第二百三十二話 新たな情報
俺達は、太っちょ貴族の屋敷にやってきていた。数時間前に到着して、既に捕らえられた男の食事に、黒曜のヴェリタスを混ぜて与えている。マージは、それが食べ終わり薬が回った頃だという。
地下牢の扉の前に立ち、太っちょ貴族が自ら扉の鍵を開ける。そこには風来燕達もいて、人が入り込まないように見張っていてくれた。
「誰も入っていないかね?」
「はい。殿下」
風来燕達も頷いた。そしてマージが皆に言う。
「コハクだけが入るんだ」
「わかった」
俺は太っちょ貴族から鍵を受け取り、牢屋の奥へと進んで行く。そして男が捕らえられている部屋の前に行き、鍵を開けて中に入り込んだ。するとそこには鎖につながれながらも、座り込んで項垂れている男がいた。
《意識が途絶えているようです》
薬の効果か?
《だと思われます。体温の低下と、心拍数の低下がみられます。仮死に近い状態かと》
死なないのだろうか?
《分りませんが。これが黒曜のヴェリタスを服用した症状なのでしょう》
なら、マージが言うとおりにやってみるか。
気つけ薬の瓶の蓋を開けて、そいつの鼻元へと差し出した。
ドクン。
エックス線透過で見ていると、そいつの心臓がドクりと強く脈打つ。
「う、うう……」
「起きろ」
男は、ゆっくりと頭を起こした。
「俺の目を見ろ」
最初はぼやけていたが、次第に俺の目に焦点が合って来る。
「これから、俺の言う事に全て従え。他はすべて自由だが、俺の言う事は絶対だ」
「はい……」
《無意識下での抵抗もありません》
恐ろしいものだ。
そして俺は続ける。
「これからこの鎖を外すが、誰にも危害を加えてはならない。逃げてもならない」
「はい」
カチャカチャと、手枷足枷を外してやる。だが男は抵抗することなく、座り込んだままだった。
「立て」
「はい」
そいつは立ちあがり、俺から目を離さないようにしていた。
……これが、ずっとか。
《魔導書を読み取った限りでは、あなたの命令以外は今まで通りだそうです》
普通に暮らせると。
《そう言う効能があると書いてありました》
「こい」
俺が外に出ると、黙って俺の後ろをついて来た。暴れる様子もなく、本当に落ち着いた様子だ。
そして俺が牢を出ると、太っちょ貴族が身構える。
「こやつを縛ってもいないので?」
「必要ない」
「そうなのですか?」
そしてウィルリッヒが太っちょ貴族に言った。
「そうだ。この者を釈放する」
太っちょが目を見開いている。
「えっ! 連れて行ってくれるので?」
「そうだね」
「そ、そうですか! では、お願いします」
「ああ」
太っちょは厄介払い出来た事を喜んでいた。まあまあの強さを持つ男を押さえこんでおくことが、どれほど大変だったのか分かる。恐らくは連れてってもらえて、清々しているのだ。
「この者に、高級そうなローブを出してくれ」
「は! わかりました!」
ウィルリッヒに命ぜられて太っちょが使用人に言うと、そこそこ立派なローブが用意される。それを男に着せると、立派な魔法使いのようにも見えて来る。
「このことは引き続き、他言無用だよ」
「わかっております!」
ウィルリッヒが太っちょと話をし、貴族の屋敷を出ていく。俺達の人数も多く、一人くらい高位そうな人間が混ざっても誰も疑わないだろう。
「じゃあ、こっちへ」
そして俺達がウィルリッヒついて行くと、路地裏に入り込んでいった。そこに居酒屋があり、ウィルリッヒが店員に目配せをする。
「借りるよ」
「は!」
狭い店内を通り過ぎ、奥へ行くと地下へ伸びる石階段が見えて来る。
「じゃあ、誰が話を聞こう」
するとマージが言う。
「殿下とヴァイゼル、あたしと、コハクだろうねえ」
「では、他のものは、酒でも飲んで待っててくれ」
そして俺とメルナ、ウィルリッヒとヴァイゼルが男を連れて地下に降りる。そこに頑丈そうな扉があり、入ると窓ひとつない部屋だった。
「ヴァイゼル。結界を」
「はは!」
そして、そこにあった椅子を持って来て、男を座らせ俺達が囲む。
俺が早速、男に言った。
「お前は、この都市に何をしに来た?」
「結界石を破壊しに来ました」
その言葉に、ウィルリッヒとヴァイゼルの雰囲気が変わる。
そして俺がウィルリッヒに言う。
「恐らくは、パルダーシュやエクバドル王都と同じ状態だな」
「しかも、そこそこ力のある奴にやらせているという事か」
俺は再び男に聞いた。
「誰に頼まれた?」
「赤い髪の男」
それを聞いて俺は少し気になった。そこで俺はヴァイゼルに言う。
「羊皮紙とペンを持っているか?」
「ありますのう」
そして鞄から羊皮紙とペンを取り出し、俺はそれを受け取ってインクに付け書き始める。俺が書いているのではなく、アイドナの記録したデータを書き起こしている。かなり写真に近い精密さで記され、それを男に示した。
「この男か」
「はい」
「そうか」
それを聞いたウィルリッヒが聞いて来る。
「それは誰なんだい?」
「エクバドル王都を襲ったアヴァリという男だ。俺がトドメを刺し損ねて逃げられた」
「なんだって? こっちに逃げて来ていたのか」
そして俺は男にもう一度尋ねる。
「こいつが言うなと口止めしたのか?」
「はい」
「その言う事を聞いたと」
「仕方ありませんでした」
「どういうことだ?」
「村が人質に取られております」
「村?」
「はい」
「どこの村だ?」
「シュバーンです」
そして俺はウィルリッヒを見る。
「リンデンブルグの南西にある村だね」
「エクバドルの方角か?」
「だけど、山村にある小さな村さ」
「そうか」
「でも、なんで敵は自分らでやらないんだ」
ウィルリッヒの質問にはもちろん答えない。そして俺が男に聞いた。
「なぜお前に頼んだ」
「村で一番強いから」
「そいつは自分でやらないのか?」
「わかりません」
「わからない」
「はい」
「だそうだ」
それを聞いてマージが言う。
「やれない理由があるのさね。それに、強いものを選んでいるのは、結界石が頑丈なのを知っているからさね」
《マージの言う通りでしょう。結界石に近づけない、もしくは力が弱まるなど考えられます》
なるほど。
「コハク。ここを狙った理由は聞けるだろうか?」
「なぜこの都市に?」
「言われただけです」
「しらない?」
「はい」
そして俺がウィルリッヒを見た。それを受けてウィルリッヒが言う。
「まあ……ダンジョンだろうね」
「ああ」
いずれにせよ。俺達はもう一つの手がかりをつかんだ。村を人質に取られて、失敗すれば村ごと滅ぼすとでも言われたのだろう。言ってみれば、この者も被害者だったわけだ。
そして俺がウィルリッヒに言う。
「どうする?」
「もちろん。危険分子がいるなら排除したい。だけど、フロストでも手が出せない相手に、我々が手を出せるはずがない。お願いできるかな?」
「そのために援助をしてもらっていたんだ。もちろんやらせてもらう」
「よかった。コハクは我が国の保険だからね」
話は決まった。俺達はシュバーンの村に行く事になったのだった。