第二百三十四話 目的の村へ
街道を逸れて、森林地帯に差し掛かった。生い茂る木々は、俺達の馬車を隠すように覆いかぶさっている。そこで俺は、黒曜のヴェリタスを飲ませた男に聞く。
「ここを通って来たのか?」
「そうだ」
「そうか」
街道を走っている時は、時おり商人の馬車などとすれ違ったが、森林地帯に入ってからは馬車とすれ違う事は無かった。このまま馬車で向かってしまえば、先に敵から感知される可能性がある。
「森を抜ければ、大きな馬車は目立つだろう」
「そうだね」
俺は再び男に聞いた。
「どこかに馬車を隠すところはあるか?」
「川のほとりに、モーという老人の農家夫婦がいる。そこならきっと預ってくれる」
「危険は無いか?」
「ただの農家だ」
「わかった」
皆に目配せをして、全員がそれを了承した。男に言われるとおりに、森を抜けて少し行くと、ぽつりと一軒家が経っている。
すると家の裏手から、音を聞きつけた老夫婦が出てきた。何事かと驚いているようだが、俺が黒曜のヴェリタスを飲ませた男に言う。
「知り合いか?」
「すこしは」
「話をつけろ」
「わかった」
そうして俺達が馬車を下りると、爺さんの方から声をかけて来る。
「グースじゃないか」
「しばらくだな」
「なんだい。大勢引き連れて」
「帰るところだ」
「そうかい」
話が進まないので、ウィルリッヒが前に出て言う。
「すまないね。出来ればこの馬と馬車を預かってほしいんだ。金を置いて行くから」
「馬を?」
「草でも食わせて水を飲ませてくれればいい」
「分かった」
どうやら老人はウィルリッヒの正体を知らないようだ。ネット通信なんかも無いこの世界では、王族の顔など見た事も無いのだろう。
ウィルリッヒは金貨を一枚出す。
「こ! こんなに! いただけねえ」
「帰りがいつになるか分からないんだ」
「それにしたって」
「いいから」
そして俺が言う。
「馬車にはいろんな魔獣の素材が乗っている。必要な物は使っていい」
「わしらに、そんな知恵はねえ。手は付けねえ。なんなら、納屋にでもしまって置いてくれればええ」
「……そうさせてもらうか」
そして俺達はモーに言われるままに、納屋に素材を入れていく。そしてその中から、即席で作った回復薬を渡してやる。
「これは傷薬だ。何かの時に使ってくれ」
「こ、こんな高価な物を」
「問題ない」
そして俺達は、鎧を装備し始める。即席で作った回復薬を、ワイアンヌが自分の大きな背負子に入れた。女でもかなり力があるらしく、大きな背負子を背負っても安定している。
「なんで、馬車で村まで行かないんだい?」
「ああ、実は理由があるんだけど、最近シュバーン村から人が来たかい」
「そう言えばこなくなったねえ」
そこでウィルリッヒが素直に言う。
「どうやら魔獣が住み着いた可能性があると言うんだ。我々は、冒険者としてそれを討伐しに来たんだよ。このグースに言われてね」
「なるほど! しかし、魔獣が住み着いたなんて物騒だ」
「その魔獣が邪魔して、身動きが取れなくなっているんだよ」
「あそこには知り合いがいっぱいいる。何とかしておくれ」
「そのために来た」
俺達は装備を終え、そして老夫婦に挨拶をしてそこを離れる。ここからシュバーンまではまだ距離があるらしいが、俺達は道から外れつつ動く事にしたのだった。
するとヴァイゼルが言う。
「やれやれ。また荒れ地をいくのか……」
それにマージが言う。
「なら、ヴァイゼルだけ留守番しておれば良かろう」
「そ、そう言う訳にはいきませぬ。プレディア様」
するとワイアンヌがニコニコした顔で言った。
「私は行きますよ! 必要な物資をいっぱい持ってますからね」
「な、わしは行かぬと言っておらぬぞ」
「なら、黙ってついて来るといいわ」
「んぐ」
そこで俺が言う。
「ヴァイゼル。自信が無ければ、俺が担いでやる」
「な、なんとかしまずじゃ」
そして俺達は村に向かい、道を逸れて荒れ地を進み始めた。敵がアヴァリという奴ならば、空を飛ぶ事が分かっている。なので、なるべく散らばって歩くようにした。
村に近づく前に一度止まって、日が落ちるのを待った。
ウィルリッヒが聞いて来る。
「相手は夜目が効かないのかな?」
「効くと思っていいだろう。だが、村人は気が付かない。万が一、先に村人が気づきたり騒いだら、変な所からバレてしまうかもしれん」
「なるほどね。コハクは凄いな」
それにはボルトが答える。
「冒険者だった経験もないですし、本当に自己流らしいのです」
「不思議な男だ」
そんな話をしているうちに、日が暮れて来て俺達は再び動き出した。すると山の上の方に、村の灯りが見えて来たのだった。
「グース。あれが村か?」
「そうだ」
そしてウィルリッヒに言う。
「明かりがついているという事は、まだ村人は殺されていないという事じゃないか」
「その可能性は高いね」
するとアイドナが言う。
《一方向から行くよりも、三方向に分かれた方が良いです》
グースに聞いた。
「三方向から攻めたい。どうしたらいい?」
「西は村の正面入り口です。避けた方が良いでしょう」
そこで俺が言う。
「風来燕は北から、レイとビストとメルナとアーンは南から。俺が単独で山の上から降りる」
するとウィルリッヒが言う。
「我々も行こう」
そこで俺が言った。
「ウィルリッヒ達は鎧を着ていない、その状態で未知の敵とやるのは無理だ。だからグースとワイアンヌと共に、ここで待て。状況次第では動く事になるだろうが、まずは俺達がやる」
「わかった」
「俺が先陣を切る。村で物音がしたら踏み込め」
皆が頷いた。
そして俺達は、シュバーンの村に向けて潜入作戦を開始する。俺は皆と別れて一気に山を登って行き、上から村を見下ろしてみる。
「なるほど」
全ての屋敷の灯りが付いているわけでは無いようだ。
《サーモグラフ及びエックス線透過を開始します》
すると、屋敷の中に人々がいるのが見える。その配置がだいぶ不自然で、全部の屋敷にいるわけでは無く、まとめられているようだった。
《何らかの意図があるのでしょう》
例えば?
《逃げ出さないように見張っているとか》
なるほどな。建物の……先を拡大しろ。
アイドナが俺の視界に、拡大した物を映し出した。
《未知の敵が居ました》
村人を見張っているのか?
《いつでも殺せるようにしているのかもしれません》
俺の視界には、間違いなく人間ではない、未知の敵の陰が映っていたのだった。