第二百三十一話 黒曜のヴェリタスを生成する
まだワイアンヌの真意がわからない故に、マージの存在はいったん隠す事にした。
ヴァイゼル達は、マージの事をワイアンヌに言わないだろうか?
《彼らは、こちらの事を勝手に言う事は無いでしょう。そのリスクを知っていますから》
どういうことだ?
《あなたの価値です。あなたに不利益を起こす事が、どれだけマイナスかを知っている》
俺にか。
《はい》
だからマージには、とりあえずメルナの鎧に入っていてもらう事にした。そこでワイアンヌを、仲間のところに連れて行く。そこで一度話し合い、マージに見極めてもらう事にする。
万が一、嘘をついていた場合はマージが判断できるだろう。
「俺達と共に行動したいと言っている人だ」
それに対してウィルリッヒが答えた。
「なるほど。ヴァイゼルの知り合いなんだよね?」
「はい。殿下、腐れ縁と申しますか、冒険者パーティーで同じ飯を食った事もあります」
「そうか。ワイアンヌさん。私は……」
「知っております。殿下」
「そうですか。それでこちらの力になりたいと?」
「ええ。これは、定めなのです。プレディア様が別れ際に言ったのです。魔力が少ない私に、何かを極めよと。それを極めていれば、きっと選ばれしものが目の前に現れるだろうと。そして、それがこちらのコハク・リンセコート様でございます」
「大賢者の言葉ですか?」
「はい。プレディア様は残念でございましたが、私は貫いてまいりました」
「それで?」
「私は、古代遺跡について調べてきました」
「ほう」
その事で皆が、プレディアに意識を集中させる。それは俺達が、最も感心のある内容だから。
俺が彼女を連れてきた決め手になったのも、その古代遺跡についての知識を知りたいからだ。
「そしてこれを」
ワイアンヌは、デーモンの血の瓶をテーブルに置いた。
「これは?」
「デーモンの血が必要になったのでは?」
「そうだね」
だがワイアンヌが不思議そうに言う。
「という事は……黒曜のヴェリタスをお作りになるという事でございましょう?」
「何故それが分かる?」
「ダンジョン攻略と、捕らえられた謎の男、そしてプレディア様が選んだコハク様。さらにデーモンの血と来れば、黒曜のヴェリタスとしか答えが出ません」
「なるほど……」
《人間離れした分析能力ですね》
突き詰めて来たと言っていたからな。
《そこに特化した魔法かもしれません》
まるでAIだ。
《マージの息がかかったものとすれば、おかしな話ではありません》
なるほどな。
そしてワイアンヌが話し始める。
「黒曜のヴェリタスなど……プレディア様の頭の中にしかないレシピ。どうやって作ろうというのですか?」
皆が、ワイアンヌの鋭さに息を呑む。
するとフル装備のメルナの鎧から、とうとうマージが言葉を発した。
「ふはは。流石はワイアンヌだねえ」
「は? そ、そんな。プレディア様?」
そう言い、ワイアンヌが目を丸くしてヴァイゼルを見る。
「うむ……」
「いっ! いたずらにしてもほどがある! プレディア様が死んだなどと! じじい!」
「い、いや。嘘ではないのじゃ」
「何を言っている! ここにいらっしゃるではないか!」
「い、いやいや!」
ヴァイゼルが慌てていると、メルナが鎧のフェイスカバーをあげる。
「は?」
「驚いたかい?」
「少女に? プレディア様は少女に転生したのですか!」
「転生の秘術は完成してないよ」
「ですが!」
「魂の定着さね。あたしはこの子の装備と一緒にいる」
「う、うううううう。プレディア様! プレディア様!」
「その声。あんたもだいぶ歳をとったようだねえ」
「う、はい」
「まだ十代の美しかった頃しか知らないけど、いい年の取り方をしているようだね」
「ありがとうございます」
ワイアンヌは泣いていた。またマージと話ができるとは思わなかったのだろう。その涙に嘘は無く、ただただメルナを見て泣いている。
「それで、デーモンの血なんだけどね?」
「はい。ここに! ずっととってありました!」
「それを使うよ」
「いかようにもしてください」
「材料も用意せにゃならん」
「もちろん。持っております」
そう言ってワイアンヌが、次々に素材をテーブルの上に置いた。
「ほう。レシピはあたしの頭の中にしかないんだけどねえ」
「全てあっているか分かりませんが、調べ上げてここにあつめました」
「流石だねえ。やはりワイアンヌはマメな子だ」
「ありがとうございます」
そしてマージがみんなに言う。
「だけど、黒曜のヴェリタスを作るところは誰にも見せられないさね。メルナとコハク以外は出て行っておくれ」
「「「「はい」」」」
ぞろぞろと部屋を出て行く仲間達。そしてマージが言う。
「言った通りにやるんだよ」
俺とメルナが頷く。そして、メルナが少しずつ素材を切り出して行く。そしてマージが俺に言う。
「コハクに見てもらいたい魔法陣を見せるよ」
パラパラと何頁の魔法陣を見せられた。
「作り方を言った方が良いかね」
《必要ありません》
「いらん」
そして俺はペンを使って、羊皮紙に指定された魔法陣を組み上げていく。全てを書き終わると、メルナが切り刻んだ素材を羊皮紙の上に素材を置いて行った。
「全部置いたよ」
「それじゃあ、デーモンの血を振りかけておくれ。ほんの少しでいいよ」
「わかった」
メルナが瓶の蓋を開けて、ちょろっとデーモンの血をかけた。すると素材が全部崩れて行って、それらが勝手に動き出した。
「う、動いてる」
「デーモンの血だからねえ。素材を供物にしてるのさね」
「気持ちわるっ」
「ちょっと魔力を多く使うよ。コハクはメルナを支えておくれ」
「わかった」
そして俺がメルナを抱き寄せる。
「メルナ、魔力を注ぎな」
「うん」
魔法陣から、するりと魔力が吸い出されたと思ったら、勝手に吸い上げられて行くようだった。
「うっ」
「もう少し我慢さね」
そして多くの魔力が注がれ、メルナがフラフラしている。ようやく魔力の吸い上げが止まったようで、マージが俺に言う。
「ほぼ。空になっちまった。コハク、メルナに魔法薬を飲ませな」
「わかった」
そして俺は、残り僅かな魔法薬をメルナに飲ませる。その事で少しずつ、メルナの顔色が戻ってきた。
「はあはあ」
「辛い思いをさせたねえ。魔力も半分くらいしか戻らないか……」
「だいじょうぶ」
「これがデーモンの血の恐ろしささ」
そこで俺が言う。
「俺が魔力を放出できればいいんだが」
「どうだろうねえ。コハクの魔力は人のそれじゃない、恐ろしい事が起きるかもしれない」
「そうなのか?」
「デーモンは魔獣の頂点。何かが起きる可能性は大きいね」
「わかった」
《可能性はゼロではないでしょう》
気を付けよう。
そして気が付けば、羊皮紙の上にざらついた血の結晶のような粉が残った。
「これが黒曜のヴェリタスか」
「そうさね。食い物にまぜるもよし、水に混ぜるもよし。管理はコハクがやりな。絶対に誰にも渡しちゃいけないよ」
「わかった」
そして俺はその紙を畳んで、袋に入れて懐に下げた。直ぐに入り口に言って、皆を呼ぶ。
「終わったぞ」
ぞろぞろと部屋に入ってきて。何故か変な空気になっている。
「どうした?」
ウィルリッヒが言う。
「いや……」
するとワイアンヌが言った。
「わたしが、一番弟子だと言ったんだ!」
「わしじゃ! 先に会ったのはわしじゃからな!」
「後先の問題じゃない! どれだけ可愛がってもらったかだ!」
「それを言ったら、男と女の差もあろうて!」
そこで俺が割って入る。
「何をしている?」
するとウィルリッヒが苦笑いして言う。
「どっちが大賢者の第一の弟子かで争ってるんだ」
「大事な事か?」
するとヴァイゼルとワイアンヌが頷く。だがそれを聞いてマージが言う。
「どっちもよくできた弟子さね。だがねえ……今の一番の弟子はこのメルナだよ」
「「えっ!」」
「えへへ……」
可愛らしいメルナには勝てないらしく、二人も苦笑いして言い争いをやめた。そしてようやく準備できた黒曜のヴェリタスをもって、あの貴族の屋敷へと行く事にしたのだった。