第二百四十話 カモフラージュした盗賊集団
リンデンブルグ帝国とエクバドルの国境は、何事も無く通過する事が出来た。どうやらウィルリッヒが根回しをしてたようで、俺達の事を冒険者だと思っていたようだった。
「さて、リンデンブルグよりもエクバドル国内が問題さね」
「その通りだな。また変な見張りがいるかもしれんからな」
「襲撃されて、アヴァリを奪われたりなどしたら大変さ」
「未知の敵に、護送している情報がバレている可能性か?」
「どうだろうねえ? 相手が、普通の人間ならいいんだけどねえ」
関所を抜け、いったん止まって話しているところでドアがノックされた。
「失礼します」
「ワイアンヌかい?」
「はい。プレディア様。この鉄の馬車は目立ちますゆえ、偽装してはいかがでしょう」
「何かあるのかい?」
「だれか、魔力のある人を」
「わかった」
一旦、俺達が下りると、ワイアンヌが大きな背負子から、これまた大きな天幕のような薄い革のシートを取り出した。ばさりと広げると、そこに魔法陣が書かれており、これ自体が大きなスクロールになっているようだった。
「鉄の護送車にかぶせるのを手伝ってください」
そこで、ボルト、ベントゥラ、レイ、ビストが四つ角をもって護送車に薄い革をかぶせる。
「では、プレディア様」
「わかった。メルナや、魔力を」
「うん」
メルナがかぶせた革に魔力を注ぐと、その革が鉄の護送車に張り付いて行った。その出来上がりを見て、俺達は声をあげる。
「おお」
「木の馬車に見える」
「まるで、今日の事が分かってたようだ」
そしてプレディアが言う。
「ワイアンヌは、いろいろと勉強していたようだねえ」
「研鑽を積むように言われておりましたので。木に見えるように書き足しただけですけど」
「いいことだね」
「ありがとうございます」
「これで進みやすくなった」
「出発だ!」
そうしてエクバドル国内に入り、右に行けばパルダーシュ領、左に行けばシュトローマン伯爵領へと向かう分かれ道に出る。ここまでの道も、変哲のない田舎道で問題は無さそうだった。パルダーシュ領とシュトローマン領の間にある、小さい男爵領は全てリンセコート領と取引がある。なのでここの領兵は、俺達の敵にはならないはずだった。
いくつかの村を過ぎ、それほど険しくない峠に差し掛かる。両脇が森になっており、魔獣が出て来てもおかしく無いような道だった。ザワザワと木の葉の音が鳴り、そこを二台の馬車が通り過ぎる。ここを過ぎれば、シュトローマン領に入りその先を左に行けばリンセコート領だ。
そこで、ベントゥラが俺達の馬車に来る。
「どうした?」
「一応、警戒を。何かあるとすれば、ここ。もしくは、リンセコート領の入り口の森だから」
「了解だ」
「じゃ、先に行く」
「わかった」
青い鎧に身を包んだベントゥラが、颯爽と俺達の馬車を追い越して先に行った。木漏れ日が俺達の馬車を照らし、風が吹きすぎて行く。このまま何事もないかのように思えた時、突如としてベントゥラが戻ってきて馬車を止めた。
「コハク! 結構な人数の、人間の集団がいるようだぜ」
「どんな?」
「森に隠れているけどよ。きたねえ身なりを見たところでは盗賊かもしれねえ。気になるのは人数だな」
メルナがビクッとする。盗賊に襲われて攫われ、奴隷になった記憶がよみがえっているのだろう。
「大丈夫だメルナ」
「うん」
「どうするよ。コハク」
「人数は?」
「五十はいるかも」
「多いな」
「ああ」
そこで俺が、マージに聞いた。
「盗賊を殺すとどうなる?」
「いいばかりさ。領兵の代わりに仕事をしたと言って、シュトローマンが喜ぶだろうよ」
「わかった」
そして俺はベントゥラに言う。
「馬を引くのを変わってくれ。俺が護送車をおりて、盗賊を迎え撃つ」
「了解だ」
「ビストが護送車に乗って、メルナとフィラミウスと共にアヴァリを見張れ」
「は!」
俺が馬車を降りる。既に、異変を感じていたボルトとガロロとレイが馬車を下りていた。俺が三人に告げる。
「盗賊だそうだ。アヴァリの見張りにビストとメルナとフィラミウスを置く。馬はベントゥラに引かせる」
「わかった。じゃあ、後ろの馬車は……」
「アーンに馬を引かせろ。鎧を着ているからな。ワイアンヌは馬車の中で待機だ」
すると、ガロロの後に立っていたアーンが言う。
「分かったっぺ! ワイアンヌちゃんは馬車に隠れるっぺ!」
「わ、わかりました」
俺が前の護送車の、ベントゥラに言う。
「ゆっくりいけ。俺達は森を抜ける。馬車はオトリだ」
「わかった」
俺とレイ、ボルトとガロロが、左右に分かれて森に入る。俺達が森を高速で進み始めると、馬車がゆっくりとついて来るように走り出した。馬車と距離を置かないように、一定の距離で進んでいくと、ベントゥラの言うとおりに先に人の気配があるようだった。
「盗賊ですか?」
「敵は五十」
「全部やるのですか?」
「そのつもりだが。三人は捕まえたい」
馬車より先行していくと、どうやら盗賊は道脇の雑木林に潜み襲う算段のようだ。俺達は更にその外側に回り、俺達の馬車が到着するのを待つ。案の定、俺達の馬車が来ると街道にぞろぞろ動き始めた。
だがその動きを見て、レイが俺に言う。
「盗賊ですかね? 変です」
「どう変だ?」
「陣形を取っている? しかも……後ろを見てください」
「後ろ」
「魔導士のように見えます。ボロは着ていますが、杖を持っている盗賊など居ません」
《レイの言葉は正確な物でしょう。騎士団出身なので分かるようです》
「どうみる?」
「魔導士など、小さな男爵領には居ません。それなりの地位がある貴族の兵かもしれません」
「盗賊ではない?」
「騎士崩れでは、あれほどの統率は取れません」
「なら、あまり悠長にやってられんか」
「急がねば、危険かと」
「俺は軍隊と戦うのは初めてじゃない」
「そうでしたね」
「最初に魔導士を殺る」
「は!」
俺達は後ろからそっと、その盗賊集団に襲い掛かっていく。俺はジェット斧を、礼は高周波ソードを振りかざした。俺の斧が二人の魔導士を真っ二つにし、礼の高周波ソードが一人の魔導士を縦に斬り裂く。
「うわ! 敵だ!」
「後ろだと!」
「うわあああ!」
「狼狽えるな! 敵は二人だ!」
だが、俺達の場所の反対側からボルトとガロロが出現し、盗賊たちを紙切れのように切り裂き始める。高周波ソードと爆裂斧の威力は、敵の剣など簡単にへし折った。
「こっちからも敵です!」
「くそ!」
「やれ! やれ!」
隊列などもう意味がなかった。敵の剣がレイやボルトやガロロをかすめようとも、オリハルコンの鎧を貫通する事など出来るはずがない。
《一気に片付けます》
わかった。
《龍翔飛脚、瞬発龍撃、剛龍降臨》
ズドン!
次の瞬間、二十人の盗賊を両断する。やはり、ボロ布の下にフルプレートメイルを着ていた。盗賊であれば、こんなカモフラージュをする必要などない。だがしっかり隊列を組んでいるのがあだとなり、まとめて俺のジェット斧の餌食になってしまう。
もう一撃。
ズドン!
そしてまた十人程度の、カモフラージュしてフルプレートメイルを着た盗賊が真っ二つになった。
そして一人。ズン! と踏みつけて、オリハルコンの片手剣を突き付ける。
既に仲間達が他の残りを制圧し、レイが一人、ボルトがもう一人に剣を突き付けていた。
とりあえず三人を生かしたところで、俺が言う。
「抵抗をやめろ」
なんとそいつは小便を漏らしていた。三人とも、ガチガチとフルプレートメイルを鳴らし、俺達を驚愕の目で見ているのだった。