第二十三話 初めての乱闘
大男はへらへらと笑いながらも、目は全く笑っていなかった。恐らくは、こちらに攻撃を仕掛けようと思っているらしい。AIのアイドナが俺に指示を出す。
《予測演算ガイドマーカーを出します》
すると目の前の男達の、骨格に沿った光のラインが見えて来る。アイドナは既に予測演算を終了しており、敵の動きをマーキングして知らせるつもりだ。すると大男から赤いラインが俺の顔に向かって伸びる。俺はその伸びてきたラインを避けた。
ブン! と男の拳が、俺の顔面があったところを通り過ぎた。どこに攻撃が来るのかを、先に赤いラインが教えてくれるようだ。
「おい! 避けるなよ!」
何を言っているのだろう? 俺がそれに従うとでも思っているのだろうか?
すると赤いラインが三本順番に点滅した。俺はそれを順番通りに避けていく。
ブン! ブン! ブン!
男の剛腕はことごとく空を切り、一つもかすりはしなかった。
だが反撃しないとずっとこのままだぞ。
《単調ですので大丈夫です》
「ちょこまかと!」
大男は怒りに任せて、俺に渾身の右ストレートを放ってきた。
《腕が伸び切ります。肘の外側に左手をあてて時計回りに巻き込むように転んでください》
大男の腕が伸び切ったところで俺は左手を相手の伸び切った肘にあて、そのまま回るように転んだ。
ボギィ!
鈍い音がして、俺の手に何かが折れる感触が伝わって来る。
「うぎゃあ!」
男が転がり俺は後転して立ち上がった。見れば男の腕はあらぬ方向に曲がっているようで、転んだ勢いで折れたらしい。
「いでえ!」
すると後ろにいた男達が、目の前の出来事にあっけにとられながら言う。
「ど、どうした?」
「こ、転んだ拍子に腕をやっちまった!」
「マジかよ」
「こいつをやれ!」
すると後ろの中肉中背の男達が、腰からするりと短剣を抜き出した。それを見た店の女将が叫ぶ。
「あんたら! 店で刃物を抜くのかい!」
危険なので、俺は女将に右手を上げて静かにするようにさせる。
「あんた。危ないよ!」
男達四人は刃物を構えて、俺ににらみを利かせている。
刃物だ。
《問題ありません。アランの木剣のほうが遥かに危険です》
唐突に目の前の男が、俺の胸めがけて刃物を突き出して来た。だが既にガイドマーカーで知らされていたために、俺はそれを難なく避ける。
《腕を掴み、反時計回りに男を振り回してください》
ブン!
男の腕をつかんだ俺は、その勢いのまま男を左に振り回す。
グサ!
「え?」
「は?」
「ぎゃああああああ!」
俺が振り回した男のわき腹に、別の男の短剣が深々と突き刺さっている。
「なんだ! お前が来たから刺しちまったじゃねえか!」
刺された男は、たまらずしゃがみ込んだ。
《しゃがんだ男の顔面を蹴ってください》
ブン!
めきょめきょ!
男の鼻が潰れ後ろに向かってのけぞった。すると仲間を刺してしまった男は、その体がのしかかった拍子に体勢を崩す。
《刺さった剣を抜きざまに、正面の男に体当たりをしてください》
もうアイドナに言われるがまま、刺さった短剣を抜き前の男に体当たりをする。体勢を崩しかけていた男は、そのまま後ろにバターンと倒れた。
《首に刃を突き付けて、動くなと叫んでください》
俺は倒れた男の首筋に、抜き取った短剣を突き付けて言う。
「動くな! コイツが死ぬぞ」
その言葉に、残りの二人が動きを止めた。二人は顔を見合わせて、どうするべきか迷っているようだ。緊迫した状況になり俺もどうしたものかと迷っていると、腕を折られた大男が立ち上がり俺に突進してきた。
「何をやってる! うおおおおお!」
《立ち上がってください》
俺が立ち上がると大男は目前に迫っていた。だがガイドマーカーが俺に真っすぐに照らされているので、俺はそれを難なく避ける。
《おもいきり尻を蹴飛ばしてください》
すれ違いざまに大男の尻を蹴飛ばすと、派手に体勢を崩し柱に顔面を激突させた。
ズルズルと崩れ落ちて、大男は静かになる。
《二名戦闘不能》
どうする?
《剣を突き付けて脅していた男が立ち上がります。椅子を上からかぶせてください》
俺はすぐわきにある椅子を持って、立ち上がろうとする男の体の上に椅子を置いた。
《上に座ってください》
とん。と俺が椅子に座ると、起き上がろうとしていた男がじたばたする。俺は再び顔の前に短剣を突き付けて言った。
「本当に殺すぞ」
それで終わりだった。ならず者らは戦意喪失し動きを止めた。
刺された男の体温が下がりつつあるようだ。サーモグラフィーで血の気が引いているのが分かる。
「その男。早く治療しないと死ぬぞ、連れて医者にいけ」
俺が椅子から立ち上がると、男も立ち上がって刺された男と気を失った大男を連れて出て行った。あの傷を治す医療機関がこの世界にあるか分からないが、俺に治してやる筋合いはない。
すると女将が言った。
「あんた! 強いねえ! あっという間にごろつきをやっつけるなんて」
アイドナの予測演算の賜物だけど。
そして次にヴェルティカが俺に近寄ってきた。
「コハク! 怪我はない?」
「問題ない」
「良かった…」
すると再び入り口のドアが開いた。するとそこにはビルスタークと騎士二人が立っていた。
「暴漢が暴れていると通報が入った!」
だが騎士達は店中を見渡して、俺に目が留まる。
「コハク?」
「ああ」
「それと…お嬢様?」
「ビルスターク。ご苦労様です。暴漢はコハクが撃退しました」
するとビルスタークがキョトンとした表情を浮かべ、それが確信に変わっていく。
「でしょうね。コハクは本気のアランに勝つ男です」
「ええ。とにかく無事よ」
「して…お嬢様は何故に町娘の格好をしておられるのです?」
「あ、ああ。ちょっと街を見物しようかと思って」
「それならば騎士にお声がけください。一人でも護衛に…いや、コハクがいましたか」
「はい」
すると女将が言った。
「丁度よかった。あんたらも飯を食って行ったらどうだい! 店を助けてもらったおごりだよ!」
「いえ、我々は職務の…」
それをヴェルティカが遮る。
「いただきなさい。市民の気遣いを断るものではありません」
「は! わかりました! お前達、飯を貰うぞ」
「「は!」」
一件落着。ビルスターク達は、俺達と一緒に飯を食う事になったのである。