第二百三十七話 封印された災厄、再起の夜明け
完全に縛り上げているものの、アヴァリを捕縛し続けるのにはリスクがあった。コイツの相棒であるガラバダも、エクバドル王都で厳重に幽閉し続けているが、闇魔導士と騎士が常駐し、闇魔法で行動制限を続けている。それはガラバダの戦闘力が低いから、出来ている事である。
そしてマージが言う。
「ヴァイゼルの闇魔法で軽く動きを封じ込めているから、メルナが近づいてもいいさね」
「うん」
「じゃあメルナや。ゆーっくりと、闇魔法をかけようか。魔力を多めに使うけどね」
「わかった」
そしてメルナがアヴァリの側に近づき、更に深い闇魔法を施した。魔力を多く消費したために、メルナが深くため息をつく。これでガラバダの時と同じように、メルナが解かない限り目を覚まさないだろう。
「メルナは消火もしたからな、もう無理するな」
「うん」
魔法回復薬が足りてないので、一旦メルナには無理をしないように言う。
俺が皆に言う。
「こいつは、ガラバダよりはるかに強い。何処まで押さえておけるのかは分からん」
「そうだねえ。更に頻繁に、闇魔法をかけ続けるしかないさね」
「眠らせっぱなしでは、死ぬんじゃないのか?」
「起こす時は、コハクとリンセコート騎士団が囲んだ方がいいだろうねえ」
その話を聞いていたヴァイゼルが、苦笑いをして言う。
「王宮魔導士達で抑え込めるとは思うのじゃが、万が一の時に抑えられねば話にならん」
だがウィルリッヒは首を振る。
「だけど、コイツは我が国で捕らえた者だ。うちで責任を持たねばならない。エクバドルにこんな危険なものを持ち込んだとなれば、いらぬ火種になりかねないよ」
「そうですなぁ……」
それに俺が言う。
「フロストの青鎧を急ぐ。それがあれば、弱ったコイツなら押さえられる。尻尾で血を飲ませるな。どうやら、それで回復するようだ」
「わかった。何とかそれで頼む」
「ひとまず。コイツを幽閉するところを探さねば」
「王都まで運ぶ事すら難儀するな」
「近くの都市は?」
「万が一の時はそこだな」
闇に落ちたアヴァリはヴァイゼルとフィラミウスとマージに任せ、次に村人たちのところに行く。
グースは俺に命令される以外は普通なので、村人たちから事情を聞いたり経緯を答えたりしていた。
「村長が死んだか……」
「すまん。グース、アイツに食われた」
「くそ!」
「とにかく。お前が帰ってきてくれてよかった。こんなに強い助っ人を連れて来てくれて」
「あ、そうだな」
そしてそこに俺とウィルリッヒが来ると、村人たちが俺達を見る。ウィルリッヒが、口を開いた。
「村の損害は大きいようだな」
村人が答えた。
「へい。アイツは何日かに一回、一人を食いやがるんでさあ」
「よくその恐怖に耐えた」
「「「「……」」」」
皆が下を向く。すすり泣いている奴もいるようだった。
そしてウィルリッヒが言う。
「暫定の村長が必要だ」
すると皆が顔をあげた。
「誰がいい?」
一斉にグースを指さす。
「俺か……」
それに俺が言う。
「グース。お前が適任だ。村人を守れるのはお前だけだ」
「はい」
黒曜のヴェリタスが役に立ってくる。ようは、悪い方向に使わなければいい訳だ。
《そのようです。深層意識に入り込んでいる感覚ですね》
「グース。村人にはお前が必要だ。一生懸命に復興を頑張れ」
「はい」
そこでウィルリッヒが言う。
「ひとまず。帝国兵を派遣するさ。村人達だけでは、復興も厳しかろう」
「なるほど」
「それに、物資と資金も入れよう」
その言葉に、村人たちがようやく、ウィルリッヒが地位の高いものだと気が付いたらしい。
「あ、貴族様でいらっしゃいますか!」
「いや。まあ、そんなところだ」
「「「「「ははぁ!」」」」」
何故かウィルリッヒは、苦笑いしながら後ずさる。俺はヴァイゼルに耳打ちする。
「王子なのだろう? なぜ、言わない」
「殿下は……苦手なのですじゃ。下々の民の前で偉ぶったりするのが」
「そうなのか?」
「自分より強い者や、大貴族には強いんじゃが……どうも、市民には優しくて」
「なるほどな」
それはそれで、ウィルリッヒの性格だから仕方がないのだろう。聞いていたレイがボソリという。
「はは。まるで、ヴェルティカ様みたいですな」
「確かにな」
ウィルリッヒが俺に言ってくる。
「とにかく。皆、栄養が足りない」
俺が風来燕達を見るとボルトが頷いた。
「よっしゃ。食える魔獣と木の実でも集めてくっか」
村人が目を見開く。
「夜は危ないです! 山の魔獣は強い」
「あー、大丈夫大丈夫! あの、捕らえた化物に比べりゃ大したことねえよ」
「夜に、山に入る冒険者なんていませんぜ」
「問題ない。とにかく食いもんを取って来る」
そう言って風来燕達は、村の裏手から森へと出て行った。その間に、即席で作った治療薬で皆の体を回復させつつ、水の確保をし始める。どうやら井戸は生きていて、水は確保出来た。
俺が水をすくいあげて、メルナとアーンと動ける村人が、水を配っていく。
そこでワイアンヌが言った。
「あの! 栄養の取れる粉あるんです!」
そう言って背負子から、粉の入った袋を取り出した。
「これをどうする?」
「水に溶かして飲んでもらえれば!」
まず先に、俺が水に溶かして飲んでみる。
《栄養価の高い粉末のようです。村人にはちょうどいいでしょう。体温もあがります》
「よし。村人の水に混ぜよう」
そしてワイアンヌが作った粉を、村人が水に入れかき混ぜて飲み始めた。
「あったかくなってきた」
「ああ……効いてるみてえだ」
しばらく村人たちの世話をしていると、もう風来燕が戻ってきた。
「とってきたぜ!」
「もうですか!」
村人が驚いている。風来燕にとっては朝飯前。角兎と木の実の入った袋をぶら下げている。ボルトが木の実の袋をグースに渡すと、グースが勝手に村人に配り始めた。
《やはり、あなたの命令以外は普通に生活できているようですね》
これが、アヴァリに効いたかどうか分からない。
《次に目覚めさせた時に分かります》
そうだな。効けばいいんだが……。
「肉を焼くぞ! 火を起こせるか?」
すると村人は、アヴァリが焼いて燻ぶっている家の木を持って来て積み上げた。バサバサと空気を送っていると、めらめらと火が燃え上がり始める。
「どうせ壊れた家は立て直しだ。じゃんじゃん薪にしてくべろ」
どんどん火が大きくなってくる。ガロロが角兎をさばいて、肉にして串に刺して焼いた。
そこでワイアンヌがまた言う。
「あ、あの! 香辛料があるんです!」
そう言って、大きな背負子から香辛料が出てきた。それを肉に振りかけて焼くと、すごくいい香りが煙に混ざった。
「なんでもあるんだな?」
「いろんな国で集めたのを加工したので!」
彼女は彼女なりに、突き詰めている事があるようだった。そのおかげで味気ない肉を食わずに済む。
焼けた物を村人が頬張り、笑顔で笑っていた。
「コハク卿」
「ああ」
ウィルリッヒが俺に手を伸ばしてくる。
「我が国の民の為にありがとう」
俺はその手を取った。
「契約だからな。うちの領は、リンデンブルグの支援によって強化されている」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。こっちは、いいものを仕入れさせてもらって、当然の対価を払っているだけだと思ってるけどね」
「今は……この村だけだが、もしかすると他にも出る可能性があるという事だ。エクバドルとリンデンブルグだけではなく、他国にも既に侵入しているんだろう?」
「そうだね。うちで掴んでいるだけでも、ゴルドス国には間違いなく入り込んでいる」
「国と国の争いの火種を作っているようにも見える」
「その通りだよ。だからこそ、我がリンデンブルグは危惧している。その為の王覧武術大会への出場だった。エクバドルまでは、まだ手が伸びてなくてよかった。まあだいぶ入り込まれているようだけど」
「ゴルドスに攻め込まれていたら……」
「危なかっただろうね。それをコハク卿が阻止してくれた。我々はそれを掴んで、接触させてもらったという訳だ。我ながら、一番いい選択をしたと思ってるよ」
「そう言う事だったな」
「これからも、末永くよろしくたのみたい」
「そのつもりだ。力を合わせて、未知の敵から大陸を守らねばならない」
「今、はっきりしているのは、ゴルドス国に入り込んでいるネズミだよ」
「そうだな」
「流石に確たる証拠もなく、隣国に攻め入る事はできない。だから、早急に我がリンデンブルグだけでなく、エクバドルにも対応を依頼したいところだったんだ。それを危惧して接触しようとしていたところで、ゴルドスを単騎で追い払うんだから、恐れ入ったよ。それによって、あのオーバース将軍が気づいた。この功績はかなり大きい」
「だが、将軍にも力関係がある。王の命令にも従わねばならん」
「だよねえ。コハク卿が王なら問題解決するのにね」
「俺が……王?」
「全てを分かっているし、ねじ伏せることだってできるだろう? そうすれば、我が国もエクバドルと共闘しやすいというもんだ」
「そういうものか」
「いや。もちろん、クーデターを起こせって言ってるわけじゃないよ」
「ふむ」
《声に真剣みがあります。恐らくは焦りもあるのでしょう》
そりゃそうか。
《そして、ウィルリッヒの言う事は的を得ています》
そうなのか?
《この有事に、悠長にやるよりも、あなたが指揮したほうが早いでしょう》
そうか……。
考えもつかなかった。
《検討すべきかと》
国を動かす事をか?
《既にそのくらいの事案です》
算段はあるのか?
《あります》
なぜか、今のアイドナの返答に不穏な感じを受ける。素粒子AIなので感情は無いと思うが、少しだけ危険な感じを受けるのだった。