第二十二話 料理の名づけと荒事の予感
女主人に導かれるまま席に座ると、食欲をそそる匂いがしてきた。俺達のテーブルには勝手に料理が運ばれ、女主人が味見をしろと言って来る。
「えっ? そんな。だめよ、お金を払うわ」
「いやいや。もし美味しかったら、是非いろんなところでこの店の事をお話しください」
「それは構わないけど」
「うちの宣伝になるから。今日は得意料理を出させてもらうよ」
《領主の娘が美味しいと言えば、かなりの宣伝効果になるのでしょう》
したたかだな。
《合理的かもしれません》
俺がヴェルティカに言う。
「せっかくだ。頂いた方がいい」
「そう? コハクが言うなら」
俺達はスプーンとフォークを持って、出された料理を食べ始める。そこですぐに俺が感想を述べた。
「美味い」
「そうね! これは美味しいわ」
「下町の料理が、お嬢様のお口に合うなんて嬉しいです」
「なんていう料理?」
「別に名前はないねえ。ナドリに味付けして、小麦をまぶして油で揚げたんだよ」
味は鳥の唐揚げだな。
《そのようです》
「へー。なんていうか単純だけど美味しいわ」
そこで俺が言う。
「こりゃ。とりのからあげだな」
「ん? なんだい?」
「鶏唐揚げ」
「お、それいいねえ。その名前をいただくよ」
唐揚げに並んでいるのは、これまた何かの肉らしい。それをフォークに刺して食べる。
「これも美味い」
「おお、そうかいそうかい。こりゃテリオスの肉を叩いて柔らかくして、塩や香辛料をたっぷりまぶして焼いたんだよ」
《牛のステーキのようです》
そのようだ。
「これは、なんていうの?」
「なんだろ? 肉焼きかねえ?」
女将がそう言うが、俺は女将に言った。
「これはステーキって感じだな」
「ステーキ! なんだか美味しそうな響きだねえ」
「そうか?」
「これはステーキにするよ」
するとヴェルティカが笑って言う。
「コハクは名前を作るのが上手ね」
「そうでもない」
次に野菜の酢の物のような物を食った。どれも味が濃い目で、どうやら酒にあわせて作っているらしい。そろそろ客が入ってきたようで、女主人は満足そうな顔で厨房に引っ込んで行った。
《食べた後は体を動かした方が良いでしょう。かなりの脂と塩分を摂取しております。カロリーオーバーになるかと》
体には悪いか。
《摂りすぎに注意です。肉の摂取は筋肉になりますので、動けば問題になりません》
了解だ。
するとヴェルティカが言う。
「屋敷の料理は薄味なのよね」
「それはヴェルティカの体を思っての事じゃないか?」
「そうかなあ。ばあやの料理もこんなに味は濃くない」
「恐らく、この料理は酒にあわせてる」
「そうか」
そんな料理の話をしているところで、入り口のドアがおもいきりよく開いた。
「おう! さっきはよくもやってくれたな!」
それは俺達がさきほど、この店の前で見かけた追い出された男だった。さっきはしおらしく謝って出て行ったはずだが、打って変わって態度が大きくなって戻ってきた。そしてその理由がすぐにわかる。そいつの後ろから何人かの男がぞろぞろと入ってきたからだ。
「なんだい! あんたは! うちの子のケツを触ったやつだね! お断りだよ」
「うるせえ」
すると店の女達も腕まくりをして、そいつらに向かって怒りの言葉をぶつけている。すると荒くれ者の後ろから、ひときわ大きな体躯の男が出て来て言う。
「酒場の女なんざ、体を売ってなんぼだろうが!」
「うちはそんなんじゃないよ!」
だんだんと怪しい雲行きになってきた。この場はおとなしくしないと、俺達にもとばっちりが来るだろう。俺は身を小さくして、目立たないようにした。
だが…それは無駄だった。
「ちょっとよろしいかしら?」
ヴェルティカが思いっきり立ち上がって、大男の前まで歩いて行く。
なぜヴェルティカは自分から行った?
《立場か、正義感か。行かざるを得ない状況なのでしょう》
マジか。
すると大男は、俺なら震えあがりそうなするどい目つきで威圧してくる。
「なんだおまえ? 怪我するぜ」
「あなた方はなんなのです? このあたりでは見かけない顔ですが? ただ大人しく料理を食べられないのですか? こんなおいしい料理をそんな事で台無しにするのですか?」
「ははは! 女のケツはなあ! 料理のうまみをグッと引き上げてくれるからなあ」
「「「ははははは」」」
「ちげえねえ」
「なんと下賤な」
「とりあえず、あっちいった! つうか、むしろねえちゃんが俺達の相手してくれるか?」
すると女将がそれに割って入る。
「お嬢様いけません。こんな奴らに何かして、怪我でもしたら大変です」
「かまいません。とにかく大人しくご飯を食べるというなら見逃します」
それを聞いていた男達が、大笑いした。
「見逃すだって? ねえちゃん。おもしれえ!」
まずいな。どうすればいい?
《対処できます》
俺が?
《副騎士長のアランよりずっと戦闘力が低いです》
そう? これで?
《はい》
数値は?
《一番強い個体で》
名前 ??
体力 45
攻撃力 41
筋力 48
耐久力 39
回避力 21
敏捷性 19
知力 23
技術力 28
です。
アランはどのくらいだったの?
《以下が副騎士長アランの数値です》
名前 アラン
体力 171
攻撃力 129
筋力 208
耐久力 159
回避力 180
敏捷性 210
知力 58
技術力 275
段違いじゃないか!
《ですから、どうぞ》
こんな屈強な男達に俺がどうこう出来るとは思わない。だがヴェルティカに怪我をされたら、俺は屋敷でどんな扱いを受けるか分からないのだ。ここは怪我をしてでも、なんとかすべきところなのかもしれない。
すると屈強な男が女主人を突き飛ばして、ヴェルティカに手を伸ばし腕をつかんだ。
「きゃっ!」
そこに俺が立ち上がって言う。
「手を放せ」
「ん? なんだあ?」
「聞こえなかったか? その手を放せ」
そいつがヴェルティカの腕を掴んだまま、こちらに向き直った。俺を見たとたんに口角を大きく上げて、牙が見えるほどにニヤリと笑う。
「優男。そりゃ俺に言ってんのか?」
「他にいない」
突然男が、ヴェルティカを突き飛ばしたので俺はそれを抱き留める。
「怪我をする」
「珍しい黒髪だな色男。お前この人数が見えてねえのか?」
「恥をかかないうちに出ていけ」
するとまた男達が大笑いする。
「丸腰じゃねえかよ! この人数相手に何をするつもりだあ?」
確かに…どうすればいい?
《相手から手を出してくるのを待っても余裕でしょう》
本当か?
《はい》
全部で五人いるが?
《ノープロブレム》
俺は屈強な男達と対峙して、相手が仕掛けてくるのをただ待つのだった。