第二百二十九話 神殿都市の暗黒街へ
アイドナに新たな情報が入った事により、この世界が置かれた状況が見えて来た。
各地に点在している古代遺跡は、実は今の文明を作った前の者が作り出したものではなく、未知の敵に関連している事が分った。ワームホールや衛星軌道上からのレーザー兵器は、もともとは未知の敵に与する者が関与しているという事だ。
《状況としては、所有者がそれらを取り返しにきたという形です》
イラとかいう女が、あの古代遺跡は生存領域を拡大するための機器と言っていた。それらを起動させることで、仲間を目覚めさせることができると。仲間とはなんだ?
《不明です》
いずれにせよ、目的があるわけだ。古代遺跡とはワームホール以外にも機能があるんだな。
《起動装置なのでしょう。ですが単体では機能しないもので、全て、もしくは数基の稼働が条件としてあると推測されます》
何だと思う?
《生存領域の確保と言っておりました。現状のこの惑星が、その存在にとって適してない可能性があります。その生命体の為に、分布する古代遺跡を動かしたいようです》
あれらは、長く生きているとも言っていた。
《恐らく、未知の敵には何らかの使命があるという事です》
確かに。何らかの目的の為に、各地に出没しているようだ。
《懸念材料として、この世界のノントリートメントにも、敵に通じている者がいるという事》
ノントリートメントの中に、手引きしている者がいるという事か。
《はい。あの牢獄で会った、捕らえられた男。あれがポイントです》
なるほどな。
そして俺は、ウィルリッヒに聞いてみる。
「ウィルリッヒ。あの捕らえられた男、あれが何かの手がかりになるかもしれん。なんとか素性を洗い出して、何者か突き止める事が出来ないだろうか?」
「できなくはない。だが白状するくらいなら殺してくれという相手だからなあ」
その会話にマージが加わって来た。
「それなら、ある薬品の素材を用意してもらいたいさね」
俺とウィルリッヒが、メルナの前に置いてある魔導書のマージを見る。
「「薬品?」」
「そう。なーに、そんなに珍しい物じゃない。ちょいと人道的じゃないものだけど、口を割らないなら強制的に割らせればいいだけさね」
それを聞いたヴァイゼルが渋い顔で言う。
「黒曜のヴェリタス……」
「うむ」
それを聞いてウィルリッヒが尋ねる。
「大賢者。それは何でしょう?」
「まあ、禁断の薬剤さね。飲めばたちまち、心の中を洗いざらい喋っちまうって言う薬さ」
「そんなものが!?」
それにはヴァイゼルが答えた。
「国家のお偉方に使われたりするのを防ぐために、作る事を禁ぜられたものですじゃ」
「そんな物が……自白剤とは何か違うのかい?」
「自白剤はあの者には、そう効かぬでしょう。死ぬ覚悟をもったものに、生半可な薬はききませぬ。ですが黒曜のヴェリタスは、そんな生ぬるいものではありませぬ。それを飲まされたものは、飲ませた者の命令に背けなくなるのですじゃ」
「そうなの? 効果は?」
「さて。わしも存じ上げかねますが」
それを聞いてマージが言う。
「なあに、飲ませた奴が他に命令しなければいいのさね。話を聞くだけにして、後は飲ませたものが命じなければ影響はない」
「なるほど……非道な薬物だね」
「ただ、ほとんどの素材はすぐ集まるだろうけどね、一つ問題がある」
「なんでしょう」
「デーモンの血がいるのさね。そんなもんは、ギルドには置いてない」
「そうですか……」
だがそこで、ヴァイゼルが静かに言う。
「あては、ありますがな」
「そうなのかい」
「まあ、あるかどうかは分かりませぬがのう」
「まあ、必要だし用意しよう」
「そうですな。ですが、この都市でもいささか危険な街にありますかな」
「ヴァイゼルでも?」
「わしは魔法使いですがな。至近距離で詰められたらなんとも」
そこでフロストが言う。
「では私が同行しましょう」
「うむ。じゃが、そのデーモンの血を見極める目がないのじゃな」
するとマージが言う。
「ここに、真理眼の持ち主がいるさね」
そして全員がアーンを見る。
「分ったっぺ。行くっぺ」
「アーンが行くというなら、俺が行くしかないな」
「お師匠様……」
「うちの貴重な鍛冶師だ。何かあったら困るからな」
「うれしいっぺ!」
するとまたヴァイゼルが言う。
「貧民の暗黒街ですからな。高価な鎧を着ていると受け入れられないかもしれんのじゃ。デーモンの血を売ってもらえんかも」
するとフロストが言った。
「私とコハク卿が一緒なら何とかなるでしょう」
それには俺じゃなくアーンが答える。
「自分の身は自分で守れるっぺ!」
「そういうことだ」
俺、アーン、フロスト、ヴァイゼルが行く事になった。ウィルリッヒが俺達の為に、ボロボロの布ローブを用意してくれる。これならば、暗黒街でも目立つことはないらしい。
そして俺達は宿屋を後にする。ヴァイゼルを守りながらフロストが前を進み、俺とアーンが後ろをついて行く。神殿ダンジョンとは反対側の方に進み、どんどん人の数が少なくなっていく。いくつかの街角を曲がり、更に奥に進むと、明らかに危険な雰囲気を纏う人間が増えてきた。
「なるほど。危ない香りがしますね」
「うむ。じゃがなるべく騒ぎも起こしたくはないのじゃ。デーモンの血を手に入れるまではのう。手に入れた暁には、わしの爆裂魔法でドカンとやってもいいのじゃがの」
「それはそれで、王宮魔導士長としてあるまじき行為ですよ」
「冗談じゃ」
「しかし……王宮魔導士長と天工鍛冶師が、このようなスラムを歩いているとは誰も思いませんね」
「そう言ったら、剣聖と隣国の舞踏会優勝者が歩いているのもおかしいのじゃ」
「まあ……はい」
するとより一層、暗いイメージの所にやってきた。そこに来てヴァイゼルが言う。
「そろそろ、無駄口は無しじゃ」
「ええ」
ボロボロの建物と暗い路地。どうやら危険地帯に入ったらしい。
《エックス線透過、サーモグラフ》
建物に潜む人間達がハッキリと見える。そいつらが俺達に意識を向けたのか、にわかに動き出したようだ。それをヴァイゼルに告げる。
「人が出て来る」
「どっちですかな?」
「左の二階建て」
それを聞いてフロストが言う。
「コハク卿が二人の守りについてください、私が話をしましょう」
「わかった」
建物からぞろぞろと出て来て、ヴァイゼルとメルナに手が届かないようにフロストが前に出る。
そしてそいつらが、通りを塞いだのでフロストが聞いた。
「ちーっと、聞きたいんだけどよお。ここいらに、薬師とかよろず屋とかねーか」
口調をならず者のように出来るらしい。器用な男だ。
相手の中でも、体の大きな髭面が声をかけて来る。決していい身なりではない。
「なんだお前ら」
「冒険者なんだがよう。ちーとばっかし、欲しいものがあんだよ」
「はん? 欲しいものだあ?」
「普通じゃ売ってねえから、ここに来たんだ」
「ふーん」
「で、よろず屋はあるかい? 闇屋でもいいぜ」
「はっ! ただで教える訳ねえだろ!」
そこでフロストが後ろを振り向く。どうするかを聞きたいのだろう。
《金貨などは見せれません。ですが少ない金でも納得しないでしょう》
なるほど。
だが……そこでスーッとアーンが前に出る。
「あー、後ろにいるあんた。あんたと話したいっぺ」
前の奴が凄む。
「あっ! なんだと! 俺を無視すんな!」
「いや。手下はいらないっぺ、とりあえずあんたとしゃべりたいっぺ」
「てめえ!」
だが後ろにいた奴がズイっと前に出て来る。そいつはそれほど体は大きくない。
《ステータスです》
名前 ?
体力 157
攻撃力 111
筋力 218
耐久力 129
回避力 130
敏捷性 173
知力 27
技術力 229
弱くはないようだ。
《アランより能力は低いですが、一般人ではありません。ですがあなたが警戒するほどでもありません》
わかった。
「俺に何か用か?」
「いくらほしいっぺ。といっても、うちらそんなに金をもってねえっぺ」
「なるほどな……銀貨三十ではどうだ?」
今度はアーンが俺を見る。
「払う」
「ほう。だが、それでは足りねえなあ」
《想定通りです》
そこで俺は、マントの下の袋から物を取り出す。
「これならどうだ?」
取り出したのは、瓶に詰めた酒だった。気つけ用にと思っていたが、この面子であれば不要だろう。
「なんだそれは?」
「酒だよ。賭けで相手からまきあげたやつだ」
俺の手から酒を取って、コルクを抜いて匂いを嗅ぐ。
「ほう……」
俺達が黙っていると、そいつが言った。
「いいだろう。案内してやろう」
「頼む」
そいつがそう言うと、他の奴らはサッと後ろに下がった。そうして俺達は、その男に連れられて暗黒街の奥へと進んで行くのだった。