第二百三十八話 隣国の皇子を学習する
黒曜のヴェリタスについて、マージから詳細情報を聞いて欲しいとアイドナに言われた。そこで俺は、メルナとマージと共に、村の周囲に危険が無いか見回って来ると皆に言う。
だが、マージは俺の意図に半分、気が付いていた。
「コハクや。ウィルリッヒの話を聞いて考えているようだねえ?」
「そうだ」
「それで、何が聞きたいのさ」
「黒曜のヴェリタスの事だ」
「だろうねえ……」
そして、しばらくマージは黙っている。俺はメルナをつれて、結界魔法をあちこちに施して行く事にした。村に人がたくさんいて活気づいている時は、魔獣は近寄って来ないが、村人が少なくなり弱っていると分ると近づいて来るらしいのだ。それはパルダーシュでも経験しているので、こんな小さな村などあっという間に飲み込まれてしまうだろう。幸か不幸か、今まではアヴァリが居たから魔獣は近づいてこなかったようだ。
「欲が……出たかい?」
「違う。欲じゃない」
「じゃあなんだい?」
「ウィルリッヒが言っている事は合理的だ」
「そうかい」
そしてまたマージが沈黙した。次の結界を張り終えた時に、マージが言う。
「あれはねえ。人の魂を直接浸食する魔薬さね」
「魂を浸食?」
「そうさね」
《魂ですか……。脳幹か大脳か、そのいずれかの部分に干渉するのでしょうか?》
「魂とは?」
「人にも動物にもあるのさ。生命力の源みたいなものかねえ。いまのあたしが、そのものずばりさね」
《あり得ない現象ですので、解析ができません》
「生命力の源?」
「魂がその人間を、その人間らしくしている、みたいなもんかねえ」
「黒曜のヴェリタスは、その『魂』に干渉するという事か」
「そうさね」
「いつ解毒される?」
「しないのさ。魂に入ったものは、解毒という概念ではぬぐえない。むしろ悪魔祓いをしないと抜けないだろうねえ」
「悪魔祓い?」
「いわゆる。聖女と呼ばれる者の浄化の力さね」
「聖女とは……。どこにいる?」
「国に一人いるかいないかさね。エクバドルにはおらんし、遥か西の国で会った事がある」
「そいつじゃないと、解毒出来ないと?」
「そういうことさね」
「そうか」
「ウィルリッヒが言っていた事を気にしてるんだね」
「もちろんだ。ただ、それを闇雲に使おうと思っているわけでは無い」
「それも分かるよ。狙いは王族だろう?」
「わかるか?」
「そりゃそうだよ。だからこそ、リンデンブルグは王宮魔導士で周りを固めているんだ。聖女の一人もいるやもしれんよ? だが我々のエクバドルにはおらなんだ……」
「そうか」
「じゃが、とても危険な話さね」
「わかっている」
全ての結界を張り終えた俺達は、村に戻り皆の元に行く。丁度ヴァイゼルが、アヴァリに闇魔法をかけているところだった。
「どうした?」
「ちと、ぴくりと動きましたんでのう」
「そうか」
アヴァリをどこで覚醒させるべきか? やはりこの国で監視するのが一番だが、殺してしまった方が良いのかもしれない。しかし俺達には、あまりにも敵の情報が少なすぎた。せめて誰に差し向けられたか、どのくらいの勢力がいるのかぐらいは聞き取りたい。
「黒曜のヴェリタスが効いてくれれば」
そう言うとマージが言う。
「こいつに魂があるのならねえ」
「なるほどな」
《確かにマージの言うとおりです。生命反応はありますが、生体かどうかはわかりません》
どういうことだ?
《製造された可能性も否定できません。再生能力と再生機関については、生物のそれではありません》
なるほど。アイドナの言うとおりだろう。
そしてマージが言う。
「念のため、凍らせてもおこうかね」
「うん」
溶けかかってきていた氷を、更にメルナが上書きして凍らせた。村人たちは既にあちこちの崩れた家を片付け始めており、村は少しずつ回復に向けて動き出している。
そこに空から、スーッと鳥が下りて来る。それは大きな燕のような鳥で、ヴァイゼルの肩にするりと降りた。その足首に筒が括り付けられており、ヴァイゼルはそれを取った。
「さて。殿下はと」
ヴァイゼルが立ち上がる。そこでマージが言った。
「ここは、あたしらにまかせな」
「すみませんですじゃ」
俺がヴァイゼルと共にウィルリッヒを探すと、ウィルリッヒはフロストや風来燕、レイとビスト共に村人を手伝っていた。額に泥をつけて、俺達に手を挙げる。
「どうした?」
「伝書が戻りました」
「どれどれ」
そう言ってウィルリッヒが筒を取り、紙を取り出して広げる。
「おお。伝わったようだ。西の駐屯地から百の騎士が来る。明日には到着するようだ」
「それはよかった」
そこで俺が言う。
「ならば、騎士が到着次第、コイツを覚醒させるか?」
「そうだね。まあ危ないけどね、コハクがいるならどうにかなりそうだ」
「もちろん投げ出したりはしない」
「物資も来るようだから、しばらく村も困らないよ」
それを聞いていたレイが言う。
「うちの国とは大違い。とにかく早いですね」
「その通りだな」
そしてビストが言う。
「帝国が帝国たる所以でしょうね。機動力も兵力も上、戦争になれば圧倒的に負けますね」
それを聞いてウィルリッヒが言う。
「やめてくれよビスト君。エクバドルと戦争しても得るものがない」
するとフロストが言う。
「殿下。それはそれで、失礼かと思いますが」
「あ、いや! 価値がないと言っている訳じゃない。だが、国土を不用意に広げれば管理が行き届かなくなる。そうすれば、困るのは民だからね」
「素晴らしい王子ですな」
「皇帝の受け売りさ」
「ご謙遜を」
そしてウィルリッヒがみんなに声をかけた。
「んじゃ、最低でも、村人たちが生活できる水準まで戻すよ!」
「「「「は!」」」」
するとウィルリッヒが言う。
「風来燕もレイ君たちも、そんな返事はいらないよ。あくまでも、コハク卿の配下なんだからね。しかも、村人の前でそんな風にしないでほしいな」
するとアイドナが言う。
《それだけ人格者なのでしょうね。皆が敬意を払っているようです》
王子だからか?
《そうではありません。王子なのにこんな事をしているからです》
ノントリートメントは面白い考え方をするな。
《人道的な考えを持つ者を、慕う習性があるようですね》
学んでおこう。
俺とアイドナにとっても、ウィルリッヒの行動は学びになった。この世界の事は、この世界の人間から学び取るのが一番だ。ウィルリッヒは、上に立つ者の理想的な考えを持っていることが分かった。
アイドナは貪欲で、ウィルリッヒの素行を逐一記録している。
その日は一日、村の復旧に精を出した。夜通しアヴァリを見張ったが、特におかしな様子は見られず、平和に朝を迎える。
皆が起き出して来て、炊き出しして飯を食う。そんな時だった。
ヒヒーン! と馬の鳴き声がした。
ウィルリッヒが言う。
「おお、来た来た。約束通り」
そして俺達が、村の入り口に行くとズラリと騎士が膝をついている。
「ウィルリッヒ殿下! 総勢百名ただいま到着いたしました!」
「あー、夜通し走って来てくれたんだね。丁度、朝飯を食っていたところだ、君らの分も余分に作っていたからどうかね?」
「いただきます!」
そして騎士達がぞろぞろと村に入って来る。そして騎士の一番偉そうな奴が言う。
「コイツは酷い。龍でもでましたか?」
「もっとひどい。だけど、隣の国の英雄さんがねじ伏せてくれた」
そう言ってウィルリッヒが俺を見る。すると騎士達が、ざっと俺に頭を下げる。
「我が国の民のために、ご尽力いただきありがとうございます!」
「いや。大したことじゃない」
「いえ! 龍より強いものなどが出たら、この村など跡形もなかったでしょう。こうして村人が残っているのは、あなた様の尽力の証でございます!」
「とにかく、早く村人を助けてくれ」
「「「「は!」」」」
今度は敵の国の騎士達が、俺に敬礼をする。
そして皆が集まり飯を食い始めた。俺が離れた所にいると、レイがボソリという。
「素晴らしいです。わが国で、田舎騎士があそこまで礼節を重んじる事が出来るかどうか」
「どうやら、国ごとに違いがあるようだな」
「恐らく。あの王子か父上が人格者なのでしょう。うまく統治しておるようです」
「そういうことか」
「はい」
《学習しました》
随分貪欲に、隣国の王族を学んでいるな?
《今後の為に》
ウィルリッヒは優秀と言う事か?
《そうです。器が大きい。という表現をマージが使ってました》
器?
《はい。あれぞ、立派な王になるであろう。などと言っておりましたので》
王か……。
《良い模範がいたものです》
なるほどな……。
そしてそれから、騎士達に復興の引継ぎを行う。
それを尻目に、俺達は早速鎧を着こんだ。そしてリンデンブルグの騎士達が持って来た、鉄の護送車に凍り付いたアヴァリを入れ、俺とヴァイゼルとメルナとフィラミウスが乗り込む。周りを風来燕とレイとビストが囲み、すぐさまヴァイゼルが護送車に結界を張り巡らせた。
そこで俺が言う。
「ヴァイゼルは鎧を着ていないから。降りてくれ」
「わかりました。外からも結界を二重に張りましょう」
「頼む」
そしてマージが言う。
「メルナとフィラミウスは、気を抜くんじゃないよ」
「はい」
「うん」
そして俺は装備をレーザー剣を構え、メルナがアヴァリに闇魔法の解除をかけていくのだった。