第二百三十三話 リンデンブルグ帝国の強化
ウィルリッヒは、神殿都市ダンジョンに関する、冒険者との取り決めをギルドへとりつける。それは深部へ潜らない事と、身元が不確かな者はダンジョンに入れない事。もちろん、十階層に潜れる猛者はいないが、万が一そう言う者がいた時は、制限をかけるというルールである。
さらに騎士団を呼び寄せ、ダンジョンと周辺の警備を強める事にしたらしい。それを見て思う事は、俺が住むエクバドルの王族と違って、自ら決めて動いて行く姿勢のおかげで決断が早いという事だ。
俺達は黒曜のヴェリタスを飲ませた男を連れて、辺境の村シュバーンへと向かっているところだった。危険だと言ったのだが、ウィルリッヒ達も実際の状況を確認したいと言ってついて来た。王族が乗るような馬車ではなく、冒険者や商人が乗るような幌馬車を二台用意し、それぞれに乗り分けて移動しているのである。
同じ幌馬車の中でヴァイゼルが言う。
「殿下。やはり、国の大事とあっては、ギルドも条件を飲まざるを得ないようでしたね」
「それはそうだ。万が一があった場合、帝国騎士団は責任を負いかねると言ったからな」
「そうですな。流石に保険が無ければ無茶もしますまい」
だが、それにフロストが言う。
「まあ、一部の冒険者は、コハクたちが持って来た素材を見て、色めき立っているようですけどね」
「それも、命あっての物種」
「ええ。それに神級の装備をして、限界があった訳ですからね」
「まあ、深部に潜るのは無理じゃろうて」
そう言って、三人は俺達を見た。俺達は、オリハルコンのフル装備で潜った。だが、限界階層は二十九階。それも、アイドナがコントロールして初めて達成できただけだ。俺抜きで潜ったとしたら、ニ十五階層でも無理だったかもしれない。
ボルトが言う。
「無理……ですね。ただし……」
「ただし?」
「コハク・リンセコートの領軍を連れて行った場合は、それに限りません」
「できると?」
「兵糧さえきちんと準備すれば、あるいは」
「恐ろしいね」
「それが、お館様の作った軍隊です」
そこで、俺が首を振った。
「俺は装備を作り、組織化を命じただけだ。それを言うならレイたちの功績が大きい」
「いやいやお館様。我々の仕事など微々たるもの。普通に騎士団としての訓練をしているにすぎません」
だがそれには、ガロロが首を振る。
「普通の訓練ではないじゃろう。あくまでも、対未知の敵対応じゃしな」
「まあ……そうですね。お館様の装備の威力と機動力を使った戦術を構築中ですからね」
それを聞いてウィルリッヒが苦笑いする。
「いいのかい? ここに、隣国の皇子がいるんだけど、そんな話をしちゃって」
それには俺が答える。
「問題ない。俺の装備があっての事だ。真似すらできない事に対して、情報を絞る必要などない」
フロストが答える。
「ですね。殿下。コハク卿が居なければ成り立たない軍です」
「うらやましいよ」
そこで俺はウィルリッヒに言う。
「流石にあの敵を見たら思ったんだが、出し惜しみは出来ない」
「どういう事だい?」
「帝国にも騎士団はあるのだろう?」
「もちろんだ」
「腕利きは?」
「まあ、鉄血の十騎士ってのがいるよ」
「それは、エクバドルの四代将軍みたいなものか?」
「あー、そうそう。そんな感じ」
「それは、ウィルリッヒと一緒に行動しないのか?」
「いや。そっちの国と同じだよ。それぞれの持ち場があるからね」
「なるほど」
「それで?」
「エクバドルに秘密にして、強化鎧を送ろう。鉄血の十騎士の寸法をよこせ」
「いいのかい!」
「アーンが作る」
「天工鍛冶師様がかい!」
「そうだ」
「わかった! 約束だよ!」
「そして、ウィルリッヒとフロストとヴァイゼルには、俺が作ったものをやる」
「「「!?」」」
三人は驚いている。それを聞いて、こちらのレイが言葉を挟む。
「王宮にバレれば厳罰ですよ」
「言わなければいい」
「ならば、本当にここだけの話にされるといいですね」
ウィルリッヒも言う。
「レイ君の言うとおり、無理なら我々も天工鍛冶師様の鎧でいいが。無理はしないでほしい。国同士のいざこざになってもまずい」
「いや。むしろ、ダメだ。ウィルリッヒとフロストとヴァイゼルが死んだら、リンデンブルグは窮地に陥る。そうすればこちらにも大きな影響を及ぼすだろう。三人は絶対に死ぬべきではない」
もちろん、アイドナからの情報ではあるが、俺もそう思っていた。
「わかった。なら絶対に他言無用と言う事で。我々三人から漏れる事はないよ」
「頼む」
「しかし、自国の将軍達には、コハクの装備は贈ってないのだろう?」
「そうだ。贈ったのは普通の強化鎧だ」
「それなのに、神級の鎧を私達にっていいのかい?」
「俺は、四代将軍をそこまでしっかり掌握していない。オーバース将軍だけは、問題ないだろうが、彼だけに特別な鎧をこさえるのは問題だ」
「まあ、人の国の事情には口を挟まないけどね」
「それに、鉱物に限りがある。流石に軍隊全員のものは作れない」
「そうか……なら、ありがたく頂戴しよう」
とにかく出来る範囲で、強化をしなければならなかった。
そして、馬を引いているベントゥラが言う。
「村が見えてきた」
それを聞いてウィルリッヒが言う。
「一度、馬に水と餌を与えよう」
「わかりました!」
俺達の馬車の後ろにはビストが引く馬車がいる。そっちには女達が乗っており、メルナとフィラミウス、アーン、ワイアンヌが乗っていた。あとは、黒曜のヴェリタスを飲ませた男が、俺の命令を聞いて穏やかにフードをかぶって座っている。
ボルトが馬車を飛び降り、後ろの馬車にそれを伝えに行った。
シュバーンまではまだ半分くらい。馬も疲労しているので休めせねばならない。すると村と言うには大きめの町が見えて来る。木の壁で周りを囲まれており、魔獣対策がなされている場所だった。
そこに乗り入れて、馬車の預け場に行くと、商人などの馬車も休んでいた。
そこでウィルリッヒが言う。
「シュバーンの情報でも取ってみるか」
「それが良いだろう」
馬車を見る業者に金を払い、俺とメルナ、ウィルリッヒとフロストが馬車を下りた。他の仲間は荷物を見張り、馬車に残る事にする。
「あそこに行こう」
ウィルリッヒがそう言って、俺達はついて行く。そこは市場で人がごった返しており、屋台が並びいろんなものが売っていた。
するとウィルリッヒは、無造作に店の女主人に行く。
「やあ」
「いらっしゃい」
「ケレムの実はあるかい?」
「ないねえ」
「このあたりなら、何処でも手に入るだろう?」
「最近、西の商人から流れてきてないよ」
「そっか。なんでかな?」
「さあねえ」
「ありがとう。これ四つもらおう」
そう言ってウィルリッヒは、小さな果実を四つ買い、俺達に渡して来た。
「美味いよ」
齧ってみる。
《前世で言うところのプラムのようなものです》
甘酸っぱい。
《カリウム、ビタミンC、β-カロテン、アントシアニン、クエン酸、非常に似ています》
なるほど。
すると今度ウィルリッヒは、商人らしき男に声をかけた。
「どこから?」
「西だよ」
「そうか。ケレムの実を探してるんだけどね」
「うーん。ないなあ」
「なんで?」
「最近は、シュバーンの山師達が活発に動いてないみたいなんだよ」
「そうか。なんでかね?」
「知らないねえ。卸しに来ないからね」
「分かった。ありがと」
「あいよ」
そして俺がウィルリッヒに聞いた。
「ケレムの実とは?」
「シュバーンの特産だよ。栄養価が高い木の実さ」
「それで聞いていたのか?」
「そうだ」
「入って来てないとなると」
「やはり何かあるんだろうね」
「そのようだな」
そして俺達は馬車に戻る。馬たちは干し草を与えられて、水を飲んでいた。それからしばらく休みを取り、再びシュバーンに向かって出発するのだった。