第二百四十二話 捕えた者達の処遇
俺達が最初に驚いたのは、ドワーフの里が更に高い塀に囲まれていた事だった。まるで城壁のような壁が聳え立ち、入り口にも厳重な門がこしらえてあったのだ。一ヵ月も経っていないのに、ここまで変わるとは思っていなかった。俺達を見て、門番の強化鎧を着たドワーフが開けてくれる。
物々しい雰囲気になっており、里の中の建物もかなり強化されたように見える。
「お帰りなさい!」
ひときわ大きな屋敷の扉が開いて、ヴェルティカが出迎えてくれた。
「戻った」
何故か、ヴェルティカは目に涙を湛えており、俺の腕にしがみついて来た。
「無事でよかったわ! 当初の予定の倍の日程だったから、何かあったのだと思って」
「大丈夫だ」
そのやりとりを見ていた、レイとビストが膝をついてヴェルティカに頭を下げる。
「申し訳ございません! 我々が不甲斐ないばかりに、お館様に手間をとらせてしまいました!」
「それでも、お館様のおかげで我々は戻ってこれました!」
するとヴェルティカは泣き笑いしながら言う。
「いいのよ。分っています」
「「は!」」
その脇に居た風来燕達も、頭を下げてヴェルティカに言う。
「それを言うなら、俺達もでさあ……。もっと自分らに力があれば、こんなにかからなかった。ほぼ全てをお館様に、お願いした結果がこれなんでさあ……」
「ふふっ。みんなも元気で戻ってきてよかったわ」
「ありがとうございます!」
だがそこで、マージが言う。
「ヴェル。感動の再会のところ悪いんだけどねえ。まだ、ちょっとばかし野暮用があるのさ」
「野暮用?」
そこで俺が言う。
「未知の敵を捕縛して連れてきた」
「!」
ヴェルティカが青い顔をして絶句している。王都で恐ろしい目にあったのだから、それは仕方のない事だった。
「だが、今は闇魔法でなんとかなっている」
「うん……」
鉄の護送車を指さすと、ヴェルティカはそれを見て俺の陰に隠れた。
「大丈夫だ。だがこれからが厄介でな、そいつを俺達は研究しようと思っているんだ。それには堅牢な牢獄が必要になって来る。そこで、ドワーフたちと相談がしたい」
「わかったわ」
すると一緒に来た、アーンが言う。
「奥方様! ドワーフを呼んで下さったら、ウチが話をするっぺ!」
「ええ」
そうしてすぐに、ヴェルティカがドワーフたちを呼んで来た。そこで、敵の強さを知っているアーンが、牢獄の作りや強度を説明し始めた。場所は監視の利くドワーフの里のそば、地下にどのくらいの深さにするかや、壁の厚さなどを話す。
「「「「分かりました!」」」」
「ぼやぼやしてられないっぺ! 魔導士の少ないこの領で、アレを捕獲しておくためにはいろんな細工が居るっぺよ!」
「「「「はい!」」」」
一人のドワーフが、アーンに建築場所を伝えてきた。
「いいっぺ! そこに決めて、直ぐに着工するっぺよ!」
「「「「おう!」」」」
そしてドワーフたちが、さっさと動き始めた。
アーンが俺に言った。
「数日。三日もあればある程度は形になるっぺ!」
「わかった」
マージが言う。
「しばらくはこの鉄の馬車に幽閉するしかないねえ。メルナとフィラミウスで結界と、闇魔法をかけ続けなきゃならない。しばらくは、二人はここにいるしかないねえ」
「うん」
「はい」
俺が、もう一度ヴェルティカに言う。
「俺も誰にも知られずにやりたい作業がある。少しの間でいいが、人が近づかないような場所は?」
「あるわ」
「そこを使おう」
レイたちと風来燕が、盗賊に化けていた騎士を運び出して来た。
俺はベントゥラに言う。
「悪いが。集まれるだけのリンセコート騎士団を連れて来て、護送車の警護をさせてくれ」
「あいよ」
颯爽とベントゥラがドワーフの里を出ていく。
そしてその後ろで、ワイアンヌが大きな背負子を背負ったまま、無言で立ち尽くしている。
「どうした?」
「凄いです……ここが、ドワーフの里……」
「そうだ」
「学びの宝庫みたいです」
「そうか」
するとマージがワイアンヌに言う。
「そうだねえ。ワイアンヌ、丁度いいからアーンにいろいろ教えてもらえるチャンスかもねえ」
「天工鍛冶師に? いいのですか?」
するとアーンが言う。
「なーに、うちも見習いだっぺ! お師匠様にいろいろと教えてもらわなくちゃならないっぺ」
「天工鍛冶師がいうほどに、コハク様は凄いのですか?」
「神だっぺ」
「神……」
「そのうち分るっぺ」
「はい」
そうして俺達は、囚人を担いでヴェルティカに案内された地下室へと入って行った。そこは倉庫で、どうやら地下の涼しい場所に芋などを保管しているらしかった。その作物の保管場所を過ぎて奥に行くと扉があり、そこに部屋がある。
「ここは?」
「品質管理センターよ」
「品質管理センター?」
「作物の状況を調べるために、ここにドワーフが作ってくれたのよ」
「そうか」
「給湯室も兼ねているわ。ここで食事をしたりもするから、水もあるし。ただお昼しか使わないし、今は新しい作物も入れてないから使われてない」
「わかった」
そこに三人を降ろす。それを見てヴェルティカが言う。
「この者達は?」
「盗賊に化けてた。ボロ布を着て、下にフルプレートメイルをつけていたんだ」
するとレイが俺に変わって話をする。
「奥方様。こやつらは、騎士団のように隊列を組んでいたのでございます。盗賊に化けて何かを企んでいた者だと思います」
捕えた三人はすっかりやつれており、目の下が黒くなっていた。顔に生気がなく、自分達はもう殺されるのだと思っているのだろう。
そいつらを見ながら俺が言う。
「それじゃあ、全員出てくれ。俺だけでやる」
「「は!」」
「わかった!」
「うむ」
ヴェルティカがそれを聞いて言う。
「私も?」
「そうだ。俺だけだ」
「わかった」
そう言い、皆がこの場所を出ていく。そこで俺はしゃがみ込み、捕らえた奴らに聞く。
「どうだ? 何か欲しいものはあるか?」
「み、水を……」
俺はアイドナの指示で、こいつらに一切の水を与えずにいた。そして、アヴァリと俺達と一緒に詰め込んだ護送車でここまで来ている。一日以上、緊張で汗を流し唇は干からびかけている。
《脱水症状を起こしています》
「よし」
水瓶から杯に水を汲んでいく。三つの杯を並べ、男達の死角になるようにして、懐からだした小瓶から一滴ずつ黒曜のヴェリタスを垂らしていく。
そして、一人の口元に杯を持って行く。
「水だ」
「あ、ああ」
ゴクリゴクリゴクリ。
そして残りの二人にも飲ませると、次の瞬間とろりとした眼差しになる。
マージのいうとおりだな。
《意思の弱い者に、直ぐ効くのは本当のようですね》
シュバーン村の村人グースですら、少し時間がかかったぞ。
《あの者は、村を守るという意思が強かったです》
なるほどな。悪い事だと知りつつ、盗賊まがいの事をしているこいつらに、信念など持ち合わせてないという事だ。
《そうなるかと》
魂にも強弱があるという事か。
《そのようです》
グラグラし始めて、ドサドサと寝転がってしまった。どうやらめまいでも感じているようで、青い瞳がクルクルと回っている。
そのうちの一人の胸ぐらを掴んで起こす。
「お前は俺に逆らえない。俺の言う事は必ず聞く」
「はい」
そして次の奴も次の奴にも同じことを言う。
「はい」
「はい」
入った。
《そのようです。なんと容易い》
恐ろしい薬だ。
《自我を強く持つことをお勧めします》
俺に効くか?
《普通の薬品なら効きません。ですが、これはそれとは違うようです》
気を付けよう。
そして俺はとろんとしている奴らに、尋問を始めるのだった。