第二百三十話 大賢者の意思
俺達はゴロツキに連れられて、暗黒街の更に深部へと連れていかれる。だが、フロストもヴァイゼルも涼しげな表情、アーンは物珍しい物でも見るようにキョロキョロ。
それを見て、俺達を連れてきた男が言う。
「随分余裕だな。あんたら、名うての冒険者か?」
「まあ、そんなとこだな」
「なんだって、こんな危ねえとこに」
「ここでしか手に入らねえものがあるんだよ」
なるほど。フロストの冒険者演技は非常に精度が高い。相手も全く疑ってはいないようだ。
「ここだ」
そこは店のような雰囲気ではなかった。他の長屋と何ら変わらず、俺達はその入り口を潜って入った。すぐに階段があって、どうやら二階に上がっていくようだ。ぎしぎしと軋む階段を上がって、一つの部屋の前に行きノックをする。
「俺だよ」
しばらく待っていると、ギイッと少しだけドアが開く。
「なんだい?」
「客を連れてきた」
そこから顔を出したのは、目つきの鋭い年配の女だった。ギロリと俺達を一瞥し、男に言った。
「あんた、危険な奴らを連れて来てくれたもんだねえ?」
「あっ? こいつらが?」
「わからないのかい。しょーもないねえ」
「すまねえ」
「だが……」
女は俺達の顔を見て、ボソリという。
「いい面構えだ。それに、金を持ってそうだねえ」
そこでフロストが言う。
「それなりに払う」
「……入んな」
俺達が入って、連れて来た男も入ろうとすると。年配の女が言う。
「あんたは良いよ。金ももらったんだろ。行きな」
「えっ。こいつら危なくねえか」
「問題ない」
「……わかった」
そして男は俺達をぎろりと睨んで凄み、子分たちと共に部屋の前から消えた。俺達は中に入れられて、テーブルの椅子に腰を掛けるように言われる。
だが次の言葉は意外だった。
「なんだい。ヴァイゼル、物騒な連中を引き連れて」
「ふぉっふぉっ! 久しいのう。こんな所におったか」
「ふん。何処に居ようと勝手だよ。それにしても老けたねえ」
「老けたもなにも、ジジイじゃからの。お前は若いようじゃな、ワイアンヌ」
「いろいろと努力してるんだよ」
どうやら知り合いのようだ。
《声のトーン、心拍数の変化も無く、恐らく二人は古くからの知人かと》
なるほどな。
だけど、ワイアンヌは不思議な事を口にした。
「来ると思ってたよ」
どういうことだ?
《精通してたのでしょうか?》
だが、ヴァイゼル、聞いた事の無い事を言う。
「星読みか」
「まあね」
星読みとはなんだ?
《予測の類でしょう》
そして、ワイアンヌはテーブルの上に不気味な瓶を置いた。
「ほら。金貨二十枚。払えないなら帰んな」
「随分と、ぼったくるのう」
「デーモンの血。欲しいんだろ」
《この予測。これは……ある種、情報分析の類かと》
なるほど、牢屋に捕らえられている囚人の情報を得ていたという事か。
《そうです。それと、我々がダンジョンに潜った情報は入っているでしょうから、それらの情報と、この神殿都市に周る情報を合わせての分析結果かと。ただ……》
ただ?
《それだけに当てはまらない能力があります。恐らく魔法の一種》
金の話を聞いた俺は、金袋を取り出して女の前に置く。
すると早速、女はじゃらじゃらと数えた。
金貨二十枚。持って来たきっちりを見て言う。
「じゃ。それを持って帰んな」
「うむ」
だがヴァイゼルは立ち上がらなかった。そしてぼそりとワイアンヌに言う。
「プレディア様は滅びた」
それを言うと、ワイアンヌが目を見開いて立ち上がる。勢いあまって、椅子が倒れて大きな音を立てた。
「な、何だって。プレディア様が……」
「うむ」
「……」
ワイアンヌが項垂れて、テーブルに手を着いた。しばらくそのまま固まり、言葉を発する事は無かった。ヴァイゼルも悲しそうな顔をしており、少しの沈黙の時間を黙って待つ。
「そうかい……。あの、大賢者、マジョルナ・ルーグ・プレディア様が……」
「じゃな」
するとワイアンヌは、奥から一冊の書物を持って来た。ボロボロで、今にも崩れ落ちそうだが、ひもで縛って壊れないようにしてある。
「次に、お会いする時に、これを渡そうと思ったんだがねえ」
「これは?」
「プレディア様が、探し求めていらっしゃった物さね」
「そうなのか?」
「わたしにゃあ、なんだかわからないもんだ。読み解けないからね」
「ふむ。見ても?」
「賢者のあんたなら何かわかるかい?」
そしてテーブルの上で、丁寧に本を開き始める。それを見てヴァイゼルが言う。
「分からんのう。これは言葉なんだろうがの」
《何らかの設計図です》
なんだ?
《解析します》
そしてしばらく、その場の会話を聞きながら解析結果を待つ。
《これは、重機。もしくは機械の設計図です》
そこで俺が声を発する。
「それは、設計図だ」
一同が驚いてこっちを見た。ワイアンヌが目を見開いて言う。
「この人は?」
ヴァイゼルがそれに答える。
「プレディア様が見出した、希望の光じゃ」
「な……なんと……」
更に目を丸くした。そこで俺が言う。
「俺が見て良いか?」
「構わないよ」
最初の頁から一枚一枚めくり、あっという間に最後まで行った。
「その速さで読んだのかい?」
「ああ」
「何か分かるかい?」
「この世界には無い、機械というものの設計図だ。確かにこの世界では持ち腐れになる」
皆が唖然としていた。アーンだけが、キラキラした目で俺を見て言う。
「流石はお師匠様だっぺ! 凄いっぺ! うちでは分らなかったっぺ!」
するとようやく気づいたかのように、ワイアンヌが聞いた。
「こちらのドワーフさんはいったい何者だい?」
「天工鍛冶師じゃな」
「なっ! こ、これはとんだ御無礼を! このような高い位置から!」
そう言って、ワイアンヌが床に膝をついた。
「なんだっぺ? うち、そんな偉くないっぺ!」
「わたくしも、物づくり師の端くれでございます。天工鍛冶師様と肩を並べて座るなど、あってはならない事でございます」
「いいっぺ! いいっぺ! お師匠様の前でやめてくれだっぺ! 恥ずかしいっぺ!」
「お、お師匠様? 天工鍛冶師の? おししょうさまぁ??」
「そうだっぺ!」
ワイアンヌがまるで穴が空いたような目で、俺を見ていた。
ヴァイゼルが笑う。
「ふぉっふぉっ! 凄いじゃろ? わしも驚いた」
「驚くも何も、まさか生きているうちに、お会いできるとは思わなんだ」
「じゃろうなあ」
するとワイアンヌが、俺が渡した金袋を返して来た。
「そんな御方から、お金などいただけません」
そして俺が答える。
「いや。これは対価だ。貰ってくれ」
だがそこで、ワイアンヌがダッと床に土下座して言う。
「な、何卒! 私目をお連れしていただけませんでしょうか! これは偶然ではございませぬ。プレディア様がおっしゃっていた日が、今日なのでございます」
「大賢者がか?」
「本物の預言をなさったのです。いずれ、わたしめの元に選ばれしものが来るであろうと。その時は、わたしめの力を貸してほしいと」
するとそれを聞いたヴァイゼルが尋ねる。
「おぬし、昔から神殿都市にいた訳ではあるまい。ここに来ることが分かっておったというのか?」
「場所など関係ない。大賢者様がお選びになったお方と出会えた時が運命の時だよ」
そして俺がヴァイゼルに聞く。
「これを信じてもいいのか?」
するとヴァイゼルが笑ながらいう。
「疑う必要はございません。なにせ、このワイアンヌもわしと同じで、プレディア様に憧れてこの道に進んだのでありますからな。魔力の量が少ないが故、物づくりの道に進んだのですじゃ」
「知り合いか?」
「ふはは。まあ、腐れ縁と申しますか、もと同じ冒険者パーティーの仲間ですな」
「なるほど」
そして頭を下げている。ワイアンヌに聞く。
「どう役に立つ?」
「古代遺跡をご存知でしょうか?」
ストレートに来た。
「ああ」
「あれについて、多少の知識が御座います!」
「なぜだ?」
「魔力の無い私に、プレディア様がなんかの道を極めろと言われました。そこで、古代遺跡の事を耳にして、それを調べる事が使命となったからです」
結局は、マージが過去に仕込んでいた、伏線だったという訳だ。
《まるで、自分が滅びるのを予測していたようなふるまいです》
そのようだ。
《このノントリートメントの言う事、嘘では無いようですが》
わかった。
そして俺がワイアンヌにもう一度聞く。。
「もしかすると、古代遺跡の何かを知りたくて、この神殿都市に住んだのか?」
「左様でございます」
やはり辻褄が合う。
「なら、一緒に行くか?」
「いいのですか?」
「それが、マージ……大賢者の意思なら」
「ありがとうございます! 荷物をまとめて今すぐまいります!」
あれよあれよという間に、荷物をまとめはじめ、背中に自分の体の倍はありそうな背負子を背負う。
「重くは無いのか?」
「足腰は丈夫ですから」
「そうか」
そして俺達はワイアンヌを連れて、屋敷を出た。すると入り口に、あのゴロツキ達がたむろしていた。それに向かって、ワイアンヌが言う。
「あんたら! あの部屋の物は全部あんたらにやるよ! 金にするでもいいし何でもいいが、半分は暗黒街の子供たちの為に使っておくれ!」
「へっ! 出て行くのかい?」
「そうだよ。この偉大なお方について行くからねえ。後は好きにやっておくれ!」
「わ、わかった。半分は子供達の為に使えばいいんだな?」
「そう言う事だ。じゃあ達者でな!」
俺達がゴロツキに見送られつつ、暗黒街を後にするのだった。