷く。するとビストが言う。
「お館様。戦争ならいざ知らず、国内でこっそりと貴族が殺されて行けば、国として機能しなくなってしまいます」
「なるほど、それが狙いか」
「そうでしょうね」
するとそれを受けてレイが、苦い顔をして言う。
「内側から国を弱らせるには、恐ろしく有効的な手段かと思われます」
「深刻だな」
それにヴェルティカが答える。
「そう。だからこそ、一刻も早く王宮とお兄様にお伝えしないと」
そこでボルトが言った。
「奥方様。それはそうなのですが、こいつらみたいなのがあちこちに居るとなると、書簡もそう簡単に届くか分かりませんぜ」
「そうか、そうよね……」
そして俺はもう一度、そいつらに聞いた。
「お前達は貴族を殺したか?」
「「「はい」」」
それを聞いて一気にざわつく。
「だれだ?」
「「「男爵の子供を二人。準男爵を一人とその伴侶を一人」」」
どうやら既に被害にあっている奴がいるようだった。かなりの深刻な状況に、皆が沈黙し俺が何を話すかを待っている。
「かなり危険だと言う事だな。それならば、青の騎士が書簡を運ぶしかないだろう」
全員が頷いた。
「あなた、この者達は?」
「使う」
「使う? 裏切るんじゃ?」
「それは絶対にないらしい。マージが言っていた」
「そうなの? まあ……ばあやが言うならそう……なのね……」
そして俺は捕らえた者に言う。
「お前達の主の他に、誰が関与しているか分かるか?」
「「「わかりません。命じられてきました」」」
「おかしいとは思わなかったのか?」
「思いました」
「「逆らえば家族が殺されます」」
違う答えが来た。
《一人は独身。二人は家族持ちです》
なるほど。きちんと正確に判断は出来ているようだな。
「つづけてみよう」
そして俺達はそいつらに尋問を続けた。だが、自分達が命ぜられてきた事と、やる事だけを覚えていて、どんな奴らが関与しているかまでは知らないようだった。かつ、なぜ貴族を殺すのかも理由を知らずに、仕方なく来たという事は分かった。
それを聞いてレイが言う。
「こやつらも、被害者という事でしたか」
「そのようだ。帰せば殺されるのだろう」
「そのようですね」
一通りの尋問が終わったところで、俺達はそいつらを連れて地下室を出る。そのまま倉庫を通って上に上がり外に出ると、ドワーフたちがせっせとアヴァリの牢獄を作りはじめていた。
「早いな」
「んだっぺ!」
ドワーフの一人がはつらつと答える。とても素直でいいやつらだった。
すると里の門の方から、屋敷の執事が慌てて走って来た。
「奥方様……あ! お館様!」
「どうした?」
「書簡が届きました!」
手渡されたので、俺がそれを広げてみる。そしてそれをヴェルティカと一緒に目を通すと、少しばかりマズい話が書いてあった。
「シュトローマン伯爵がいらっしゃる。しかも奥様と一緒に」
「こんな時に……」
「あなた。先に早馬で知らせた方がよろしいです」
「そのようだ」
それを聞いていたレイが言う。
「恐れながらお館様。馬であれば、ジロンを差し向けてくださいませ」
「なぜだ?」
「パルダーシュで一番の馬の名手です」
「よし。重装備で向かわせよう! 馬のオリハルコン鎧を用意する。直ぐに屋敷に!」
「「は!」」
帰ったそうそうに、直ぐに動き出さねばならないほどの出来事だった。そして俺が皆に言う。
「捕らえたこいつらに、王城で話をしてもらおう。それが一番早い」
「そのようです。こいつらも可哀想ですが、やってもらうしかありません」
「一刻を争う。だが、アヴァリを放り出して俺は動けない」
「確かに」
そこにメルナがやってきた。そしてマージが言う。
「コハクの言う通り、あれを放っていくのは危険さね」
「ああ。なるべく急いで対応しなければならない。アーン!」
「なんだっぺ!」
「重機を使う。アーンの頭に入ってる、牢獄の製図を書けるか?」
「わかったっぺ!」
「直ぐに取り掛かってくれ」
「すぐやるっぺ!」
そう言ってアーンは自分の工房へ走って行った。だがそこに居たワイアンヌがポツリという。
「伝書鳥を使えます」
俺達がワイアンヌを見る。すると、マージが答えた。
「なるほど。それはいい」
《どうやら何か伝える術があるようです》
そのようだ。
俺達は一気に厳戒態勢に突入してしまったようだ。するとヴェルティカが俺に手招きをする。
「旦那様……ちょっと」
「ん?」
「ちょっと話があるの」
「ああ。みんな! 直ぐにとりかかってくれ!」
「「「は!」」」
そして俺は、捕らえた連中に言う。
「お前達はついてこい」
「「「はい」」」
そして俺とヴェルティカは、本館のヴェルティカの執務室へと向かった。そしてヴェルティカが三人を見て、俺に目を向けた。
「ちょっと、不安だわ」
「わかった。お前達はここで待て」
「「「はい」」」
俺とヴェルティカが執務室に入る。そしてヴェルティカが奥に行き、俺に座るように促した。そのまま椅子に座り、ヴェルティカが隣に座る。
「ごめんね、帰った早々」
「いや。こんな状況になってしまったのは、敵のせいだ」
「それはそうよね。それでね、なんとなく心配になったの」
「なにをだ」
「あの三人に何をしたの?」
そして俺はマージから聞いた、黒曜のヴェリタスの事を伝える。それを聞いて驚いた顔をしていたが、ヴェルティカは深く頷いた。その上で、俺に言う。
「騎士が盗賊に化けている状況だとすれば……下手をすれば、もうリンセコートにも潜り込まれているという可能性はないかしら?」
《あるでしょう》
「あるかもしれん」
「今は、青の騎士達が目を光らせているから、特に何も起きてないけど、なんとなく最近の商人の流れとか辿り着いた人々に、違和感がない訳じゃないのよ」
「詳しく聞かせてくれ」
そして俺はヴェルティカの心配事を聞き始めるのだった。